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アンビリーバーズ  作者: 鈴女亜生


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9-24.生存の確率

 父親のことが話題に出た直後から、二代目は明らかに取り乱した様子だった。それまではキクコが何を言っても軽く往なされ、相手をする様子すら見せていなかったが、今はキクコの発言一つ一つに反応し、強い拒否反応を示している。

 ここが弱点だと一瞬で理解した様子のキクコは躊躇うことなく、その弱点をつつくように言葉を二代目に投げかけている。


「会社を大きくするために、今の手段を取ったような口振りだったが、結局は先代と同じ道を辿っても、先代ほどにうまくはできなかっただけなのだろう? だから、強引に奪い取るしかなかった」

「違う!? あんな生温い手段で、会社が成長するわけがない! 俺は会社のために、最善の手段を選んだだけだ! あんな男の手法を真似ようなど、最初から考えていない!」


 歯を剥き出しにし、唾を飛ばしながら、部屋の中に叩きつけるように二代目は叫び声を上げ、その度にシトは痛いほどの緊張感に襲われていた。


 キクコの一言をきっかけとして、二代目はいつ我を失ってもおかしくないほどの怒りに襲われている。どこで状況が最悪な方向に傾くか分からない。シトはいつ何が起きても、キクコを守り切れるよう、状況を常に見極める必要があった。


 特に、今回のシトの目的が二代目の側近である以上、シトの注意はそちらにも向けなければいけない。どこで二代目のネジが飛び、凶行に及ぶか分からない中で、二代目から意識を逸らすことに抵抗はあるが、側近の男には怪人であるという疑惑がかかっている。


 二代目が怒りのままに暴力を振るう可能性と並んで、側近の男が何らかの手段でキクコを始末しようとする可能性が存在している。喚阿商会の利益や現在の場の状況などを考慮すれば、その二つの可能性は等しく思えた。


「会社のためなどと言っているが、それは本心か? 本当は先代の時代を超えることだけを考えて、ただできるだけ会社を大きくしようとしているのではないか?」

「あの男は関係ない! あんな男、目にも入らない!」

「なら、怒鳴る必要はないだろう? 私としても、冷静な話し合いを求めているのだがな」


 キクコは軽く両手を広げて、その場を示し、今の二代目の反応が場を乱していると暗に指摘する。先程までとは違い、今はキクコが話の主導権を握り、そのまま返すことなく、話し合いの場に持ち込もうとしているようだ。

 かなり危険な綱渡りではあるが、今の二代目の様子を見たら、それが有効であることは確かに思えた。


「冷静に話したいなら、俺を見ろ……! 誰かと比較するな……! 相手のことを蔑ろにして、そんな奴と話したいと思うか……!?」


 二代目は力強く自身の胸を叩きながら、キクコに強く訴えかける。先代と比較されることが余程嫌いなのだろう。

 その剥き出しの嫌悪感が、更にキクコを増長させる。


「誰かに比較されて嫌な目に遭ったか? 先代より仕事のできない若造とは取引できないと拒絶されたか?」

「…………!? うるさい!?」


 二代目の神経を逆撫でするようにキクコは言葉を選んでいる様子だったが、それは偶然にも二代目の弱点を貫いたようだった。キクコの指摘に表情を変え、図星であることを語ってから、二代目はただ喚くだけの反応しかできなくなっている。


「そうか。それで客が離れたことを根に持っているのか。それで先代とは違う手段で結果を出し、自らの有益性を認めさせようとした」

「違うって言ってるだろうが!?」


 二代目が力強くテーブルを叩き、出されていたカップにぶつかって、盛大に破片とコーヒーが飛び散った。キクコは僅かに自身の服についたコーヒーを手で払いながら、割れたカップの破片で手から血を流す二代目を見つめる。


「原動力がそこにあったとしても、会社を大きくするという目標を立て、そこを目指したのは会社のためだろう? そこまで会社を思う心があるなら、どうして今の状況が会社にとって良いものではないと分からない? 分かろうとしない? 会社を大きくして、他の同業者を追い払って、そうして孤立した先に見える問題をどうして考えようとしない?」


 その言葉はキクコが純粋な疑問を吐き出しているように見えた。今の二代目の行動があまりに愚かで、それをどこか嘆いているように感じさせる声音だった。

 それでも、二代目は聞く耳を持とうとしなかった。


「うるさい……。問題などない……。力があれば……それだけの力があれば……何も起きない……!」

「絶対的な力など存在しない。どんな業界だとしても、それは変わらないことだ」


 キクコが二代目の考えを否定するように呟くと、それを聞いた二代目は自身の血塗れの拳を見つめたまま、小さくくつくつと笑い始めた。


「絶対的な力が存在しない? どんな業界でも変わらない? 違いますよ、モモセ社長。それはただ貴女の了見が狭いだけだ」


 二代目が不自然なほどに落ちつきを取り戻し、そう言い始めたことにキクコだけでなく、シトも不思議に思っていると、シトの耳元で僅かな声が聞こえる。


「気をつけろ。何かをする気だ」


 それは眼鏡に届いたヒマリの声で、シトは聞き耳を立てていたキクコと二代目の話から意識を逸らし、二代目の側近の男の方に視線を向けていた。


 そこでシトは怪人としての力を行使し、側近の男が起こす行動の可能性を見る。


 一つは銃を取り出すというものだった。喚阿商会が販売しているものか、詳細までは分からないが、男は銃を取り出して、キクコの背後にいるウンモに銃を向けていた。

 恐らく、同時に二代目が銃を取り出し、キクコに向けるのだろう。無理矢理に状況を収める手段であり、それは確かに力を使わずとも考えられる可能性だった。


 確率は高く、約六十パーセントの確率で、側近の男はこの行動を取る――かもしれない。


 その次に確率の高い可能性が、側近の男は同様に銃を取り出してシトに向ける、というものだった。これは流れとしては先程の可能性と近しいのだろう。ただウンモではなく、シトに銃を向ける明確な理由は分からない。情報のないシトを過剰に警戒した結果か、それとも、シトが側近の男に意識を向けていることに気づいて、狙いをウンモではなくシトに変えたか。


 どちらにしても、この可能性も先程の可能性と状況は変わらないように思えた。確率は先程の約半分、三十パーセント程度だ。


 この二つの行動の可能性だけで九十パーセント近くを占めており、側近の男の取る行動としては銃を取り出すということが大前提のように思われた。

 そこから、どのように対象を選ぶのか、その部分だけの違いに思われたが、見えた最後の一つ、三つ目の可能性は先二つとは明らかに様子が違っていた。


 三つ目の可能性は仮に状況が変化したとしても、側近の男に大きな動きが見られないというものだった。

 何もしていないし、何かをしようともしていない。ただ立っているだけ。そういう可能性が残りの約十パーセント存在しているらしい。


 シトの怪人としての力は正確である。見えた三つの行動のどれかを側近の男は取るはずであるが、最後の可能性はあり得るのかとシトは疑問に思った。


 状況的に二代目が何かを行おうとしていることは確実である。その様子を察した側近の男が行動を取らないとは思えない。極端に勘が鈍く、雰囲気から察せなかったという可能性が成立するなら分かるが、そのような男を側近として連れ回さないだろう。


 最後の可能性はあり得ないか、とシトは考えてから、残り二つのどちらの可能性が現実となるのか特定しようとした。


 確率だけで見るなら、ウンモに銃を向けるはずだが、シトに銃を向ける確率も決して低いとは言い切れない。十分にあり得るくらいで、ウンモに銃を向けるだろうとは断定できない。


 二代目がキクコに銃を向け、側近の男がウンモの動きを押さえる。そうして主導権を握り、最終的にはキクコを生かしたまま、クリサンセマムカンパニーの利権を奪うか、もしくはキクコを始末して、クリサンセマムカンパニーの力を弱めるか。二代目の目的はそんなところだろう。


 そう考える中で、シトは不意に思った。


(私はどうするつもりなの?)


 二代目がキクコに、側近の男がウンモに銃を向けたとして、シトは何の制限もされていない状況だ。もしも側近の男の銃がシトにも向くのなら、シトに銃を向けるという可能性が出てこないだろう。ざっくりとこちらに銃を向けるという可能性だけでいいはずだ。


 つまり、側近の男はシトか、ウンモにしか銃を向けない。もう片方は放置するという行動に出ることになってしまう。


 仮にキクコに銃を向けたことで、二人のどちらかの動きを制限するつもりなら、そもそも銃を向ける必要はないように思える。二人の方に向けずとも、キクコに二人が銃を向けていたら、それだけでシトとウンモは動けなくなるはずだ。


 ウンモやシトに銃を向ける行動は余計である。その可能性に気づいてしまったシトが、さっき捨てたはずの最後の可能性に目を向ける。


 何もしない。これは状況的にあり得ないと思ったが、もしも二代目が銃を取り出すとしたら、少なくとも、銃を取り出すという行動に意味はないはずだ。


 それなら、側近の男の役目は他にあるのかもしれない。

 その考えに至ったところで、シトは自分がこの場に立つことになった、そもそもの可能性を思い出す。


 側近の男は怪人であるかもしれない。もしも怪人としての力が大きな動きを必要としない、シトのような力であったとすれば、何もしてないのではなく、何かをしているように見えないだけという可能性は十分に考えられる。


 もしもそうであるなら、その先にある行動を潰せるのは、状況が動き出すと見えたシトだけかもしれない。

 そう思いかけたシトの思考を、先程聞こえたヒマリの声が引き戻す。


 違う。ヒマリも気づいていた。状況の変化は場数を踏んだ人物なら、十分に気づけるくらいに臭いを発している。


 つまり、キクコやウンモも気づくことは分かっているはずで、その上で行動を取ろうとしている。


 それが単純に銃を向けるという行動だけで済むだろうか。


 シトは湧いてきた疑問と答えが差し迫っている焦りに襲われ、咄嗟に腕を伸ばしていた。何が起きるかは判然としないが、状況を一気にひっくり返すことが起きるとしたら、それは銃一丁で済むことではないはずだ。

 その直感がキクコの身体を掴ませ、咄嗟に自身の方へと引っ張っていた。ソファーの陰に身を伏せてから、ウンモも引っ張り込もうとシトは手を伸ばしかける。


 その瞬間のことだった。部屋の隅から無数の銃声が聞こえ、キクコの座っていたソファーを中心としたシト達の周辺に、弾丸が叩き込まれたのだった。

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