8話 洗浄
浴槽に水の音が響き、乾いたタイルに水滴が零れ落ちる。
所々カビが生え、余り使っていないのか埃が目立つ。
少女はどうしたら良いのか躊躇ったものの、男の足音が離れて行くのを感じると渡されたペットボトルへと視線を落とす。
喉がカラカラで直ぐにでも水を口へと運びたかったがそれより先に口周りにべっとりと付着している血を洗い流し、それからペットボトルの水を喉へと通していく。
「ぐっ、ん……ごくごく……」
こぼす事など気にする事無く水を喉に流し込むと一息をついた。
水が入った桶にタオルを入れ、それで丁寧に目頭から目尻に向け、額、鼻、頬の順番で汚れを落としていく。
そして浴室にある鏡を見ながら口元、耳の後ろと汚れが溜まりやすい所を丁寧に拭きとると、鏡に映る自分を改めて眺めた。頬は痩せ焦げてはいるが血を全て拭き取ったせいか、自分の顔に恐怖と言うのは感じなくなっていた。
“何故自分はここに居るのだろう、何故自分が生き残ってしまったのだろう――”
頭の中に浮かぶ言葉はそればかりで、まだ助けられたという実感さえなかった。
顔を拭いた後、少し躊躇したものの身体も拭いていく。病衣は簡単に脱ぐ事が出来、足元にスルスルと音をたて落ちる。そして脱いだ病衣をあちこちに生えているカビを避ける様に置く。
白い肌は薄暗い浴室でもハッキリと鏡に映っていた。
「っん――」
水の冷たさが身体全体に刺す様な感覚を残し、ブルッと身体が震えつい口から吐息が漏れる。
血塗れになったタオルを水で洗い、残りの汚れも両腕、首、胸、腹、背中、両足、お尻と順番に拭くと血の匂いを完全に落とす為再度全身を拭いていく。
そして「――ふぅ」一仕事終えた時のやり遂げた感が出て来て息を吐いた。
水で身体の汚れを落とした事で心に多少の余裕が出来、残ったタオルで水気を拭き、用意された質素な服を着ると心が徐々に落ち着いていく。表情も自分が最後に見た時とは全く違っており、今の方がよっぽどマシだ。――が全ての事を終えると再度恐怖感、不安感が頭の中を支配する。
“私はあそこで死ぬべきだったかもしれない。何故生きたいと思ってしまったのか“
“寝床と安全を保証された――つまり自分はこれから相手に対し何かしらの見返りを返さなくてはならないんじゃないのか“
この場合、例え相手が同姓だったとしても想像したくもない、悍しい目に遭う確率の方が目に見えて高い。
しかも今は相手が異性なのだ。想像したくないのに、嫌なのに、凌辱を受ける光景が勝手に浮かんでくる。
「人間なんて……どれも、どいつも一緒だ……」
誰にだって裏と表がある。死ぬ事さえも出来ない。嬲られ、身も心も傷付けられ、またあの時の様な耐え難い苦しみを永遠と味わい続ける事になる。
結局これが自分の末路だと思わせられると、ここで暴れ、喉が張り裂ける程叫んでしまいたい。
勿論、そんなのは勝手な思い込みで考え過ぎかもしれない。
少女が不安と恐怖で過呼吸になりつつある状態を落ち着かせていると浴室をノックする音が聞こえた。
この度は第8話を読んで下さりありがとうございました。
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