10-2.行く当てのない不信感
ジュンの報告とウェイトレスの紹介が終わり、溺れそうなほどに重苦しい空気の中、ミト達はリビングを後にすることとなった。
それぞれがそれぞれの部屋へと戻っていく途中、ミトの前を歩いていたカシマが不意に立ち止まり、生唾を吐き捨てるように言葉を漏らす。
「やっぱり、納得できひん……」
「えっ……?」
ミトが立ち止まり、その後ろに続いていたソラやモカ、ヤクノも同様に足を止める。
「組合長のことや。前から何考えとうか分からんところはあったし、薄情やと思う瞬間も多かったけど、今回のは度を越えとる。そう思わんか?」
カシマが振り返り、ミト達を見回す。カシマの言わんとするところはミトにも理解できるものだ。
恐怖さんのジュンに対する態度も、ウェイトレスを何の相談もなく引き込んだ事実も、ミト達の反感を買うのに十分過ぎる要素だった。
それでも、押し通すからにはそれなりの理由があるはずだ。そう思いたい気持ちもあって、カシマに見つめられたミトは何も言えなかった。
その後ろで、ソラを支えていたモカが口を開く。
「確かに組合長が何を考えているのかは分からないけど、それは今に始まったことじゃないでしょう? 前から、ずっとそうだった」
「それはそうや」
モカの指摘に、カシマは同意するように頷く。
「でも、今回はそれだけやない。見たやろ? あの超人の様子。あんな空気の中で、あんな笑顔でおるなんて、普通やない。急に味方になったこともそうやけど、組合長が何かしたんやと思った」
「何かって?」
ミトが聞くと、カシマは眉を顰めたまま首を傾げる。
「何かは何かや。具体的には分からん。けど、それが怖い。考えてみ? もしも、何でも言うことを聞かせられる手段があるとしたら、その手段を俺らには使わへんって言い切れるか?」
是が非かは別として、手段の存在とそれを躊躇わないと思わせる精神性を同時に見せてしまったことで、恐怖さんに対する強烈な不信感がカシマの中で膨らんでしまったようだった。
そして、それはその可能性を提示されたミト達も同じだった。
カシマに問いかけられ、それを肯定も否定もできないまま、ミト達の表情は暗く影の差すものに変わっていた。
「ジュンのことに対するあの態度とか、超人を味方に引き込んだこととか考えたら、組合長に反発する人が現れてもおかしくあらへん。それも黙らせられる手段があるんやったら、もう俺らの意思はどこまで意味があるん?」
自分達は恐怖さんの手駒でしかない。恐怖さんの気分次第で意思も命も変えられ、消費される。
リビングを支配した重苦しい空気の中から、カシマはその事実を感じ取り、激しい拒絶反応に襲われているようだった。
「それがどうした?」
そこで不意にヤクノが口を開いた。
カシマの不安を、そこから伝播したミト達の暗さを、何の躊躇いもなく、掻っ切るように言葉を放つ。
「どうした? 何や、その言い方? お前は気にならんのか?」
「気にして、どうする? 抗議でもするのか? それとも、ボイコットか? そんなことをして、何の意味があるんだ?」
カシマを見るヤクノの目は冷たかった。そこまで吐露したカシマの不安を瑣末なことと見下すようでもあった。
「意味ってなんやねん……? あんな態度見せられて、それで今まで通りに信用しろって言う方が無理あるやろ……!? 組合長の気持ち次第で、俺らも奴隷みたいに扱われるかもしれへんねんぞ……!? お前はそれでもええって言うんか!?」
ヤクノの向ける冷たさに敵意を返すように、カシマは鋭くヤクノを睨みつけていた。ミト達を間に挟んで、激しくぶつかり合った二人の視線から火花が散る。
「良いか悪いかなど関係ない。そんなこと考える必要がない」
「だから、何が必要ないねん!?」
「どちらにしても、俺達に選択肢などないからだ」
ヤクノは冷ややかな眼差しを向けながら、冷ややかな声でそう告げた。悪寒すら覚えるほどの冷風がミト達の隙間を縫って吹き抜けていく。
それがカシマにも届いたことを知らせるように、カシマの表情はゆっくりと広がる硬さという形で動揺を表していた。
「俺達は怪人だ。自由などない。ここはその中でも数少ない、許された居場所だ。たとえ気に食わない奴がいようと、信用し切れない人物が率いていようと、他に行く当てなどない。ここに来てしまった以上、意思などあってないようなものだ」
だから、考える必要などない。そう言い切るヤクノに、カシマは口を噤んでいた。納得できないと表情では語りながらも、言葉は何も出てこない様子だった。
それは間で話を聞いているだけのミト達も同じことだった。
ヤクノが言うよりも意思があると主張したいが、怪人であるという立場がそれをさせてくれなかった。
この場所を離れても、生きていけると断言できるほどに、世間は優しくないことをミトは――ミト達は知ってしまっている。
「組合長が何を考えているのか、超人を味方として信用できるのかなど、考えるだけ時間の無駄だ。俺達は信用して、次の行動を待つしかない。それ以外に生きていく道はない」
ヤクノはそう言い切ると、ミト達の隣を通り抜けるように歩き出していた。部屋へと戻っていくヤクノの背中を見つめて、カシマは口を開きかける。
が、すぐに唇は固く閉じ、それに伴って拳が強く握り締められていた。納得できない感情とは裏腹に、ヤクノの考えも理解できてしまい、何も言い出せない様子だった。
しかし、それだけで処理し切れることでもない。
「全員が全員、そんな割り切れるもんでもないねん……」
ぽとりと落とすように零したカシマの言葉を聞いて、ミトやモカは複雑な表情をしていた。
自分達には居場所がない。他に頼れる場所も手段もない。怪人組合という箱に収まってしまった以上、後はその箱の持ち主に全てを委ねるしかない。
それをどれだけ頭の中に叩き込んでも、納得し切れないという不満が蓋を押しのけようと膨らんでいく。
一度、頭を出してしまった不信感は、どれだけ底に押し込もうと上から力を加えても、そう簡単には縮んでくれることがない。
それでも、ミト達は部屋に戻るしかなく、差し迫る別の問題と向き合わなければいけなかった。
ヴァイスベーゼの予告した日は迫っている。その中で全員の気持ちが離れる一件が起きてしまい、本当に大丈夫なのだろうかと、考えれば考えるほど不安は膨らみ、暗闇の中で目を瞑ってもミトは夢を見られる気がしなかった。




