9-33.取引の真実
開きっ放しだった扉のすぐ傍で足音が聞こえた。諸々の後始末を進めていたヒマリ達が振り返ると、そこではキョウシローが驚いた顔で部屋の中を見つめていた。視線はヒマリ達のすぐ傍、そこに倒れ込むオノダに向いている。
「やったのか……?」
項垂れるオノダの傍らに、オノダの物と思われる右腕が落ちていることもあってか、キョウシローはヒマリ達がオノダを殺害したと思ったようだ。恐る恐るという様子で聞いてくるキョウシローを見つめたまま、ヒマリはゆっくりと立ち上がり、カプセルを握り締めながら答える。
「いいや、殺してはいない。こいつとは話をするつもりだったからな。だが、まあ。お前が戻ってきたなら、まずはお前からだ」
そう言いながら、ヒマリがカプセルを構えようとした時のことだった。キョウシローの背後から、別の人影がぬるりと現れて、部屋の中にキョウシローと共に足を踏み入れてきた。
その姿を見たヒマリが固まり、同じように振り返っていたミライが「あっ」と声を上げる。
「サブちゃん」
「サブちゃん?」
ミライの一言に眉を顰めながら、ヒマリはそこに現れた人物を怪訝な目で見つめる。
「あんたがここで何をしてるんだ?」
ヒマリがそう疑問を投げかけ、そこにいる人物が頭を掻いた直後のことだ。何かを思い出したのか、ヒマリの背後でオノダを拘束していたジッパが声を上げ、無意識だったのか口を慌てて押さえていた。
「何だ?」
「い、いえ……!? 何でもないですよ……!?」
必死にかぶりを振りながら、そう答えたジッパがミライの近くに駆け寄り、ミライの耳元で何かを呟く。それを聞いたミライが驚くように丸くした目で、自らがサブちゃんと呼んだ人物を見つめてから、キョウシローに視線を移し、小さく柔らかな笑みを浮かべていた。
それが何を意味するのか、傍から見ているヒマリには分からなかったが、それを受けたサブちゃんこと、キサブローには伝わったらしい。気恥ずかしそうに微笑んでから、真剣な表情を作ったかと思えば、キョウシローをキクコの前に押し出し、大きく頭を下げていた。
「この度は誠に申し訳ございませんでした」
キサブローの行動に戸惑っていたキョウシローも、その一言で慌てたように頭を下げて、小さく滲み出るような声を漏らす。
「本当に申し訳ありませんでした……。謝って許されることではないと……理解しているのですが……本当に申し訳ございません……」
そう何度も呟くキョウシローと、それに付き添うように頭を下げ続けるキサブローの姿を、キクコは見下ろす形で眺めていた。キョウシローの謝罪の言葉に答えるでもなく、頭を上げるように言うでもなく、いつまでも頭を下げ続ける二人をただ眺めて、ゆっくりと息を吐いている。
「ここに来て、頭を下げるということがどういうことか。それは分かっているね」
「もちろん、承知の上です」
「なら、ケジメはつけてもらうよ。もちろん、一緒に来たってことはあんたも、いいね?」
キクコがキサブローに声をかけ、キサブローは頭を下げた姿勢のまま、小さく頷く。それらの姿にミライが何かを言おうとするが、その前にヒマリとブラックドッグが移動し、出かけた声を止めていた。部屋の片隅で後始末を眺めていたキクノも立ち上がろうとするが、シトに止められている。
「なら、これまで無茶な方法で得た契約は全て整理してもらう。もちろん、それに合わせて事業も縮小させること。会社自体を畳めとは言わない。諸々の後始末はしてもらう。それによって社員の雇用が厳しくなったとしたら、その時はちゃんと責任を取るように。自分の尻拭いに社員まで付き合わせる経営者など、周りの人間は誰も信用しない。いいね?」
「分かりました……」
キクコの突きつけた手段は直接的に命を奪い取るものではなかったが、手足をもぎ取るに相応しいものではあった。会社を畳めとは言わないと言ったが、その内容は取引先との信頼関係も崩れるものだ。当然のように喚阿商会は孤立するだろう。場合によっては、荒っぽい揉め事も増えるかもしれない。
そういう全てを抱えてでも、会社を続けていく気概があるなら、命だけは助けてやる。そういう一種の脅しにも聞こえることでも、キョウシローは受け入れざるを得ない。
仕方がないこととはいえ、さっきまでの様子を考えたら、よく受け入れるように聞き入れさせたとキサブローのことを感心しながら、ヒマリは三人の様子を見つめる。
「ところで一つ話は変わるが、先代」
キクコにそう話しかけられ、キサブローは驚いた表情で顔を上げる。
「ど、どうされましたか?」
「いや、そちらの会社が契約を整理し、こちらに顧客が返ってくるとなると、少々人手が必要でね。もしも思いつく当てがあるなら、少し紹介して欲しいんだが」
キクコがそう告げたことで、キョウシローも思わず顔を上げていた。それが現状のキクコに取れる精一杯の慈悲であることを二人は即座に理解したようだ。どういうことかと不思議そうな顔をするミライの傍で、ブラックドッグが小さく呟く。
「つまり、リストラされた社員を受け入れるだけの余裕がこちらにはある。そう言ってるんだよ、あの女帝は」
ブラックドッグからそう説明を受け、ミライは丸くした目でキクコを見つめていた。同じようにシトから言われたのか、キクノも分かりやすく表情を変え、キクコの変わらない仏頂面をじっと見つめている。
「ありがとう、ございます……」
キョウシローが深々と頭を下げ、キサブローもすぐに続いた。キョウシローは先程までの態度が嘘だったかのように涙を流しているようで、床に小さな染みが作られている。
これで、武器商人界隈で起きていた厄介ごとは一旦、丸く収まったようだ。もちろん、ここからの後始末次第では、より厄介な出来事も起きかねないが、そちらはクリサンセマムカンパニーも協力するなら、ある程度のまとまりは得られるだろう。部外者であるヒマリ達には、穏やかに終わることを祈ることくらいしかできない。
「お祖母ちゃん……」
キクノがそう小さく呟いて、キクコの決定を温かい目で見守っていた。これまでキクノの目にキクコがどのように映っていたのかは分からないが、少なくとも、冷酷で血液まで火薬で汚染された生粋の武器商人などではないと分かったことだろう。少しくらいは穏やかな話し合いに前向きになるきっかけとなったかもしれない。もちろん、こちらもヒマリ達は部外者でしかないので、その辺りは祈ることくらいしかできない。
これで諸々丸く収まったとはいえ、ヒマリ達の目的はそもそも別にあった。それをオノダと話そうと思っていたのだが、キョウシローが帰ってきたなら、話は別であるとヒマリは重い腰を上げる。
「じゃあ、会社の整理に託けて、早速、一つ頼みたいんだが」
ヒマリがそう言って話に入っていくと、キョウシローがこちらを振り返り、赤くなった目でヒマリを見てくる。
「何だ?」
「ヴァイスベーゼに武器を卸すのをやめてもらいたい」
「それはもちろん。クリーン……という言い方は変かもしれないが、裏の世界の会社としても、比較的クリーンな会社にしていくつもりだ」
キョウシローの決意の言葉に嘘はなさそうだった。そう思えるほど、キョウシローの目は先程までは違い、輝いたものに変わっていて、ヒマリはその言葉を受け入れることにする。
「なら、任せよう。ただ施設襲撃に使われるかもしれないから、直近の取引はすぐに止めてもらいたい」
一応、注意しておく必要があるだろうと思い、ヒマリがそのように頼むと、それを聞いたキョウシローが不思議そうに眉を顰めた。
「施設襲撃? それは例のニュースの?」
「ああ、そうだ。それに取引で得られた武器が使われる可能性が高い。クリーンな会社にするなら、流石に超人の施設襲撃に手を貸したくはないだろう?」
なら、他の何なら武器を売る気になるのだと疑問には思ったが、今は納得させるためにそう告げたヒマリに対して、キョウシローは怪訝げに眉を顰めていた。
「ちょっと待ってくれ。それはおかしい」
「どうした?」
「施設の襲撃って、もう数日の話だろう?」
ヒマリはヴァイスベーゼが口にしていた日付を思い出しながら、頷く。
「喚阿商会が次にヴァイスベーゼと取引をするのは二週間後の予定なんだ。それじゃあ、間に合わない」
キョウシローがそう告げたことで、ヒマリ達の表情は一斉に変化していた。ヴァイスベーゼは超人の施設襲撃に際して、喚阿商会と取引をしていなかった。そんなことがあり得るのかとヒマリの頭は疑問を懐く。
「それは本当か? 本当に二週間後か?」
「ヴァイスベーゼとの取引は俺が直接管理しているから間違いない。少なくとも、この数日の間で取引が行われることはないんだ」
「なら、どういうことだ? ヴァイスベーゼは本気で武器を必要とせず、怪人の力だけで超人の施設を押さえるつもりか?」
そんなことが可能なのかと疑問に思ったヒマリの背後で、小さく水が湧き出るような音が聞こえてきた。ゆっくりと背後を振り返れば、そこでオノダが項垂れたまま、笑い声を噛み殺している。
「何だ? 何がおかしい? 何を知っている?」
ヒマリがオノダに詰め寄り、その頭を上げさせると、ニヤニヤと笑みを浮かべたオノダと目が合う。
「何を知っているかって? もちろん、いろいろだ。ヴァイスベーゼのことはもちろん、喚阿商会のことも。それから繋がって、武器商人界隈のことも多く知れた」
「何が言いたい?」
「どれだけ裏の世界を覗いても、部屋の中からでは知れないこともあるんだよ」
「どういう意味だ?」
ヒマリの問いかけにオノダは小さく笑みを浮かべ、それ以上は口を開くことがなかった。ヒマリはオノダの口にした言葉を冷静に思い返し、オノダが何を掴んだのか考えようとする。
裏の世界を覗いても。その一言から、ヒマリは頭の中にトムの顔を思い浮かべた。あれほどまでに裏の世界を覗いている人物はいないだろう。
もしもその一言がトムを意味するなら、部屋の中からでは知れないこと、つまり、トムでも知り得ないことがあるという意味になる。
トムも知らなかった情報は何かと考え、そのようなものが分かるのかと疑問に思った直後、ヒマリは今回の行動に繋がったトムとの会話を思い出していた。
「お前、まさか……」
「何か分かったのか?」
ブラックドッグが脇から声をかけてきて、ヒマリは険しい顔で頷く。
「どうやら、ヴァイスベーゼの武器取引を止めることには失敗したらしい」
「どういう意味だ?」
「恐らく、こいつらはフェリーマンと取引している」
その一言にオノダはニヤニヤとした笑みを浮かべ続け、一方、キクコやキョウシロー、キサブロー達は宇宙人でも見たような激しい驚きを表情に浮かべていた。




