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Ninfea  作者: 蠍ノ丘
76/78

76話 アリアの選択

「はぁ、はぁ……」


 建物の裏口から何とか抜け出したアリアは肩を貸しているロギアを引き摺りながらも周囲を見回す。


 視界の端に古く閉まっている小さな店舗が目に入る。


 “此処じゃあ駄目だ……もっと離れないと……”


 報道陣や騒ぎに駆け付けて来た兵士なのか騒ぎの音はまだまだ近くに感じた。


 出来るだけ距離を稼ごうとするアリアだったが、ロギアの出血が止まらず流れ続けるのを目にし選択肢は無いと判断しその小さな店舗へと脚を向けた。


「ロギ、ちょっと待っててね」


 周囲の安全を確認してから傍の壁へと意識が混濁しているロギアを預けると辺りをキョロキョロしながらその小さな店舗、薬局の侵入手口を探る。


「よし」


 付近に感染者が居ない事を確認したのち、薬局の裏口にある小さな窓を石で割るとその中へと慎重に身体を滑り込ませる。


 途中硝子の破片に数ヵ所を傷付けたがそれには気にせず、店内に入ると誰もいない事確認し裏口の扉を開けロギアに駆け寄って行った。


「ごめん、ロギ待たせたね」


「あ、ああ……」


 深手を負い意識が朦朧としているロギアに優しく声を掛け、肩を貸し余り揺らさない様に薬局内へと運んでいく。


 少し狭いが個室に入るとロギアを下ろし一息つく。


「はぁはぁ……取り敢えずこれで……あとは――」


 アリアは急いで裏口の鍵を閉めるとロギアを寝かせ怪我の度合いを確かめる。


「……何とか、助かったな……」


 ロギアの弱々しい声にアリアは何とか安心出来る様無理矢理笑って見せたがロギアの怪我が余りにも酷く未だに出血が止まらない状況にアリアの顔色も真っ青になる。


「……ロ、ギ……? ロギ! 意識をしっかり。」


 意識が薄くなっているロギアに寄り添いそう語り掛ける。


「……あ、あぁ……そうだな……」


 その返事を聞きアリアはロギアの傷を見詰め周囲になるべく綺麗な布があるか確認するがどれもカビがかなり生えていたりと流石に応急処置には使えそうも無かった。


 アリアはロギアの傍で腰を下ろすと自らの服を引き裂き傷口へと当てる。


「これしかない――――けど…………絶対……絶対に死なせるもんか……」


 傷口に当てた布が一瞬にして赤く染まっていく。


 “見殺しに出来る筈が無い。私にとってロギは、ロギア・オルバースと言う男性は――この世界での唯一の希望の光。強くて頼りがいのある憧れの存在。彼が死んでしまったら私は――――”


 アリアはロギアを救おうと思いつく限りの治療を施すが時間が経つにつれ地面に血だまりがじわじわと広がり、ロギアの呼吸が徐々に弱くなっていく。


 そして治療した自身の手が真っ赤に染まる。


 アリアの額に汗が浮かぶ。


「どうして? 何で……何で止まらないの!」


 自分の応急処置ではどうする事も出来ずに瞳を潤ませるアリアの腕をロギアが掴む。


「ッ!?」


「アリア……まだこれは、使えそうか?」


 ロギアはそう言い兵士から奪ったであろう連絡用端末を出す。


「あの戦闘で……壊れてなければ、いいが……」


 そう鼻で笑うロギアに「ぅ……わ、笑って言うな!」そう言い返すも明らかに小さくなっていくその口調にどれほど危険な状況かがハッキリと伝わってくる。


「止まらないよぉ……血が……ロギ、このままじゃあ……」


 そんな弱音が零れ、最悪のケースが頭に浮かび不安が顔に現れていた。


「だ、だろうな……そんな気はしてた」


 ロギアは自身も傷口を押さえつつ苦笑いをし、その状態を確認し大きく深呼吸をする。


 そして意を決した瞳でアリアを見据えた。 


「いいか、アリア……今でもマザー達が俺達を探して……あの現場まで来ると思うが……その端末で連絡をとって――それから、今後のお前の立場が大きく変わるかもしれない」


 無理矢理身体を起こすロギアにアリアは慌てて身体を支える。


「もし、此処に居られない様になるんだったら……夜の移動は避けるんだ、いいな? ……人は直ぐに信じるな、と言いたいが……どうし――――」


「何で……? どうしてそんな事言うの? 私には命は大切にしろ、最後まで諦めずにしがみつけってロギ言ってたじゃん!」


 話を遮るアリアにロギアは目を丸くするが、アリアの顔を見て空笑いをする。


「状況が状況だ」


 ロギアは出血が止まらない自分の身体を見て目を瞑り、ゆっくりと息を吸う。


「そんなの無いよ……嫌だよ……」


 ロギアの手を強く握る。


 アリアはロギアに渡された端末を触るが既に壊れている様で全く動かない。


そして外では感染者なのか低い声が響く。ここにいたら感染者だけでなく兵士にも時期に見付かるのは明白だ。


「――っ!」


 アリアが立とうとすると何を考えたのか察しがついたのかロギアが弱々しい力でアリアの腕を掴んだ。


「それは駄目だ……それだと、お前が――」


「生き方は私自身が決める、――だよね、ロギ?」


「――――ッ!?」


 アリアはロギアの手にそっと触れ力を入れずともその手を解く。


「駄目……だよ……それじゃあ、橘さん達が此処に来る迄の時間、稼げないよ……私が出て行けば皆私に注目しざる負えないし、その間にロギを……此処から人目に付かない様に連れ出してくれるから……」


 微かに震えるアリアの声。


「折角、手に入れた自由なのに……無駄に、するな……」


「私のは――本来なら無かった様な物だから――私には、もう……ロギだけしか残っていないんだよ?」


「――――」


 ロギアは言葉に詰まる。


 無かった様な物、ロギアだけしか残っていない。その言葉にズキリと胸に刃を突き刺された様な痛みが走る。出会って数日、いやそれだけも関わって来たロギアにとってアリアは――――


 アリアは壁にもたれ掛かる意識が殆ど残っていないロギアの顔を見つめる。このままじゃあ明らかに不味い。


 周囲に視線を巡らせ何とか意識を保たせる様な物を探してみるがそんな物はある筈もなく。


 ”このままじゃあ……ぁあ――――”


 思いついた案に自身も疑問になりながらも、何やら覚悟を決めるとアリアはロギアの正面にしゃがみ真っすぐ見据えた。


「――――――?」 



 静寂が続き――――――



「んっ……」


 アリアが顔を寄せそっと唇を重ねた。


 ロギアは一瞬何が起きたか判断出来なかったが唐突に柔らかい感触が押し付けられ朦朧としていた意識が無理矢理にも驚きで覚醒させられる。


「な、何して…………」


 血の味がした――それはお互い様で目の前のアリアの顔から目を離せなかった。


 アリアの唇は暖かく頭がぼうっとして思考力が追い付かずに――唇は直ぐに離れて「……っ」アリアは恥ずかしそうに俯いた。


「……な、なっ――――!?」


「ご、ごめん……ただ、どうしてもロギには……その――――っ」


 そう言い淀む。


 アドレナリンがかなり出ているのか痛みの感覚は脳裏から消え去り、疑問それと同時にアリアが起こす行動が予想出来、絶対にその選択は選ばしたくない。そんな感情が心の底から流れて来る。


「お願い、絶対に助けを呼ぶから――――――行かせてほしい」


 手を重ねアリアは優しく呟く。


 ロギアのその願いは叶わない。


 溢れ出しそうな感情を抑える事も出来ずに身体がどう力を入れても動かないからだ。


 指に優しく触れるアリアの手を握る事さえ出来ない。


「ごめんね……ロギ」


そう呟くとアリアは音を立てない様ゆっくりと立ち上がる。


「此処で待っててね……ありがと、さよなら……ロギ――――」


 アリアはその脚を止める事無く遠ざかって行く。






 俺はアリアの肩が震えているのが目に入る。


 もう二度と会えないかも知れない。


これほど自身の無力感を味わったのは何時ぶりだろうか、アリアの姿が見えなくなってもその方角を見つめただ力無く手を伸ばしているだけ――溢れる涙を堪える事が出来ずに。


 止める事が出来なかった。


 どんなに引き留めた所で無駄だという事は何処かで判っていた。


 アリアは自分が救われたとばかり思っていたみたいだが……正直俺の方がアリアに救われたと言っていいだろう。


 数年前に友人も全て失い、何も目標を持たずにただ生きていた。


 自分を必要としてくれた彼女、アリアが居てくれたからこそ――――


「糞ッ――――――!!」


 瞼が次第に重くなっていく。


「また……俺は、約束も……ただ一つとして守れなかった……畜生……」


 そんな後悔がロギアの心を深く抉り、徐々に視界が暗くなり世界が閉じて行った。



この度は第76話を読んで下さりありがとうございました。


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