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Ninfea  作者: 蠍ノ丘
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9話 少女の名前

「大丈夫……」


 そう言って出て来た少女の表情は酷い物だった。血の匂いや身体の汚れは取れたものの表情からはやはり疲労が目立つ。それに、怯えている様に見えた。


「そうか、取り敢えずアンタの話を聞かせてくれないか? 何をするにも情報が何も無い状態ではどうしようもない。せめて、何なのか知る必要がある」


「あ……うん……」少女は短く答えると先を進むロギアに連いていく。


 ロギアはリビング内の椅子に腰を掛けるとその対面へと座る様誘導する。テーブルの上には身体を温める為にインスタント品だがコーヒーを二人分用意してある。


 少女はコーヒーが視界に入ると驚いた表情を浮かべ困惑した表情でロギアを見る。そして促されるがまま指定された椅子に座るが、ロギアから見ても身体が恐縮しているのが目に見えて分かる程その動作はぎこちなかった。


 ロギアは数分前に乱暴な行動をとっていた為少女にどう接すれば良いのか悩んだ挙句、極力警戒心を解く様に心がけて話そうとするが、人との会話に慣れていないせいかロギア自身もぎこちなく話し始めてしまう。


「じゃあ……取り敢えず、名前――聞いても構わないか?」


 少女は黙ったままジッとテーブル上にへと視線を落としていた。


「お覚えてないのか、何か訳有りで明かせないのか……そもそも教える気が無いのか。どっちだ?」


 再度訊く。別に言わなくても平気だがその時には呼び方に困る。短期間とはいえど一緒に居る以上これは必須事項だ。


 それに名前さえ明かせないのなら当然警戒して当たり前の事で、場合によっては敵として認識せざる負えない事だった。


「アリァ……」やっと口を開いたものの余にも声が小さく聞き取れなかった。


「あり? 蟻……変わった名――」


「アリア……アリア・イェリネック・エンシェント。名前」


 アリアと名乗った少女の言葉には蟻、と言う可笑しな聞き間違えに対し強く否定する様に声を張りハッキリとしたものだった。


「イ、イェリ――――長いな……」ロギアは冷静と対応しようと試みたつもりだがつい本音が出てしまう。


「アリアでいい……」流石にその感想には少し怪訝な顔で答えられた。


 場の雰囲気をマシにする為に慣れない冗談で言った事だったが、少々意地悪過ぎたみたいだが結果的には間違ってなかったらしい。だが慣れない事はするんじゃないと学習出来た。


 ふとお互いの視線が合い、反らそうと目を下げると少女――アリアの胸元が視界に入る。血が全て拭き取られている為か雪の様に白い肌が目立ち、少し水気を含んだ肌に部屋着が吸い付いていた。


「そ、そうか、じゃあアリアと呼ばせて貰う。あとそこのコーヒー、身体を温める為にも飲むと言い」   

 そう告げて自分の前にあるコーヒーを口へと運び、視線の先が悟られぬよう気を紛らわせた。


 正直に言うとこのご時世、どんな理由があるにせよ出会ったばかりの相手を家に連れ込むというのは流石にいかがな物かと思っていた。


 相手が自分と同い年くらいの異性の相手だからと言う事では無く、相手が寄生されている可能性があるからだ。例え寄生されていなかったとしても相手が人間である以上絶対に安心は出来ない。


 “だがそれはこっちの都合だけで彼女自身、この後内心どんな見返りが求められるのかとビクビクしているかもしれないな……”


 ふと視線をアリアに戻すとコップを見つめるだけで一向に口に運ぼうとしていなかった。


「何も入れてないぞ、コーヒー以外は」

 そう言うと自らが飲んでいるコーヒーへと視線を落とす。その言葉を聞いてもまだ疑っている様だったが、両手で持ち、恐る恐る口へと運んでいく。


 そして一口、コーヒーを口の中にふくみ「――――ぁ……」小さく声を漏らし少し沈黙した後「美味しい……」アリアはそう声を震わせ弱々しく声を出した。


「――?」

 その様子をただ黙って見ていたロギアだったが、コップを持つ手も微かに震え頬を伝うアリアの涙を見て目を丸くする。


「……美味しいぃ……温かいよぉ……」


 アリアは両手でコップを包む様に持ち背を丸め肩を震わせていた。


 たった一杯のコーヒーでこの反応。アリアと言う少女が今までどんな人生を歩んで来たのか想像さえ難しいのは明らかだった。


 人と接する事が苦手なロギアにはこういった場合、流石に何もかける言葉が見付からない。ただ何も言わず自らのコーヒーを一口飲むと、キッチンの上に置かれている二年程前の賞味期限切れインスタントコーヒーが視界に入る。それと同時に罪悪感が沸きロギアはアリアに見られない様インスタントコーヒーをそっと隠す。その行為に気付いていないのかアリアは賞味期限切れコーヒーを一口一口大切に飲んでいた。


「――――――」


「もう――大丈夫です……急に、ごめんなさい」ロギアが椅子に戻るのを見てアリアはきつく目をつぶった。


「いや、気にするな。気に入って貰えて良かった……じゃあ、もうそろそろ……話を聞かせて貰えるか?」


 心配気に話しかけて来るロギアにアリアは頷いて応じる。その表情を見てロギアもそっと胸を撫で下ろす感覚になった。怯え、常に警戒心を出していた少女が今はそれが少し消え、その表情からは多少なりとも安堵しているかの様に感じた。


「……うん、分かった」


 何から聞こうかと考えている内に、自分でも気付かない程シンとした空気が辺りを包む。


「回りくどいのは好きじゃあない。だから率直に聞かせて貰う。アリア、アンタは何故無事なんだ?」


 アリアは真剣な表情でじっとロギアを見つめた。


「……ヘリコプターでの、事?」


「ああ。この言い方はお前を傷付けるかもしれないが。服装、会った時の言動、状況からしてヘリコプターに乗っていた、と判断したんだが……」


 ロギアが言おうとする言葉が想像出来、身体が硬直する。


 自身が何者なのか自分でも最早分からないのだ。ただそれが他人の口から言われる事に関して恐怖がある、しかしロギアも自身の為にも聞く権利がある。


 これは研究者以外の人と関わる際には避けられない言葉だ。

 

 ――――ただ嫌だ、怖い


 

 ロギアはアリアに目を合わせた。



「お前は恐らく――もう人間じゃあ無いだろ」



 ハッキリと告げる。


 人間では無い――それを聞いたアリアは目を見開き、俯くと服を握る手に力が入った。


この度は第9話を読んで下さりありがとうございました。


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