10話 記憶
腹の奥から這い上がって来る気持ち悪い焦燥感、そして絶望。アリアは今この瞬間、他人から見た素直な意見、事実を突き付けられ何も反応する事が出来ない様子だった。
何か言いたげに顔を上げるが辺りに静寂が漂う。
「人間じゃない……な、何で……何でそう、思うの?」
「ヘリコプターに乗っていたのなら確実に墜落事故で死んでる。もし仮に奇跡的な可能性で生き残ってたとしても、怪我一つ無く事故現場で人肉を口にしていた……状況から考えても奴等に寄生されていると疑うのは当然の事だろ? 寄生された生物の中には身体を修復していく奴がいるかもしれん、いや今ではそんな個体が居てもおかしくはないと俺は思ってるからだ」
相手は黙っている。
「反論はしないのか?」
アリアはどうしようも無いと言った様子でただ耐えているようだった。
「でも……私は貴方の言う奴等、とは違うの……だから人を……貴方を襲ったりはしない」
「ッ……」
ロギアは口ごもる。出来る事なら自分の問いに対しそれは違うと反論をし、何とか納得出来る様な説明をしてくれる事を心の底では願っていたのだがアリアが否定しなかった事でその願いはことごとく打ち破られた。
アリアと名乗る少女は奴等と同類。それを認めたと同じ返答だった。
「どうして言い切れる?」
「――もし私が、貴方が言う奴等と同じなら墜落現場でも、こ、ここでも……襲ってる、と思うから……」
自分の答えに自信が無いのか途切れ途切れで、何とか絞り出した言葉もあやふやだ。
だが言っている事は恐らく間違ってはいない。確かに襲うつもりでいるのならとっくの昔に襲われている。わざわざ一緒に行動し隙を伺うだなんて回りくどい方法は、知能を持たない本能だけで動く奴等には不可能な事だし例え知識を持った個体がいたとしてもその行動は余りにも危険でやる必要が無い。
「……お前があの場に居た理由は何だ? 奴等とはどう違うんだ? 俺からしてみれば人肉を口にしていたって事は事実として残ってる」
「……」
アリアは一瞬黙り込み、言い辛そうに手元のコーヒーへと視線を落とした。
「ごめんなさい、私……自分の事に関しては、何も……分からない、の……」
ロギアはきょとんとし、コーヒーを口に含もうと、コップを持ち上げた手がそのままの位置で止まる。
「「……」」
何も分からない。その言葉の意味を理解し、ロギアが口を開く迄静寂がリビングに座る二人を包み込む。
「――何も、分からない……か」ロギアは溜息交じりに呟きながら椅子に体重を預けた。
「……私、ずっと施設に、居て……でも、あの人達が何を得ていたのか、何て、知らない……自分では何処にも行けないし、毎日毎日毎日――拷問……だったから……」
目の前で途方に暮れるロギアが視界に入るとポツリと答え始めた。
言葉を紡ぐアリアのその表情が苦痛の色へと変わり、その様子からは恐怖や怯え等の感情が明らかだった。だがそれと同時に後半は若干狂気染みた物さえ感じる。
「――そうか」
ロギアはテーブルに肘をつき、険しい顔を浮かべ目頭を押さえた。
“そうなってくると最悪な状況になってくる。先ずあの場に居た連中に理不尽な理由で人体実験を受けていた、と考えて間違い無いだろう。頭のイカレタ狂人なんて、このご時世には巨万といる。そしてアリアを輸送中に何かしらのトラブルがありヘリコプターが墜落した”今の所そう考えるのが妥当だ“
堪らずに溜息が零れた。話を聞けば聞く程、自分の置かれている状況が嫌でも危うい物だと認識させられ、その間にもアリアは搾り出すかの様に言葉を繋げていく。
「施設に……入ったのは、この騒ぎ? が起こる数カ月前、だったと思う……」
今の世界の状況を騒ぎと言っている時点で現状をそこまで判断出来ていないというのが感じ取れ、もしくはアリアが現状を知った上で騒ぎと言っているのなら、と言う最悪なケースが頭に浮かぶ。
「騒ぎ、ね」
「?」
言い回しが気になったのか、アリアは不思議そうな顔を見せる。
「いや、今の世界の状況をよく、騒ぎ、と言えるなと思っただけだ」
「……世界の、状況……ごめんなさい。まだよく分かんなくて、ただ私は……」
そこでアリアは口を閉じてしまい俯いてしまった。
“何かあるな”
そう思ってもここでその事を更に追及したとして、アリアの現状を見る限りでは、訊いても解答が出ないと判断しロギアは話を少し戻す事にした。
「まぁ、記憶に無いのなら思い出した時にでも言ってくれ、もう無理矢理聞こうとは思ってないからな」
「え? ……あ、うん……」
予想していなかった返事だったからか少し狼狽えているのが分かる。
「それは話せる事だけ話せばいい。今は疲れているだろうからな」
アリアが頷くのが確認出来てからロギアは質問を再開した。
「……で、さっきの施設の事だが何故そんな早くから入った?」
「……えっと、昔、事故にあったのは覚えてる……」
「事故?」
「……うん、確か……学校からの帰り道に交通事故にあって……目が覚めた時にはもう施設にいて……そこにいる人達から聞いたの……」
「交通事故、ねぇ……」
これをどう捉えるべきなのか、目が覚めた時には施設に居た。施設から一度も外に出た事がない? 行方不明になった、しかしそうなった場合親が黙っている筈は無く新聞、地上波ニュース、ネットですら少女が事故後に行方不明何て物は訊いた事も無い。そう捉えると最悪で思いつくケースは、アリアの親だけではなく、もっと別の連中も何かしらの実験に関わっていたと考えるのが妥当だった。
「――まぁいい、じゃあその施設に入った後、少しでも覚えている、どんな小さな事でも良い、そう言うのがあったら教えてくれるか?」
「施設……の後……ご、ごめんなさい。私、嫌な事しか……」
ロギアはやれやれと嘆息した。
あれこれと質問した結果、得られた情報から分かった事は、この少女と一緒に居ると間違いなく厄介事に巻き込まれ運が悪ければこちらが早死にする確率が跳ね上がる、と言う結論に至った。
この度は第10話を読んで下さりありがとうございました。
☆マークから評価・お気に入り登録、感想いただけると励みになるので宜しくお願い致します。




