10-8.山の家
「今から、この山を登ります」
タニグチがそう告げたのは、案内を開始してから、二十分が経とうとしている頃のことだった。駅から離れるように歩いた先の、人気のない山道の入口に立ち、タニグチはその山道が伸びる先を指差す。
その表情は笑顔に包まれていたが、それを向けられたアズマヤとヒノエは戸惑い、不安げに視線を交わしていた。
確かに怪人という存在を考えれば、人気の少ない場所に拠点を構えるとは思うが、それにしても、この場所は人気が少な過ぎる。
これは本当に罠なのではないかと、さっき萎んだはずの不安が再び首を擡げるが、かと言って、この状況から二人に拒絶するだけの選択肢が残されている気もしなかった。
仕方なく、分かったと言う代わりに頷き、二人はタニグチの後ろをついて、人気のない山道を歩き始める。
アズマヤ達が歩いているタイミングでは、周囲に人のいる気配はなかったが、その山道自体は使われているのか、ちゃんと最低限の整備はされていた。
そのこともあってか、急遽、山に入ることになった二人でも、それほど苦戦することなく、タニグチの後をついていけている。
そのことにアズマヤが安堵したのも束の間、山道の途中で不意にタニグチが立ち止まったかと思えば、アズマヤ達の方を振り返り、その道の脇に生えた草木を指差した。
「ここから、こちらに行きます」
そう言って、タニグチは草木を割って、その奥に消えて行ってしまう。
「えっ……? タニグチさん……?」
そのあまりに唐突な行動に、アズマヤとヒノエは流石に戸惑い、タニグチを追いかけることなく足を止めてしまっていた。
本当に間違っていないのか、と問いかけるようにアズマヤは声をかけてみるが、タニグチの消えた草木からは返答がなく、その先にタニグチがいるのかも怪しいように思えてくる。
どうするべきか、と二人が思い悩み、思わず目を合わせかけたところで、不意に正面の草木が揺れた。
咄嗟にアズマヤが身構え、ヒノエの前に立とうと一歩踏み出したところで、揺れる草木の奥から、ひょっこりとタニグチが顔を覗かせる。
「どうしました? この先ですよ?」
「え、えっと……本当にその先ですか?」
揺れる草木の正体がタニグチであることに安堵しながら、アズマヤが一度、確認を取るために聞いてみると、タニグチは一切、曇りのない目でアズマヤのことをじっと見てきた。
僅かに首を傾げ、どういう意味かと迷いながらも、小さく首肯した姿を見て、アズマヤは静かに覚悟を決める。
「で、では、ヒノエさん……! 行きましょう……!」
そう言いながら、アズマヤはヒノエに手を伸ばし、その手を掴むと、再び草木の中に消えたタニグチを追いかけるように飛び込んでいた。
背丈ほどの高さの植物を分けて通りながら、少し先に辛うじて見えるタニグチの背中を追いかけ、アズマヤは突き進んでいく。
それが数十メートル――もしくは百メートルほど続いたところで、不意にアズマヤの視界を光が襲った。草木の影が差す薄暗い道なき道を歩いていた途中のことだ。
その急激なまでの変化はアズマヤの視界を焼くには十分であり、痛みを覚えるほどの光の強さにアズマヤは思わず足を止めていた。
そして、それはアズマヤが手を握ったヒノエも同様だった。
アズマヤと同じタイミングで急激な光に襲われ、激しく目を眩ませながら、足を止めている。
何が起きたのかと思いながら、アズマヤは僅かに目を開けようとする。ゆっくりと細く、持ち上げられた瞼の隙間から、その奥を覗き込むように見回してみる。
すると、そこには数秒前まで突き進んでいた道なき道とは違い、草木を掻き分けて作られた獣道のような道が広がっていた。
流石に整備された道と比べたら、それはあまりに拙い道路と言えたが、それまでの進む先もほとんど見えない道とは言えない道と比べたら、そこは幾分かマシに思えた。
「もう少しです」
タニグチが振り返り、二人に言う。
人の痕跡が見える場所に出たことで、アズマヤはそれまで抱えていた不安を少しだけ溶かし、安堵した様子でタニグチに首肯していた。
そこから、タニグチは草木が分けられた獣道のような道を突き進み始めた。
もしも、ここが本当の獣道であるなら、この先でクマか何かと出会す可能性があり、非常に危険だったかもしれないが、この道に限ってはそういう心配はいらないということが、道路の脇に散らばった道具の数々から分かった。
獣の足跡のようなものも見当たらないところを見るに、この道路が人の手によって作られたことは間違いないだろう。
それなら、もう少し山道の方に繋がる道があってもいいのではないか、とアズマヤは一瞬、思ってしまいそうになったが、すぐにその考えは安直であると自身を責め立てていた。
タニグチの案内で向かっている先は、怪人組合の拠点の一つだ。そこにはたくさんの怪人と、その関係者がいるらしい。
そうであるなら、その場所が露呈する事態は避けたいはずであり、そのためには目印も見つからない位置に置くしかないだろう。
辛うじて、作られた形が現在の形だった。
そう考えたら、タニグチの案内で向かう先も、本当に安全なのか疑わしく思い始めていた。
とはいえ、今のアズマヤ達に案内を拒むだけの余裕はない。仮にそうだったとしても、それはそれで仕方のないことであり、二人は縁がなかったと諦めるだけだ。
マルイを助けるためには、他の手段を今から探すしかない。それがどんなに困難だとしても仕方がない。
そう、アズマヤが覚悟を決めようとした時のことだ。
不意にタニグチが足を止めて、少し前方を目標に人差し指を立てた。
「あそこです」
タニグチがそう告げ、アズマヤとヒノエの視線がタニグチの指の先に向かう。
そこには、既に十年以上もの間、人の手が一切入ることなく、放置されている様子の廃屋が立っていた。
「あの中です」
タニグチがそう告げ、廃屋に向かって歩き出す。
その後ろ姿を見送り、アズマヤとヒノエは一度、目を合わせる。
もしかして、あの廃屋で、シェアハウスのような形で、怪人達が暮らしているのかと想像し、二人は表情を曇らせる。
もしもそうであるなら、マルイの件で協力を求めるどころか、自分達が身を寄せることすら難しいかもしれない。
そう思ってしまうほどの環境だ。
本当に大丈夫なのかと不安を覚えながらも、確認してみるしかないと二人はタニグチを追いかけて、その廃屋に足を踏み入れる。
外観とは裏腹に、中はまだ少し人の手が入っている様子であり、誰かが直近で訪れたことの分かる痕跡もいくつかあったが、それでも基本的にはただの廃墟だ。ここで人が暮らせるとは到底思えない。
更に不安を増しながら、アズマヤとヒノエはタニグチを追いかけて、廃屋の奥にある部屋へと足を踏み入れていく。
そこでタニグチが立ち止まっていた。
その後ろで同じように立ち止まり、アズマヤとヒノエはタニグチの正面にある物を見上げる。
「と、びら……?」
それはそこまでの廃屋の印象とは全く違う、巨大な金属製の扉だった。タニグチはその傍らに設置されたパネルに近づいて、何か操作をしているようだ。
「ここが目的地です」
タニグチがそう言うと、扉がゆっくりと音を立てて開き始める。
壁の中に吸い込まれるようにスライドしていく扉を眺め、呆然とするアズマヤとヒノエを振り返って、タニグチがその奥を手で示す。
「ようこそ、怪人組合・機密シェルター支部へ」




