6話 一つ目の決断
“やっぱりか”
軽く毒づき、更に観察していると人影は一つでは無く、他の方向からも複数ある事が把握出来た、このままだと囲まれる事は間違いなさそうだった。
「不味いな……」
例え人影の移動速度がゆっくりだとしても百メートルという距離が縮まるのは案外早い。
“流石にこれ以上ここに居る訳にはいかないな”
急いで機内に戻ると、蹲っている少女の傍まで足を速めた。その度に床に落ちた瓦礫がガシャガシャと音をたてる。
「おい! 女、ここに居ると不味い。とにかく付いて来い!」
声を多少張って呼びかけるが相変わらず返事所か自ら動くという意思さえ見えない。
“本来ならこんな方法は避けたいが……もうこの女に説明、説得させる時間すら惜しい”
「仕方ない……か」
多少嫌われるかもしれないがそんな事はロギアにとってはどうでもいい事で、一番避けたいのはモタモタしているのが原因で自分の命も危険にさらす事だった。
だが一度手を差し伸べると決めた以上、少女に拒絶されようとも後々後悔しない様、考え付く限りの事はするつもりでいる。
「ちょっといいか……」
ロギアは少女の細い腕を掴み力任せに身体を起こさせようとした。
「――嫌っ!!」
身体が起き上がりかけた途端少女は、弱りきっている身体から発せられたとは思えない様な鋭い声と共に掴んだ手を振り払った。その拍子に少女は大きく尻餅をついてしまいその痛みで小さく呻き声を上げる。
「――!?」払い除けられた自らの手を一瞥し視線を少女へと戻す。
少女はその紅い瞳で敵意をあらわにするかの様にこちらを睨み付けている。
「もう放っておいてッ! 私に関わらないでッ!!」
その搾り出すかの様な悲痛な叫び声に、ロギアも目を丸くした。
「……」
「お願い……もう――何も、しないで……」
“何もしないで、だと?”
やはり何が理由でそこまで拒絶されるか疑問にも思っていたが咄嗟に頭に浮かんでいた事を口にした。
「俺は研究者じゃないんだが」
「違う…………」
「違う?」
「もう、私……十分に苦しんだから……いい加減に死なせて、関わらないで、嫌嫌嫌――」
その一向に噛み合わない問答に自ら短気と自覚しているロギアには耐え切れず、怒りの沸点をも限界に達しすっかり呆れ果ててしまった。
“やっぱり意思の疎通が出来そうもない、か……なら――”
流石にこれ以上は時間はかけられないと判断し、現状を把握すれば少女の態度も変わるだろうと思い、ロギアは嫌われるのを前提に強硬手段に移る事にした。
「そうか、そんなに死にたきゃ好きにすれば良いが……お前は本当にこれで死ねるのか? 自分が死ねない身体と分かっているのなら俺ならこんな曖昧な手段にはかけず、もっと別の方法を探るが」
その言葉には先程迄の積極性がすっかり無くなり、少女にもロギアが説得を諦めかけた様にさえ聞こえた。
「「……」」
数秒間の静けさが二人の間に流れる。
「……?」
何を言っても反応が少なかった少女にも《この曖昧な手段》という部分に違和感を感じたのか、眉間に皺を寄せその事を考えているのか、ロギアからも少女が少しばかり身体の力を抜いたのが分かった。
「――っ! いいから来い!」
少女が力を抜いた、その一瞬の隙を逃さず、先程よりも大きく怒鳴る様に言い放ち強引に腕を掴み、機外へと引き摺って行く。
「いっ――ッ?」
男の突然な行動に何がなんだか判断が出来ず、少女からついつい声が漏れる。だが一度不意を突かれたからか、少女がどんなに足を踏ん張ろうとも、逆に腕を引っ張り返してみてもあまり効果はなかった。
「……い、や……っ!!」
それでも掴まれている手を振りほどこうと足掻き続け、思いっきり足を振り上げた。
「ぐ――ふっ……!!」
抵抗した際に足がロギアの局部へと命中し――ドスッという鈍い音と共に動きが止まる。
ロギアは唐突な激痛に一瞬呼吸が出来なくなり、雷に打たれたかの様にビクンッと身体が跳ねる。まともに立ってい要る事が出来ず一瞬よろめくが、膝が崩れ落ちそうになる直前で何とか踏み止まり、視線を落とし少女を睨み付けた。
「いい加減にしろ……」
「――あ……」アリアは威圧的な物を感じ数歩後退ろうとする。
“コイツ……蹴りやがったな……”ついカッとなり掴む手に力が入る。
沸点がとうの昔に限界を超えていたロギアが次の行動に移る迄は一瞬だった。
少女がロギアとの距離をとるより早く腕を伸ばし襟を掴むと、まるでゴミ袋を扱うかの様に機外に向け乱暴に引き摺り、出た直後に容赦なくその細い身体を地面に押さえ付けた。
「――あうっ」背中から地面へと倒れ、その衝撃で全身に痛みが走る。
「や、止めて!!」
少女は必死に足掻き、馬乗りになっているロギアの腕や顔に爪を突き立てた。足掻き続ける手を抑え込むと、少女の紅い瞳とロギアの目が初めて互いに真っ直ぐに向き合った。
「やっと俺を見たな」
イライラしていたせいか皮肉気味に言い放つ。
「ふーっ、ふーっ」
対して少女は興奮している猫の様に息を荒くし、あからさまな敵意を向けて来る。例え自分にそんな感情が無くともこの現状を第三者から見たらどう考えても言い逃れは出来そうにない。
“さて……ここからどうしたものか……”
チラリと目線を近寄って来ている人影へと送ると既に顔だったと思われる部位がきちんと判別出来る程迄接近している。
“まぁ……その気持ちは分からんでもないな、まぁ自分の意見を肯定しようとするつもりも言い逃れするつもりも無いが”
今となっては他人にどう見られようとも体面何て気にしてはいない――が目の前で怯えている少女を見た途端急に自分自身に嫌気がさし、その拘束を解いた。
「ッ!!」
少女は何故解放されたのか把握が出来ていない様子だったがすぐさま身体を引き摺る様に距離をとり、飛行機の破片を掴むとその切っ先をロギアへと突き付けている。
息は荒く、破片で手を切ったのか握った震える手から血が垂れている。
「悪い……」
流石にこれはやり過ぎだ。ロギアは両手を上げ傷付ける意図が無かった事を表明すると少女から顔を反らし集団でやって来る人影へと顔を向ける。
こちらを睨んでいた少女も次第に向けられた視線の先へと顔を動かし、その集団へと顔が固定された。
ロギアから見ても少女の表情がハッキリと変化しているのが判った。
「いいか? 正直な話、お前が何処でどう死のうと俺にはどうだっていい事だが――」
直後、さらに別方向からも呻き声が聞こえ、数体が脇道から湧き出る様に現れ、このままではいつそいつらの攻撃範囲に入っても可笑しくない状況になってしまっていた。
「――ひッ」
「そうか、流石にあれの存在自体は知ってるんだな。――なら言わずとも分かるだろうが、先ずはここから避難しないか?」自身の感情を押さえつつ、なるべく優しく提案してみる。
が、またしても返事は返って来なかった。見ると完全に腰が抜けてしまったのか、立とうにも立てないらしく、ありのままの表現で言うならば無様だった。
性格がねじ曲がっているかもしれないが他人の無様さを見るのはそれほど嫌じゃないが、流石にこれ以上は付き合っていられない。乱暴な方法ではあったが引き籠り中の少女を外に連れ出し、危険が迫って来ているという事実を把握させた。
取り敢えずちゃんと【約束】は果たしたのだ。今からは少女自身の意思次第の問題だ。生きたいなら最低限の手を貸し、ここで楽に死ぬ可能性に挑戦するという選択肢を選ぶならもう自分ではどうする事も出来ない。
「じゃあ、俺はもう行く。後はお前次第だ。乱暴して悪かった……ここからはさっきみたいに無理矢理連れて行く事はしない……ここに残るってんならそれはそれで俺は別に構わない」
少女は何も言わない。無視している様には見えないが聞こえて無かったという事は考え辛い。恐らく次から次へと起きて行くハプニングに情報が処理仕切れていないのかもしれない。
「おい」
「――っ!!」
声をかけると肩がビクッと跳ね上がり、何か返答しようとしているのかパクパクと口元が動き、目線も泳いでいる。
この少女は余にも不幸過ぎる。恐らくモルモット的な扱いを受け、墜落事故に巻き込まれ、尚且つ知らない男に乱暴な扱いを受け、更に止めと言わんばかりに目の前に信じがたい物を見せつけられる。
自分なら耐えられそうにない。
「……ああ、そうだった。連中、肉は喰うかもしれない――が行儀よく跡形も残さずに食べるってのは絶対に無い、どういう原理か知らんがヘリの墜落事故にあっても死ねなかった奴がこんな可能性の薄い曖昧な手段で本当に死ねるのか分からないが……まぁ、気が済むまで試してみればいいんじゃないか?」
ロギアはずれ落ちかけているバッグを再度背負いながら、息をつく。
「悪いな、これ以上俺はここには居られない。我が身可愛さで此処から逃げさして貰う」
少女の隣をわざと通りつつ顔へと目を向けるとかなり難しそうな顔をしていた。あと一押し、そう感じロギアはこのまま立ち去ろうとはせず、ワザと少女の耳に届くよう声を張った。「好きな方を選ぶといい」
“これで無理なら本当に自分ではどうしようもないだろう“そう思いつつゆっくりと歩を進める。
背後に耳を澄ませるが返事は無く、諦めかけた時だった。
「ま、待って――」焦ったせいか声がやけに上ずっている。
「私――も、連いてく……」少女はよろよろとロギアの後を歩き始めた。
「賢い、選択だ」
ここに残っていれば死にたくても死ねない地獄が続いていたかもしれない、いや墜落事故でも死ねなかったのだ、そうなっていただろう。
『連いていく』その言葉を聞き心の奥底で何処かホッとしている自分がいた。
この少女を見捨てる結果にならなくて良かったと。
この度は第6話を読んで下さりありがとうございました。
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