10-7.ネガティブワード
前髪から後ろ髪まで、定規を使ったのかと思うほど、綺麗に切り揃えられたおかっぱ頭の男だった。
その男の口から聞こえてはならない言葉が聞こえたことに、アズマヤとヒノエは一言も発せなくなるほど、激しく動揺した。
怪人、という言葉が気楽に使われることはない。それを誰が発したとしても、そこには一定の負の意味合いが含まれる。
一般人――あるいは、超人がその言葉を発すれば、そこには決まって虚実入り混じった罵言が添えられており、そこには悪い感情だけが内包されている。
怪人が使う場合でも、その部分は変わらない。自虐的――あるいは、反逆的に、自分達の立場を悪く捉えた結果に吐き出される言葉であり、そこには後ろ向きの感情が一定量含まれている。
アズマヤとヒノエがどうこうという話ではなく、怪人という言葉が持つ意味合いはそういうものであり、その言葉を気安く発することは基本的にない。
それは怪人であるヒノエだとしてもそうだ。
いや、寧ろ、怪人であるヒノエだからこそ、目立つ言葉を使いたくないと考えるものだ。
そこまで踏まえて考えると、正面を切って、怪人であるかという問いかけをしてきた目の前の男が何者であるか、アズマヤとヒノエが戸惑うのも無理はなかった。
現状は怪人組合との接触を試みている状態であり、それが怪人であるという可能性は十二分にあるのかもしれない。
というよりも、本来は目の前の男こそが怪人組合の怪人であると考えるべきなのだろう。
それは当然の思考のように思えるが、先程も述べたように怪人という言葉は気安く使われるものではない。
自身が怪人であれば尚更そうであり、普通に考えると、素性の分からない相手に怪人であるかと正面から確認することはないはずだった。
もしも、それをしてくるのなら、ここまでに行った回りくどい接触手段は何だったのかと考えずにいられない。
それなら、目の前の男は怪人ではなく、ただの好奇心剥き出しの一般人か、あるいは――。
と、そこまでアズマヤが思考したところで、二人の表情から動揺を察知したのか、男は焦った様子で頭を掻き始めた。
「ああ、すみません……!? こんな聞き方ないですよね……!? 間違えました……!?」
そう言いながら、男は懐からスマホを取り出すと、何かを確認するように目を落とす。
「えーと……アズマヤヨースケさん……と、ヒノエセツナさん……ですか?」
男がスマホに目を配りながら、アズマヤ達の名前を口にしたことで、そこには一定の信頼と諦めの感情が生まれていた。
目の前の人物が味方であれ敵であれ、名前まで知られている状況ではどうしようもないと考え、アズマヤは真っ先に首肯する。
「そ、そうですか……! はあ、良かった。えっと、私は谷口要と言います。ここでは証明しづらいのですが、こう見えて、怪人組合の怪人です」
そして、タニグチの一言がようやくアズマヤとヒノエに安心感を与えてくれていた。
二人はそれまで心の内側で膨らませていた警戒心をようやく解き、詰まったように息すら通り切れていなかった喉から、小さくもしっかりとした声を発する。
「初めまして、アズマヤです。俺は怪人じゃないんですけど、こちらが……」
「ヒノエです。私は……私も怪人です」
そう言いながら、ヒノエが手を差し出し、タニグチは若干、戸惑いの表情を見せた。握手の意だと気づくまで遅れたのか、少ししてから、慌ててヒノエの手を握り、驚いた表情を見せている。
「冷蔵庫で生活を?」
「これが私の怪人としての特徴です」
「ああ、そういうことですか……!」
勘違いをしたことに気恥ずかしさを覚えたのか、あるいはヒノエと握手したことで照れているのか、タニグチはやや顔を赤く染めながら、小さく会釈していた。
「では、お二人のことを案内するように言われているので、ついてきてください」
自己紹介を終えると、すぐにタニグチは二人を連れて歩き出そうとする。
ヒノエは今のやり取りで警戒心が完全に解けたのか、その後ろをついて歩こうとしていたが、アズマヤは違っていた。
そのあまりにもあっさりとした対応に、それまで萎みかけていた警戒心が再び首を擡げ、アズマヤの足を自然と止める。
「ちょっと待ってください」
アズマヤに呼び止められ、足を止めたタニグチがアズマヤの怪訝な視線に気づいたのか、少し表情を強張らせ、慌てた様子で聞いてくる。
「どうしました? 何か不快な気持ちになることをしてしまいましたか?」
アズマヤが何を気にしているのか分からないのだろう。きょとんとした様子のヒノエにも見守られながら、アズマヤは今のタニグチの様子を振り返る。
「少しあっさりとし過ぎてませんか?」
「と仰いますと?」
「いや、ヒノエさんはともかく、俺は自分からも言ったように怪人じゃなく、ただの人間です。そんな奴を案内してもいいんですか?」
怪人組合という組織がどれほどのものかは知らないが、怪人という名前を素直に名乗るからには、それなりの体制が整っているはずだ。そうでなければ、すぐに超人に滅ぼされていることだろう。
だが、今のタニグチの対応は必要な警戒が一切感じられないものだった。
これはアズマヤやヒノエを誘い込む罠か、そうでないとしても、本当に信用できる組織なのか、とアズマヤが疑うには十分過ぎる振る舞いだった。
しかし、タニグチの態度は変わらなかった。
それどころか、アズマヤの怪訝な態度の理由が分かり安堵したのか、それまでよりも落ちついた表情でアズマヤを見てくる。
「そんなことですか」
「そんなことって、こちらは追われる立場ですから、それくらいの警戒は普通だと思いますが?」
「いえ、分かりますよ。素直についていって、超人に囲われるとかあれば、洒落になりませんからね」
タニグチはアズマヤの警戒に一定の理解を示しながらも、それでも自身の態度は変えるつもりがないと言わんばかりに、柔和な笑みを浮かべる。
「ですが、警戒しなかったのは、貴方のような人が珍しくないからです」
「珍しくない……?」
「はい。怪人もその誕生の経緯上、身内が残っている場合は多くあります。そういう時、政府はその家族と怪人がすり替わったという話に持っていくみたいなのですが、それを全員が信じられるはずもありません。そういう疑いを持った人達も怪人組合は受け入れているんです」
つまり、アズマヤと経緯は違うが、怪人となった家族を助けるために、怪人組合に合流した人間が他にもいるらしい。
確かに、赤の他人と行動しているアズマヤのようなケースは珍しいかもしれないが、身内なら超人よりも、そちらの話を信じることがあっても不思議ではない。
もしも怪人となってしまった人達と、その人達が平穏に暮らせているのだとしたら、それはアズマヤやヒノエ、更に言えば、マルイにとっても、好ましい環境のように思えた。
「そして、これから案内するつもりの私達の支部は、そういう人を多く受け入れている、いわば避難所のような場所なのです。超人との戦いから最も遠く、全ての怪人組合の支部の中で、最も安全と言われている場所なので、お二人にもゆっくりとしていただけると思いますよ」
タニグチが笑顔でそのように説明してくれたことで、アズマヤとヒノエの心には大きな安心感と共に、僅かばかりの落胆が生じていた。
確かに安心して過ごせる安全な場所は求めていた。
が、あまりに安全過ぎる場所だとしたら、きっとヴァイスベーゼの一件に関わることはないだろう。
それはつまり、マルイの母親を助けるための援助を求められないということだ。
まだそれが確定したわけではないが、その可能性が高いことが分かってしまい、アズマヤとヒノエは顔を見合わせると、少し苦々しく笑う。
喜ぶべきか落ち込むべきか、相反する気持ちを抱えながら、二人はタニグチの後ろをついて歩くことになるのだった。




