ウォールブレイカーは石を投げられる
異世界転移しました。
ダチョウの卵の中から出てきました。
そして――
石を投げられました。
意味が分からない人は、そのまま読んでください。
暗い。
狭い。
くさい。
(……なんで俺、こんなとこにいるんだ)
殻の内側は、ぬるく湿っていた。
息がこもる。
指先で押すと、硬い。
卵だ。
(……は?)
一拍。
――ドンッ!!
外から衝撃。
次の瞬間、ヒビが走る。
光。
割れる。
「――出たぞ!!」
冷たい空気が一気に流れ込んだ。
テンマは、ぐらりと前に倒れる。
地面。石畳。
そして――
視線。
無数の視線。
「……誰だ、こいつ」
「服、変だぞ……」
ざわざわとした空気。
理解が追いつくより先に――
「ウォールブレイカーだ!!」
誰かが叫んだ。
一瞬で、空気が変わる。
「っ――!」
――ベシャッ。
何かが顔に当たる。
赤い。酸っぱい匂い。
トマト。
「帰れ!!」
「裂け目を呼ぶ気か!!」
「またゼロを連れてくるぞ!!」
次々に飛んでくる。
石。野菜。罵声。
テンマは反射的に腕で顔を庇う。
(なんだよ……なんだこれ……!)
「まだ早い……でも、来る……!」
「時間の問題だ……!」
恐怖と確信が混ざった声。
理解できない。
(……ここ、異世界……だよな?)
それだけは分かる。
だが――
(なんで、いきなり敵扱いなんだよ)
もう一つ石が飛んできて、肩に当たる。
「っ……!」
これ以上はまずい。
テンマは体勢を立て直し、その場を飛び出した。
石畳の通りを、ひたすら走る。
罵声は背後に残る。
だが、視線は消えない。
(ウォールブレイカー……?)
頭の中で反芻する。
意味は分からない。
だが、あの反応。
――ただの言葉じゃない。
曲がり角を抜けた瞬間、視界が開けた。
広場。
そして、その中央に――
塔。
異様に高い塔。
空を突き刺すように伸びている。
その頂上。
人影。
石像。
長い外套。
無表情の顔。
見下ろしている。
テンマは、足を止めた。
(……誰だ、あれ)
名前は分からない。
だが、分かることがある。
――英雄だ。
塔の下では、数人がひざまずいていた。
祈るように。
同じ街で。
同じ人間が。
さっきまで自分に石を投げていたその口で――
今は、誰かを崇めている。
(……なんだよ、それ)
理解できないまま、背後から怒号が近づく。
「こっちだ!!逃がすな!!」
我に返る。
テンマは再び走り出した。
細い路地に入る。
その奥。
人だかり。
一人の老人が、誰かに詰め寄っていた。
「貴様のような女が、この街にいるだけで穢れる!」
「――やめてください」
女の声。
はっきりとした日本語だった。
テンマの足が止まる。
(……え?)
視線を向ける。
女。
長い髪。
整った顔立ち。
そして――どこか見覚えがある。
(……あれ、どっかで……)
思考がつながる。
(……テレビ……?)
名前が浮かぶ。
(サファイア……モルコヴィッツ……?)
十一ヶ月前、突然消えた外国人女優。
その本人が、目の前にいた。
「聞いているのか!!」
老人が手を振り上げる。
殴る気だ。
(――まずい)
考えるより先に、体が動いた。
テンマは踏み込み、その腕を払いのける。
「っ――!」
そのまま肩を押す。
老人はよろめき、尻もちをついた。
「なっ……!」
一瞬の静止。
周囲の視線が集まる。
(やべ)
テンマは女の手を掴む。
「走るぞ!」
「え――」
引っ張る。
迷っている暇はない。
背後で怒声が爆発する。
「ウォールブレイカーがもう一人だ!!」
「捕まえろ!!」
二人は路地を駆け抜けた。
息が上がる。
何度も角を曲がる。
やがて、音が遠ざかった。
橋の下。
暗い空間。
湿った匂い。
「……ここで、大丈夫」
女がようやく口を開く。
テンマは手を離す。
「……あんた、今の……」
言いかけて、止まる。
女は、じっとこちらを見ていた。
そして――
「あなたも、来たのね」
静かに言う。
その言葉の意味を考える前に、奥から気配がする。
人影。
一人。二人。三人。
全員、女だった。
そして、全員――
どこか“現実離れした均整”を持っている。
だが、それ以上に目を引くのは。
その表情。
疲れ。
諦め。
それでも残る、かすかな警戒。
「……また一人、増えたの?」
誰かが呟く。
「ウォールブレイカー……」
別の誰かが、低く言う。
敵意はない。
だが、歓迎でもない。
その中で、最初の女――サファイアが一歩前に出る。
「大丈夫。この人は……」
少しだけ迷って、
「……まだ、何もしてない」
その言い方に、テンマは引っかかる。
(まだ……?)
周囲の空気が、わずかに緩む。
誰かが毛布を差し出す。
誰かが水を置く。
小さな空間。
粗末で。汚れていて。
でも。
外とは違う。
石は飛んでこない。
罵声もない。
(……なんだ、ここ)
サファイアが言う。
「ここは、私たちの場所」
その声は、少しだけ柔らかかった。
「外よりは……ましな“世界”よ」
テンマは周囲を見る。
ボロボロの空間。
それでも。
さっきまでいた街より――
ずっと、マシに見えた。
(……変だろ、それ)
異世界に来たはずなのに。
ようやく見つけたのが、
こんな場所で、少しだけ安心している自分に。
「……なあ」
テンマは口を開く。
喉が乾いている。
頭の中は、まだ整理できていない。
それでも、聞くしかなかった。
「さっきの、何だよ」
一拍。
「ウォールブレイカーって」
もう一つ。
「なんで、俺たち……」
外の世界を思い出す。
石。罵声。恐怖。
そして、塔の上の英雄。
「……あんな扱いされてんだよ」
沈黙。
サファイアは、少しだけ目を伏せた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
その目には、諦めと――
どこか、確信があった。
「簡単よ」
静かに言う。
「私たちはね」
第三話まで読んでいただきありがとうございます。
さて、この世界――
誰が正しくて、誰が間違っていると思いますか?
「ウォールブレイカー」は本当に危険なのか、
それとも――
まだ答えは出ません。
次回から、少しずつ“ズレ”が見えてきます。




