9-28.悪因悪果
喚阿商会の経営が傾き、規模の縮小を余儀なくされた頃だった。このままでは長年勤めてくれた社員の首も切らなければいけないほどの事態に陥り、喚阿商会の二代目、喚阿恭四郎は頭を抱えていた。
何とか手を打たなければいけないとは思うが、そのための手段が思いつかない。そう考えては焦りを募らせる中で、喚阿商会に話を持ちかけてきたのが酒鬼組だった。
酒鬼組が裏で怪人の組織であるヴァイスベーゼと手を組んでいることを聞かされ、キョウシローは激しく動揺した。最初はどのように受け取ればいいのか分からなかった。
しかし、話が喚阿商会の利権に及ぶと、キョウシローは持ちかけられた話を救いのように感じ始めていた。酒鬼組のコネでヴァイスベーゼに武器を売り渡すだけで、喚阿商会は怪人のバックアップを得られるようになる。
そうなれば、これまでは取引の難しかった相手でも、力を行使することで黙って従わせられるようになる。
必然的に喚阿商会の業績も上がっていくに違ない。そこまで想像すれば、キョウシローが断る理由はなかった。
すぐに酒鬼組の手引きでヴァイスベーゼと接触し、そこでキョウシローは鈇田蓮賀を紹介されることとなる。
オノダの力は絶大だった。様々な困難な交渉を無事に成立させてくれて、喚阿商会の業績は鰻登りに上がっていった。
正に順風満帆であり、いつしか先代の頃の規模を超え、喚阿商会は絶大な力を有するようになっていた。このまま武器商人界隈どころか、裏社会で絶対的な権力を得ることも可能である。
喚阿商会の立場は安泰――となったはずだった。
それがクリサンセマムカンパニーとの間に摩擦を生じるようになり、雲行きが変わっていた。次第に逆風が吹き始めた中で、全ての障害を排除しようと取った手段こそが、今回のクリサンセマムカンパニーとの話し合いだった。
相手の場に踏み込んでも、オノダの力があれば、全てを解決できる。そうキョウシローは高を括っていた。
それがそこに飛び込んできた人物を見た瞬間、その手の力の正体に気づいた瞬間、一気に瓦解することとなった。
クリサンセマムカンパニーも、裏で怪人と繋がっていた。その事実を理解し、キョウシローは恐ろしくなった。
これまで自分達が振るっていた力が返ってくるかもしれない。それをオノダ一人で守ってくれるのかと考えたら、キョウシローには不安しかなかった。
オノダを置いて逃げることは、ヴァイスベーゼとの関係性の解消を意味する。そう分かっていたが、ここで死んでしまっては意味がない。
大丈夫。今の喚阿商会なら、ヴァイスベーゼの力などに頼らずとも、今と同じか、それ以上の地位を築けるはずだ。
そのように言い聞かせながら、キョウシローはクリサンセマムカンパニー社内の廊下を直走った。
幸いなことに、後からキョウシローを追いかけてくる人物はいなかった。恐らく、部屋の中のオノダに手こずっているのだろう。
もしくはキョウシローがオノダを放置して逃げたことに気づかず、キョウシローを守るために足止めしてくれているのかもしれない。
どちらにしても、今の内に逃げるが吉だ。そう思ったキョウシローが会社の前に止めさせていた自身の車に乗り込み、慌ただしく運転手に命令する。
「帰るぞ! 早く出せ!」
そのように言いながら、キョウシローはさっきまで自分のいたクリサンセマムカンパニー本社の様子を窺い、追いかけてくる人物がいないことに安堵する。
無事に逃げられそうだ。そう思ったのも束の間、キョウシローはいつまでも車が走り出そうとしないことに疑問を懐く。
「おい? 何をしてるんだ? 早く出せ!」
口の端から激しく唾を飛ばしながら、キョウシローは運転手に怒鳴りつけていた。それを聞いた運転手がこちらをゆっくりと振り返る。
「いくら立場が上だとしても、人に物を頼む時はもっと頼み方があるんじゃないか?」
そう言いながら、こちらを振り返った顔を見て、キョウシローの顔が引き攣る。どうしてここにいるのかと思いながら、キョウシローの口は小さく動いた。
「親父……?」
キョウシローの父親であり、喚阿商会の先代社長だった、喚阿喜三郎が運転席に座っていた。
◇ ◆ ◇ ◆
逃走する背中を目撃し、キョウシローが逃げたことは理解していたが、それを追いかけられるだけの余裕がある状況ではないことも、また明白だった。ヒマリはオノダ一人が取り残された部屋の様子を窺い、緊迫した事態に息を呑む。
「スイミ。そこの二人を連れて逃げられるか?」
入口付近からシトに声をかけ、ヒマリは一刻も早く、キクコとウンモを逃がそうと考えるが、シトはやや身を起こして、小さくかぶりを振っていた。
「あれがある限り、ちょっと厳しい」
そう言いながら、シトが指差した方に目を向けて、ヒマリは部屋の中に浮かぶ、小さなパチンコ玉のような球体を発見する。それが何であるかは判然としなかったが、何の補助もなく、空中に浮かんでいる様は異様であり、それがオノダの怪人としての力であることはすぐに理解できた。
あれが何をするのかとヒマリが疑問に思ったところで、オノダの身体が動く。器用に指先が動かされ、何かの指揮でも執るような動きを見せたかと思えば、空中に浮かぶ球体が規則正しく動き始めていた。
それらに変化が見えた直後、銃声が鳴り響く。そのことにヒマリが対応するよりも早く、ミライがヒマリの眼前に飛び出し、光り輝く仏の手を振るっていた。飛来した弾丸がその手に阻まれ、床に散らばっていく。
「なるほど。あの球体一つ一つが銃の代わりか」
パッと見ただけでは数え切れないほどの球体が浮かんでいることを理解し、ヒマリは引き攣ったような笑みを小さく浮かべていた。
確かに事態は緊迫しているらしい。それもミライの力を考えれば、膠着状態に陥ったとも考えられる。
ヒマリ達がどう動くか、相手からも分かっていない状況で、無闇に動くとは考えられないが、シト達を逃がそうとすれば、全力で阻止してくることは明白だった。
さて、どうするかと頭を働かせながら、ヒマリは部屋の中を順番に見回していく。決してオノダから意識を逸らすことなく、ヒマリはモニター越しにしか見ていなかった部屋の中の様子を観察する。
オノダの力もあり、部屋は話し合いが行われていた時とは違っているが、大きく変わった要素は少ないはずだ。ソファーが動き、テーブルが砕かれた程度で、それ以外にめぼしい物が見当たらないのは、最初から置いていなかったからだろう。
それもそうだろう。ここを喚阿商会との話し合いに用いるなら、下手に物を置くことは悪手のはずだ。部屋の内装を見たキョウシローが激しく警戒し、話し合いを執り行わないと言い出せば、全てが水の泡となってしまう。
警戒させないためには物を減らす必要があり、それが今のヒマリ達にとって逆風となっていた。ヒマリは自身のカプセルを利用するには、あまりに物が少ないと感じながら、砕けたテーブルに目を向ける。せめて、テーブルが健在ながら、もう少しマシだっただろうが、今となっては考えるだけ虚しいことだ。
何とか、手持ちのカプセルとその中身を活用し、状況を打開しなければいけない。ヒマリは事態が動き出す瞬間から目を逸らさないように集中しながら、頭を回転させていく。
まずは足りない情報を補うところから始めるべきか。そう思ったヒマリの視線は、自身の背後に立つジッパへと向くのだった。




