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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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10-5.愛多憎生

 全員がリビングに集うという理想的な状況ではあったが、その時はあくまでジュンに関する報告とウェイトレスの紹介が主な目的だった。

 それに加え、夕食とするにはまだ早い時間ということもあり、食事のための料理の準備も、それを受け入れるお腹の準備も、その時は不十分だった。


 結果、報告や紹介が終わると、自然と空気は解散する方向に流れ、その場の全員がリビングを立ち去っていったのだが、その後もサラさんは一人、リビングに併設されたキッチンに残り、食事の準備を始めていた。


 未だリビングに停滞した空気のように漂う重苦しい雰囲気のことは気になったが、残念なことにただの人間であるサラさんに取れる手段は限られている。


 怪人組合に漂う雰囲気の悪さを含めた、諸々の問題は親愛なる恐怖さんに任せることとして、自分にできることはこれくらいしかないと、サラさんは無心で食事の準備を進めていた。


 そこに声が投げ込まれた。


「サラさん」


 自身の名を呼ぶ声に、誰かがリビングに戻ってくると思っていなかったサラさんは、少し驚きながら顔を上げていた。

 キッチンからリビングの入口を見やる。


 そこにフルミネが立っていた。


「フルミネ様、どうされましたか?」


 サラさんはシンクで手を洗う。フルミネが声をかけてきたからには、何か用があるのだろうと思い、そのためにすぐ動けるよう準備する。


 しかし、フルミネはしばらく何も言わなかった。サラさんの名を呼んだまま、リビングの入口から動こうともせず、ただじっとサラさんを見つめてきている。

 その視線は少し鋭い。


「フルミネ様?」


 サラさんが再度、フルミネに問いかける。

 フルミネの眉が僅かに動き、一瞬、顰めるような仕草を見せたかと思えば、すぐに小さくかぶりを振る。


「いや、少し質問があってな」


 フルミネはリビングに足を踏み入れ、ゆっくりとテーブルの方に近づきながら、そう言った。


「何でしょうか?」


 何かしらの頼み事ではなく質問なのかと思いながら、サラさんは僅かに首を傾げる。じっと見つめるフルミネの表情が少し強張ったように感じられるが、サラさんは気にしない。


「今度のことだ。次の仕事の日、サラさんの動きを確認したい」


 次の仕事の日。それがヴァイスベーゼによる超人施設襲撃の日を意味することはすぐに分かった。

 その日のサラさんの行動をフルミネは聞きたい様子だったが、それはサラさんにも答えられない質問だった。


「すみませんが、まだ分かりません」

「まだ分からない? 自分がどうするか分からないのか?」

「私はあくまで旦那様の命令によって動くメイドですから、その命令が下されるまで、自分がどうするのかということは答えられないのです」


 ただの人間であるサラさんが怪人と超人の戦争に駆り出されても、何かしらの役に立てるはずもない。

 普通に考えたら、この支部で留守番することになると思うのだが、それはあくまで予想であり、確定事項ではない。


 思慮深い恐怖さんのことだ。サラさんにしか行えない仕事を見つけ出し、それを指示される可能性は十分にある。

 その時まで考えれば、サラさんは実際に恐怖さんに訊ねるまで、当日に何をしているのか答えられなかった。


「命令を待つだけなのか? 何をしたいという希望も?」

「それでしたら、私の願いは旦那様の願いを叶えることですから」


 限りなく無欲に近い今のサラさんが、唯一持っている欲求を上げるとすればそれだった。


 恐怖さんの願いを叶えたい。頼むことを全てやってあげたい。その欲求のためだけに、サラさんは恐怖さんのメイドという立場についている。


 その返答を聞いたフルミネの表情が歪んだ。それまでは辛うじて取り繕われていた負の感情が滲み出し、フルミネは敵意すら感じさせる鋭い視線をサラさんに向けてくる。


 サラさんも馬鹿ではない。全てではないかもしれないが、フルミネの感情の一部くらいは分かっている。


 そして、それは仕様がないことも、同じ感情を持つ者として分かり切っていた。


 それを恐怖さんが気づいていないのか、敢えて無視しているのかは分からないが、サラさん自身は正面から受け止めるつもりでいた。


「そうか、分かった」


 フルミネの声がそれまでより少し低く響く。リビングの床を持ち上げるような声で、僅かに足元が揺れたようにすら感じられた。


「ところで、少し違う質問をしてもいいか?」

「何なりと」


 感情を隠せていないと気づいたのか、あるいは無意識の裡に感情を剥き出しにしてしまっているのかは分からないが、既にフルミネの見せる敵意や憎悪のような感情は表情の中に溢れ出していた。

 視線が肌に刺さる。その刺激から逃れる術もなければ、逃れようともサラさんは考えない。


()()()のことをどう思っている?」


 あの方、と抽象的な言い方をしたが、その言葉の示す人物が誰であるかくらいはすぐに分かった。


 サラさんはその問いかけに答えるいくつかの言葉を思い浮かべ、何を自分が言うべきか、この状況で最も正しい選択は何かと考えてみる。


 フルミネの感情を逆撫でしないよう、刺激の少ない言葉を選ぶという選択がいいかもしれない。

 あるいは、嘘をついて表面的に取り繕おうとすることも一つだ。


 この場を丸く収める選択肢なら、いくつも思いついた。


 その上でサラさんが選んだ答えは、真っ先に頭を過った一つの言葉だった。


「お慕いしております」


 それがどれだけの気持ちを意味するのか、サラさんがフルミネの言葉の裏を理解できたように、フルミネもまた理解できることだろう。


 サラさんはこの対応こそが、フルミネに最も敬意を表する選択だと思っていた。

 下手に誤魔化すことや見え透いた嘘をつくことほど、フルミネを侮辱する返答はないとそう感じていた。


 フルミネがその気持ちのどこまでを汲み取ったかは分からない。

 ただフルミネの表情はその返答に固まり、ゆっくりと歪んだ口元を持ち上げていた。


「お前は――」


 フルミネが何かを言おうとした時、リビングの入口付近から足音が聞こえてくる。


 瞬間、サラさんとフルミネの視線が部屋の中を飛ぶように動き、その入り口付近に目を向けていた。


「あれ? お二人でどうされたのですか?」


 そこに立っていたウェイトレスがそう聞いてきた。

 不思議そうな顔で目を何度もぱちくりとさせながら、サラさんとフルミネを交互に見やっている。


「いや、何でもない……」


 フルミネは何かを噛み殺したようにそう呟き、ウェイトレスの隣を通り抜けるようにリビングを後にする。


 その後ろ姿と、僅かに残る強張った空気から、ウェイトレスは何かを察したのか、不意に慌てた表情を浮かべ、キッチンの中に立つサラさんを見やっていた。


「もしかして、何か邪魔しちゃいました……!?」


 戸惑い、どうしようかと慌てるウェイトレスの姿に、サラさんは柔らかく微笑みかける。


「そんなことはありませんよ」

「ほ、本当ですか……?」


 サラさんの優しい笑みと頷きに、慌てていたウェイトレスも少しだけ落ちつきを取り戻すが、一方で柔らかい笑みを浮かべるサラさんの心臓はまだ少し早鐘を打つのだった。

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