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Ninfea  作者: 蠍ノ丘
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5話 白い少女

 その姿を見た直後冷や汗が頬をつたり、ボウガンを持つ手に力が入る。少女が言葉を喋る前にその顔を見ていたのなら問答無用で撃っていたかもしれない。


 どう考えても少女の姿は寄生され既に乗っ取られていても可笑しくないもので、傍らには少女が人ではないという証拠の様に食い散らかされた肉片――死骸が転がっていた。


 この現状をどう対処した物か判断をつきかねていると数秒が経過したであろうその時、

「貴方は……研究者……?」


 沈黙を破った少女の一言は今では殆ど聞きなれていない単語だった。


 一瞬何を聞かれたか理解できなかったが、ロギアは機内に転がっている死骸に視線を向ける。殆どが判別できない状態ではあったが、その質問を聞く限りここの死骸は研究者なのだろう。


「いや……違う」


「……そう……」


 蹲っているせいで身体全体は把握出来ないが、少女の姿を改めて見回すと細い体躯で腕は筋肉が殆どと言っていい程付いていない、更に全体的に痩せ気味といった感じでどう考えても素早い動きは出来そうにない。この世界では生きていけそうもない“非力”といった印象だ。


 とにかくこの少女は違和感だらけだった。


 周囲の死骸との恰好を比べると明らかにこの少女がストレッチャーに拘束されていた事には間違いなさそうなのだが、墜落事故、ここまで機体がボロボロになる程の事故に巻き込まれておいて生きている事さえ有り得ないのに、この少女は無傷の状態で、普通に息を吸い、あやふやではあるが、言葉も喋れる。


 怪物共の仲間、と判断せざる終えない状況だが、現段階では身の危険を感じるという事は無く、見る限り自ら動こうとする意志が無いらしく力なく壁にもたれ掛かっている。


 それを見て、ロギアは警戒心を一段階解き、一歩少女へと近付いた。


「……」が少女の反応は全く無く微動だにしない。


 そのまま更に一歩、足元に転がるうつ伏せの死骸を足で仰向けに返しながら死骸の破損状態を確認する。


「ここの連中、いや……ここの死骸はお前が喰ったのか?」


 黒焦げながらも歯型の跡がある一つの死骸を一瞥しながら冷ややかな視線を少女へと向ける。


「私――」


 まるで音声付きの壊れた人形から聞こえる様な、弱々しい掠れた声が少女の口から漏れ始めた。


「私――――死ねないの……切り裂いても、潰しても、燃えても……わ、私――もう……嫌だよ……」

 それが少しの沈黙を置き返って来た答えだった。


 “これは…… “その返答に嫌な不安感が募る。


 言葉が通じないのか、それともただ無視をしているだけなのか。首を傾げ、少女の顔を覗き込んでみるとその瞳は虚空を眺め、魂が抜けているかの様だった。医療の知識など全く頭に入っていないロギアでも、どう見ても少女が精神的にもかなり不安定な状態になっていると言う事だけは容易に判断出来る。


 “さて……どうしたものか……このまま放っておくべきだろうか、それとも危険を犯してでも助けるべきだろうか、だが――”


 そんな考えが頭に浮かび眉間を押さえて溜息をついた後、座り込んでいる少女へと視線を戻す。


 自分が助けなければこの少女は必ず死んでしまうだろう、自分とは全く関係の無い人間、あかの他人だ。助けた所で自分には何一つとしてメリットが無い、それどころかデメリットになる可能性の方が高い。そう思った直後、ロギアの脳裏に数ヶ月前まで一緒に行動をしていた相方の顔が頭に過る。


 “あいつなら――放っておかないだろうな……”


 現在ロギアが死に物狂いで捜索中の、数カ月前に逸れてしまった相方――世界がこうなる前から世話になっていた恩人と言うべき人物の影が頭にチラつく。頭をかきながら今度は先程よりも深い溜息を洩らした。


「はぁ……ったく面倒だが――これもあいつとの【約束】に入りそうだからな……」


 どうしてか――ロギアはその恩人にだけにはどうしても頭が上がらない。自分自身そんな事をしていたらこの世界だと命が幾つあっても足りない、そんな事は分かっている筈なのに。


 もしその恩人に会った時、どんな顔をして会えばいいのかが分からない、恐らくどんな小さな事でもその行為に対してロギアが少しでも罪悪感を持っていたとしたらその恩人は直ぐに感付き、問いただして来るかもしれない。


 勿論考え過ぎなのは自分でも理解しているがその恩人にだけは、仕方ない、と言う目では見られたくはないし、見せたくも無い。


 そうなると自然と考えが決まり、ロギアはボウガンを下すと少女の正面で膝をつき、一瞬躊躇いを見せたが直ぐにそんな迷いを振り払い肩を掴んで揺さぶった。


「おい、聞こえるか? 返事しろ!」


「……う、うう……」


「おい!」

 何度呼びかけても少女の視線は一カ所に固定されたままで一向にロギアを見ようとはせず、強く揺さぶってみても抵抗すらしようとはしない。


「はぁ……まいった」

 コミュニケーションがとれない。


「おい、聞こえてるよな? 取り敢えず……」そこまで言いかけた時不意に右手の腕時計が電子音で午後六時十五分を告げた。


「――!?」


 唐突な音でロギアはビクリとその場で飛び上がりそうになるものの何とか少女に気取られない様それを押さえる。少女は全く眼中に無いらしくアラームの音にも全く反応を示さなかった。


 ロギアは会話を腕時計に邪魔され、若干不快に思ったが腕時計に表示される時間を見て心臓が急激に高鳴る。


 改めて機内に差し込んで来る光を目で追い、外へと視線を向けると辺りは既に日が沈み始め、徐々に暗くなってきていた。この時間だといつ奴等が現れてもおかしくない。


「……チッ」いつもの癖で軽く舌打ちが出てしまう。


 少女は目の前の男、ロギアの焦りに気付いたらしいのだが、顔を向ける所か同じ場所で動こうとせず未だに蹲ったままでいる。


 “まぁ、何をするにも、外の様子だけでも把握しないとな……”


 ロギアは一旦その場から離れ機内から顔を出し周囲をぐるりと見回した。まだ自分以外には人の姿は見当たらない。


「もうあまり時間がないな……」

 沈む夕日を眺めながら小さく呟くと踵を返し再び機内に戻ろうとした――


「――ッ!!」本能的に足が止まり、視界の片隅に映ったそれが何なのか判別しようと目を細め神経を向ける。


 ――人影だった。


 数百メートル程先、廃墟となった建物の中からユラユラと身体全体を揺らしながらゆっくりとした足取りで、奴等がこちらに向かって来るのが見えた。

この度は第5話を読んで下さりありがとうございました。


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