20話 試着
アリアは婦人服コーナーを歩いていると『comfortable clothes』と大きく書かれた看板が目に入った。
“着心地の良い衣服?”カラフルなその看板に首を傾げた。
店の名前だろうか、目立つアピールの為にただ単に英語を並べただけなのか。店の名前だとしたら余にも捻りが足りない。そんな事を浮かべながらも、やはり一番目立つその店内へと脚を踏み入れる。
「……うぁ」
先ず初めに悪臭が鼻についた。
長い間放置されっぱなしの状態だった事もあり雑菌が増殖しているのだろう、どの服も変色し破損が見られ、酷い物だと真っ黒なカビが一面に広がっている。
そのうえ並べられている服は種類が少なく、今となってはとてもじゃないが看板に書かれている様な着心地の良い衣服とは到底出会えそうに無い。
しかしどんな酷い状態の服でさえも今のアリアにとっては新鮮で目を引く物ばかりだった。
研究所に入ってからはいつも同じ服装ばかりで衣服という物とは全く関わりがなく、見てきた物も研究者が着る白衣や防護服、警備係が着ている防弾チョッキばかりだ。
そして今ここに並べられている服はどんなにボロボロだろうと今着ている部屋着よりも確実にデザイン性もあり動きやすそうな服も多く取り敢えずは、まとも、と言えるだろう。
服を見て回っているとかなり奇抜な服ばかりが目に付いた。
上下で一緒な物なのか上下共に全身ヒョウ柄で襟、手首など各部分にショッキングピンクのフリルが付いている。その隣にも、やけに派手な色の服が並んでいた。
「ん、んう……な、何か変なのが沢山……こういうの……着るのかな……」
派手な服の袖をつまみ広げてみる。
服を上から下へと観察していると足元に落ちている看板に気付きそこに書かれている事を確認する為視線を落とす。
〈あの超オシャレアイドル婆遊歯遊プロデュース〉とけばけばしい色と武骨なデザインで書かれていた。
「うぅわぁ……」
自然と声が零れつつも結構広い店内を一周してみる。
胸の中心部の布だけがくり抜かれた服。
「……何でここだけ穴が開いているんだろう……む、虫食い……ファッション? そんなわけないか」
どことなく季節がずれ過ぎている服。
「……えっ? 何これ……? 正気、なの……」
等々、目に入る服が奇抜過ぎる物ばかりの為かついつい一つ一つの服に目が釘付けになる。そうしている内に離れた所でロギアがアタッシュケースをこじ開けている音が聞こえた。その思った以上に大きい音で飛び上がりそうになる。
それと同時に、もし、ロギアが書類を見て自分が危険な存在と知ったらどうするのだろうか? ふとそんな疑問が頭をよぎる。
“今朝の話では害が無ければコロニーという所まで案内をしてくれるって言っていたけど、害があると判断された時はここで見捨てられる……のか、殺されてしまうのだろうか? もしそうなってしまうのならば今の内にここから脱け出した方がいいのか、今のこの世界は自分が知っているものとは大きく変わってしまいそんな判断さえ出来ないし、たとえここを脱け出したとしてもその後は何をどうして行けばいいのか全く思い付かない。そんな状況で生き残るのは間違えなく不可能だ。いや、生き残る必要はあるのか?
恐らく……いや、確実に書類に書かれている事は自分が受けて来た拷問で研究者達が得た情報だろう。だとしたら間違いなく害があると見られてしまう“
有り得ない事だが仮にロギアが自分の事を害が無いと判断したとしてもコロニーの事は何も知らないし、どっちにしても生き残るのは難しいだろう。
つまり自分が生き残るにはどちらになろうとロギアを説得しないといけないのだが――
「別に生きようとしなくたって……」
アリアは膨れ上がる不安感を何とか振り払い服を探す事に集中した。
「取り敢えず、動きやすい服にしないと……」
ぽつりと呟き、中でも一番損傷が少ない服を手に取ると周囲を見回してから試着室に入り早速着替えた。元々着ていた部屋着を綺麗に折り畳み試着室の隅へと置くと改めてガラスの前に立ち自分の全身を眺めてみる。
ガラスの前で一回りして、変に折れ曲がっている部分を直す。自分で服を選び身だしなみを整える。奪われていたその懐かしい、かつての生活にあった行動を少しでも取り戻す事が出来た事にその安堵からアリアの顔も自然と笑みが零れる――が直ぐに我に返りガラスに映る自らの顔を見詰めた。
自分は生きたいのか、死にたいのか頭がごちゃごちゃになって整理がつかない。何故笑ったのか? そんな小さな一つ一つの自分の行動にさえ理解が出来ずアリアは頭を押さえ俯いた。
「私――どうして……何で? 私――は――――」
自らの頭に爪を突立て何度も同じ様に呟き続ける。まるで発作の様に自分が何だか分からなくなる。ようやくそれが納まった時アリアは汗でびっしょりと濡れていた。
「あ……」その状況に言葉を失い呆然とするが直ぐにその場を離れ、店内から出ると『comfortable clothes』と書かれた看板を見上げ、それから取り敢えず落ち着く為に頭を左右に振った。
「……よし、今は……ロギの所に戻らないと」
大きく息を吐き、そう自分自身に言い聞かせた所で――
タンタンという階段を駆け上がる音が響きアリアは飛び上がった。
その音は徐々に大きくなり視界の端に一人の少女が現れた。
十二、三歳程の年齢で肩には銃弾を受けたような怪我を負っている。
顔ははっきりとは確認出来なかったが傷口を抑え全力で走っている。誰の目から見ても少女が何かから逃げているというのははっきりと把握出来た。
「生……存者? ……ま、待って!」
大人ならまだしも、相手は幼い子供で女の子。
アリアは咄嗟に声をかけ少女に自分の存在を気付かせ止めようとしたが、その少女は逃げる事に必死だったらしくアリアの声に全く気付かずそのまま三階に上がっていってしまった。
追いかけるべきか、ロギアに言って一緒に行くべきか。それを考えた時、アリアはこれ以上迷惑をかけて良いのか? そんな事を考え動きが止まる。自分は自暴自棄になり助けようとしていたロギアに対して暴れて抵抗し、それでもロギアに命を救われてしまった。
そして今も死にたいと言っていた筈の自分が、今では一人になったらどうしよう等と考えている。余りにも矛盾だらけで自分勝手過ぎる。
「私――――」
"――追イカケナキャ"
不意に頭に鈍痛が走りアリアはその痛みに膝を付きそうになる。
「な、何……?」
痛みが治まったと同時に周囲に目を向けるが誰一人として見当たらない。
しかしその言葉は余りにも突然に何度もアリアの頭の中で繰り返され――
「ロギ! 生きてる人いた!」
気が付いた時にはさっきまで悩んでいた事がスイッチのオンオフを切り替える様にすっかり頭の中から消え去り、ロギアに聞こえる様なるべく大きな声で言い放っていた。
そして返事を待たず少女を追い階段を駆け上がっていく。
不意に頭の中で響いた言葉通り、アリアの中では何故か、とにかく少女の安全確保の事しか頭に浮かんでこなかった。
この度は第20話を読んで下さりありがとうございました。
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