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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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9-29.賊子の凶弾

 運転席に座る自身の父親を目にして、キョウシローの顔は酷く引き攣っていた。動揺と怒りや憎しみの混ざった鋭い視線を向けて、唇の端を歪める。


「あんた、ここで何やってるんだよ……!?」

「お前と話をしようと思ってな。喚阿商会で時間が取れないかと聞いてみたら、今日、ここで話し合いが行われると聞いて、それなら、ここがいいだろうと思ってきたんだ」


 運転席に座るキサブローが視線をキョウシローから前方へと移し、ルームミラーを手で弄り始める。キョウシローの睨みつけるような鋭い視線とキサブローの穏やかな目線が鏡越しに合わさり、キョウシローは眉を顰めていた。


「車なら、帰る時に絶対に逢うだろう? だから、運転手に頼んで、場所を変わってもらったんだ。近くで休憩してもらっているから、呼べばすぐに来るはずだよ」

「そんなことはどうでもいい……。何だ、話って……? あんたと話すことなんて、何もないんだが……?」


 キョウシローは爆発しそうな怒りを必死に噛み締めていた。少しでも大きく口を開いたら、飛び出してしまうと思ったのか、僅かに開いた唇の隙間から震えた声が漏れるばかりで、それ以上の声を発しようとはしない。


「決まっている。お前は止めに来たんだ」


 キサブローがそのように宣言すると、キョウシローは不意に堪えられなくなったように吹き出し、窓の外に目線を移していた。


「止める? 何を? 俺は何も止められるようなことはしていないが?」


 キサブローが何を言っているか分からない。そう笑いながら、視線を逸らしたキョウシローの横顔を、キサブローは鏡越しに見つめる。


「今のお前のやり方は間違っている。このままでは、喚阿商会を潰すことになるぞ」


 それは少し前に、喚阿商会の業績が急速に伸び始めたこと、そのためにキョウシローが取った手段を知ったキサブローが、キョウシローを止めるために言ってきた言葉と一言一句同じだった。

 その時もキョウシローは鼻で笑い、キサブローの言葉を真剣に受け止めることはなかったが、それでもキサブローは折れることなく、結果的に二人は仲違いすることとなってしまったのだ。


「またそれか……。前にも言ったはずだ。俺は何も間違っていない。俺のやり方で喚阿商会はあんたが社長を務めていた頃よりも大きく成長した。それが答えだ。何が間違っていると言うんだ?」


 潰れるどころか、今の喚阿商会は爆発的に業績を伸ばしている真っ最中だ。ここから会社の規模が拡大することはあっても、急激に衰えることなどあり得ない。

 そう断言するキョウシローだったが、キサブローの反応は冷ややかだった。


「お前は利益のことしか考えていない。それで会社が成長し、間違っていないと思ってしまったのかもしれないが、お前の仕事は客商売だ。相手する客の方にも事情があることを考えないと、足元から掬われることになる」

「客の事情? 客は武器を買いたい。俺達は武器を売りたい。それ以外に何を考える必要があるんだ? 人情だか何だか知らないが、そんなものを考えて、相手する客を選んでいるから、喚阿商会はあの程度の規模で止まってたんだ。本当はここまで成長する会社なのに、勿体ない」


 キサブローの考えが古臭いと嘆くキョウシローを目にして、キサブローも嘆くようにかぶりを振っていた。


「違う。客の事情を考えるとは、何を求めているかではない。どういう立場にあるのかということだ。武器が欲しい。それはつまり、武器を買うための理由があるということになる。いいか? お前の売った客がどうして武器を求めたのか、その理由をちゃんと知っておかないと、お前の売った武器同士で、戦争が起きるかもしれないんだぞ?」

「だから、それがどうしたんだ? ヤクザ同士の抗争でも何でも好きにしたらいい。俺達はただ武器を売るだけだ。利益が出るなら、それでいい」

「分からないのか? 両方に武器を売ったら、お前は武器を売ってくれた味方から、相手に武器を売った()()()()()んだ。それも両方の組織から。そうなった時、喚阿商会は二つの組織から狙われることになるんだぞ」


 キサブローが相手を選ばずに取引する危険性を告げると、キョウシローの顔は分かりやすく引き攣っていた。キサブローにはっきりと言われるまで、自身の行動が相手の反感を買うとは考えてもみなかったのだろう。

 恐らく、完全に理解はできていないだろうが、その一部くらいは想像ができたはずだ。


「そ、それがどうした……? こっちには大量の武器があるんだ。襲ってくるなら相手するだけ。向こうよりも、こっちの方が武器の手に入りやすさで分がある。二つの組織から狙われようが、先に滅ぼしちまえば何てことはない」


 そんなことを恐れる必要がない、とキョウシローは考えたようだった。どれだけの組織に、どれだけ襲われようとも、十分に対応できるという自信があるのだろう。

 それはいいが、そこには純粋な疑問が生じる。


「それで一つずつ客を減らして、喚阿商会はどうやって利益を生むんだ?」


 キサブローに乱暴な手段であると指摘され、キョウシローの顔色は分かりやすく変わっていた。怒りや憎しみよりも動揺の割合が増え、キョウシローの中に戸惑いの感情が芽生え始めている。


「今はまだ会社が拡大しているかもしれないが、時期に限界が来る。客同士の争いが喚阿商会にも飛び火して、経営が成り立たなくなるはずだ。そうなる前に手を打たないといけない」


 キサブローがルームミラーから目線を外し、後部座席に座るキョウシローを見やる。窓の向こうを眺めていたキョウシローの視線は車内に移り、そこで振り返ったキサブローと目が合い、戸惑いの表情を浮かべる。


「お前はまだ若い。今なら、まだやり直せるはずだ。もちろん、何らかの痛手は受けるかもしれないが、会社が潰れるほどの損害はないはずだ。そこから立て直せばいい。そうすれば、きっと――」

「……まれ……」


 キサブローの言葉を遮って、キョウシローが吐き捨てるように呟く。


「黙れ……。黙れ。黙れ。何が若いだ? 何がやり直せるだ? 知った口を聞くな。あんたが社長を務めていた頃よりも、今の方が会社は大きいんだ。分かるか? あんたよりも、俺の方が優れているから、会社はここまで成長したんだよ。そんな奴が俺に説教垂れるなよ。俺に会社を譲ったんなら、黙って家で燻ぶってろよ!」


 キョウシローは狭い車内で身を起こし、懐から銃を取り出していた。銃口をキサブローの額に向け、鋭い視線で睨みつける。


「お前、何やってるんだ?」

「見て分からないのかよ? 死にたくないなら、黙って帰れ。そして、俺のやり方に二度と口出しするな。分かったか?」

「いいや」


 キョウシローの言葉にキサブローはかぶりを振り、それまでは一度も見せなかった鋭い視線をキョウシローに向ける。


「お前は何も分かっていない。いいか? 俺達は武器商人だ。武器を売るのが仕事だ。武器を使うことは、況してや、自らの感情のままに武器を振るうことなど言語道断だ!」


 キサブローが怒鳴り声を上げ、その声にキョウシローの身体は震えていた。視線が揺れ、怯えの色が混ざり、震える唇の端から、微かな声を漏らす。


「う、うるさい……!?」


 そう放った声を掻き消すように、キョウシローの指は引き金を引き、車外まで響き渡るほどの大きさで、銃声が鳴り響いた。

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