9-30.射撃と斬撃
オノダの指先が空中を躍り、浮かぶ球体が不規則な動きを始めた。指示されたポイントを確認するように球体は停止し、オノダを保護するように囲っている。
球体から弾丸が発射されることは分かったが、どの方向に弾丸が発射されるのか、外部から目視するだけでは分かりそうになかった。銃口と思われる部分は見当たらず、弾丸を撃ち出す直前に穴が開くようだ。あるいは、穴という概念はなく、球体から弾丸が生み出され、そのままに撃ち出されている可能性もある。
どちらにしても、オノダを囲う球体がどの方向に弾を撃つのか、常に気を張る必要があり、それを理解しているミライの意識は休まっていない様子だった。
このままでは、ミライの集中がどこかで途切れ、弾丸を払い漏らすかもしれない。そうなった時、ヒマリやジッパが撃たれるくらいならいいが、キクノまで弾が届いてしまうと一大事だ。
シトの方もどれだけ耐えられるか分からないので、ヒマリは早急に対応策を練る必要があった。
そのための手段を考え、ヒマリが最初の行動を伝えようと視線を向けただけで、ジッパはヒマリが何を求めているのか察したようだった。
ヒマリに目線を向けられた直後、ジッパは小さく頷き、ヒマリやミライの陰から、銃口をオノダに向けていた。
そして、ジッパは引き金を引く。
ヒマリは現場に到着してから、状況が膠着していることを理解した後も、その状況に至ったことに疑問を覚えていた。
オノダの球体が場所を選ばない銃だとしても、シトやキクコ達も銃を持っているはずである。オノダと撃ち合えば、オノダは身を隠す必要が生じ、どこかで逃げ出すだけの隙は作れるはずだった。
しかし、そうなっていないということは、そこに何らかの秘密があるはずだとヒマリは考え、それを突き止めるため、ジッパに銃を撃つように言おうと思ったのだが、その考えはどうやら正解のようだった。
ジッパが引き金を引いた直後、弾丸が発射されたことか、ジッパに狙われていると気づいたことかは分からないが、何かをきっかけとして、オノダを囲う球体の一部は動き、次の瞬間には甲高い金属音を生み出していた。
弾丸が激しく弾かれた音がして、ミライの足元近くにミライが払い除けたような軌道で、一発の弾丸が着弾する。
これがオノダの防御手段か、とヒマリは思いながら、ジッパが引き金を引いた直後に起きた出来事を思い返す。
球体がオノダを守るように動き、金属音が鳴り響いた。それから、ミライの足元に弾が着弾した。
銃声は聞こえなかった、とヒマリは思い返す。ミライの足元に一発の弾が着弾したが、他に弾丸の類は見当たらない。どこにも落ちずに空中で分解したとしたら、そうだと思われる塵の類が見つかるだろうが、それも見当たらない。
弾は一発しか撃ち出されていない。もちろん、それはジッパの銃が放った弾だ。ミライの足元に落ちた弾は、ジッパの銃から飛び出した弾が払われたと考えるべきだろう。
とすれば、引き金を引いた後に聞こえた甲高い金属音が払い除けた瞬間の音であり、それが移動した球体から撃ち出されたものだろうということは、簡単に予想がついた。
銃声が聞こえなかったということは弾丸の類ではなく、何かが他に散らばった様子も見えないことから、何か物体を撃ち出したというわけではない。
そこまで状況から読み取り、ヒマリはオノダの周りを浮遊する球体に目を向ける。
球体そのものに種類があるのか、あるいは役割が二つ以上あるのかは分からないが、どうやら球体には弾丸を撃ち出す以外の機能が備えられているようだ、とヒマリは理解した。
ミライの仏の手のように何かを払い除ける力か、あるいは払い除けられるだけの衝撃などを生み出しているのかは見ているだけでは判断できないが、球体のあるコースの弾は全てその力で防がれるということだけは、はっきりと分かった。
シト達が現場から逃げることもできず、この場が膠着状態に陥ったのはあの力が原因かと、ヒマリは浮遊する球体を睨みつけながら思う。
あれら一つ一つを無力化しなければいけないが、弾の届かない状況では撃ち落とすことも敵わないだろう。ミライの腕で切り払うにしても、弾を避けながら攻撃するのはリスクがあり過ぎる。流石にそこまで危険なことはさせられない。
カプセルで全てを仕舞えればいいが、一つの球体を仕舞うのにカプセルが一個必要となれば、ヒマリの手持ちでは絶対に足りない。
これは流石に厄介だと判明した情報から理解したヒマリが苦い顔をする中、オノダの両手が軽やかに動き、球体が時に規則正しく、時に不規則に、空中を踊るように動き始めていた。
球体の一部はヒマリ達をその場に縫いつけるように、こちらを見ていることが銃口を探さずとも分かった。空中を移動する球体の中で、ヒマリ達に近い球体だけが微動だにしていない。
あれはヒマリ達が少しでも動けば、即座に発砲してくることだろう。それが分かっているから、ミライの意識もそちらから動かせていない。
それを横目に移動し始めた球体の目的はシト達のようだった。シト達が隠れるソファーに近づこうとしており、ヒマリはジッパに叫ぶ。
「撃て!」
それを聞いたジッパが即座に引き金を引くが、それらはこちらを見ていた球体に阻まれることとなった。撃ち出した弾丸は甲高い音を立てながら落とされ、ジッパの手元から弾だけが消えていく。
その音を聞いて、接近する球体に気づいたのか、シトやウンモも銃を構え、引き金を引いていた。それらはジッパの撃った弾丸同様に、接近する球体に阻まれ、その場に落とされていく。
このままではシト達が狙い撃ちにされる。何とか防がなければいけない。そのように焦りながら、オノダの方を向いたヒマリがそこでオノダの躍る指先を見つめる。
そこでヒマリは不意に思った。
(あれは何をしてるんだ?)
状況的に考えれば、オノダの指先は球体を操り、動かしている合図ということになる。ヒマリもそこまで、それをそのように考え、何となく受け入れていたが、冷静に考えてみたら、あれら球体を全て動かしているという状況は異様である。
動かしていると考えられないのではなく、もしも動かしているのなら、球体の動きは自由ということではないはずだ。
弾丸に反応し、払い除けていることから、それらが全てオートで行われていると感じている部分もあったが、それらも含めてオノダが操っているとしたら、球体の動きはオノダに依存するということになる。
咄嗟にヒマリは部屋の中を見回し、先程も確認した部屋の中の物を順番に見ていく。部屋の中には最低限の物しか置かれておらず、対談のためにキクコやキョウシローが座っていたソファーの他、粉々になってしまったテーブルくらいしかない。
それらを確認したヒマリが手を伸ばし、ミライの顔の横から足元を指差していた。
「ミライ。あれを跳ね飛ばせ」
ヒマリがそう告げた直後、ミライが一気に動き出し、それに気づいたオノダが停止させていた球体を一斉に発砲させる。
ミライは接近する弾を光り輝く手で薙ぎ払いながら、その手を更に大きく振り上げていた。それはオノダに到着する遥か手前で落ち、そこに置かれていた物体と衝突する。
それはキョウシローの座っていたソファーだった。
クリサンセマムカンパニーの行った事前準備はヒマリも聞いていた。ソファーに特殊な金属を仕込んだことも、そのソファーを二つ用意したことも把握していた。万が一にも、キョウシローがソファーを警戒し、場所を交代して話し合いを始めたいと言われた際も、ソファーを壁にできるよう、どちらのソファーにも特殊な金属を仕込んでいたのだ。
そのソファーをミライは跳ね上げ、一瞬、起立したソファーはすぐに倒れ込むようにオノダへと迫っていた。オノダは即座にそれを払い除けようとしているが、特殊な金属は重く、少し倒れる時間は遅くなるが、完全に倒れる方向を変えることはできていなかった。
「クソッ……!?」
咄嗟にオノダが飛び出し、倒れ込むソファーから逃げる。その瞬間を狙って、ジッパやシト、ウンモが一斉に引き金を引いていた。
が、それらは事前に動かしていた球体がうまくオノダを保護し、全て部屋の中に撃ち落とされてしまう。
「残念だったな! そんな奇襲でも、俺には何も届かな――」
オノダがそう呟き、体勢を整えようと足を動かした瞬間のことだった。足に何かが触れ、オノダは何が落ちているのかと確認するように視線を足元に向けていた。
そこに自身の出した物とは、明らかに見た目もサイズも違う球体を発見することになったはずだ。それが何かとオノダが疑問に思い、答えが出たのかどうかは分からない。
ただ仮に答えが出ていたとしても、何か行動を起こすよりも遥かに早く、そこに落ちている球体は――カプセルは割れていた。
「行け」
ヒマリが命令するように小さく呟いた直後、割れたカプセルの中から、ブラックドッグが飛び出していた。




