ウォールブレイカーが来ると、“竜”が喋り出す
ウォールブレイカーが来ると、
“何か”が来るらしいです。
今回は、それが来ました。
あと――
ちょっとだけ、
おかしなことが起きています。
「――見て」
サファイアの声が、いつもより低かった。
指差す先。
空。
テンマは、見上げる。
そして――固まった。
「……なんだよ、それ」
“線”がある。
ただの一本の線。
空に、引かれている。
だが。
動いている。
ゆっくりと。
なめらかに。
生き物みたいに。
曲がる。
しなる。
空そのものが、撫でられているみたいに。
「……竜、って呼ばれてる」
サファイアが言う。
「は?」
テンマは笑いそうになる。
笑えない。
本能が、拒否している。
「あれが……竜?」
翼はない。
頭もない。
形すら、安定していない。
ただの“曲線”。
なのに。
見ているだけで、吐き気がする。
「――ああいうのが出るとね」
サファイアの声。
静かすぎる。
「全部、私たちのせいにされるの」
一瞬、意味が分からない。
「……は?」
その間に。
“それ”が、街に触れた。
音は、遅れてくる。
建物が――削れる。
崩壊じゃない。
“消えている”。
「さっきの言葉」
サファイアが続ける。
「ウォールブレイカー」
テンマの心臓が、嫌な音を立てる。
「……あれ、何なんだよ」
答えは、すぐ来た。
「“来た人間”のこと」
「それだけか?」
「いいえ」
一拍。
「“来る時に、壊す人間”のこと」
テンマの思考が止まる。
「……壊す?」
サファイアは、空を見たまま言う。
「世界と世界の間にある“壁”」
「それを、破って入ってくる存在」
ゆっくりと。
言葉を刻むように。
「だから、“ウォールブレイカー”」
理解が、追いつかない。
でも。
一つだけ、分かる。
「……じゃあ、俺たちは」
サファイアが、かすかに笑う。
笑っていない。
「“裂け目そのもの”って思われてる」
背中が冷える。
遠くで、誰かが叫ぶ。
「逃げろ!!来るぞ!!」
「まだ早いはずだろ!!」
「でも来る!!絶対来る!!」
その“確信”が、怖い。
テンマは歯を食いしばる。
「……証明できないのかよ」
「できない」
即答。
「だって――」
サファイアが、こちらを見た。
「“関係ない”って、誰も知らないから」
その瞬間。
空気が、変わった。
――近い。
テンマの体が勝手に動く。
顔を上げる。
いた。
すぐ上に。
“線”が。
さっきまで遠くにいたはずなのに。
距離が、狂っている。
「……なんで」
見ている。
完全に。
テンマを。
(嘘だろ)
逃げなきゃいけない。
分かってる。
動けない。
“それ”が、ゆっくりと曲がる。
折れる。
ありえない角度で。
空間が、歪む。
そして――
落ちた。
音は、ない。
気づいたら、目の前。
ゼロ距離。
「――――――」
来た。
音じゃない。
振動。
脳に、直接。
“それ”が吠える。
テンマの呼吸が止まる。
(……いや)
違う。
これ。
(……おかしい)
ただの咆哮じゃない。
間がある。
区切りがある。
“リズム”がある。
まるで――
(……言葉?)
理解できない音の中に、
“意味になりかけている何か”が混ざっている。
「――そこまでだ」
声が、割り込む。
一瞬で。
空気が変わる。
重さが消える。
テンマが振り向く。
一人の男。
静かに立っている。
無駄がない。
迷いがない。
見た瞬間、分かる。
――強い。
男は前に出る。
テンマの前に。
“それ”と対峙する。
「退け、ウォールブレイカー」
冷たい声。
命令。
テンマは、動けない。
男は“線”を見る。
「……単一対象」
小さく呟く。
右手が上がる。
「Cellkiller」
その瞬間。
世界が、止まった気がした。
次の瞬間。
“それ”が――
崩壊した。
破壊じゃない。
消滅でもない。
“保てなくなった”。
形が、ほどける。
存在が、維持できない。
ただそれだけで、
“竜”は消えた。
完全に。
何も残さず。
沈黙。
テンマの思考が追いつかない。
(……何だよ、今の)
男は、何もなかったみたいに手を下ろす。
一瞥。
それだけで十分だった。
サファイアが、かすかに呟く。
「……リオン」
テンマが見る。
「誰だよ」
「勇者」
短く。
「リオン・フォン・リオン」
その名前。
やけに現実感がある。
リオンは、もう背を向けていた。
「次が来る前に、散れ」
それだけ言う。
去る。
止める者はいない。
テンマは、その背中を見ながら――
さっきの“音”を思い出していた。
あの“竜”。
あの“線”。
あの“声”。
(……違う)
確信に変わる。
(あれ)
喉が乾く。
(……喋ろうとしてた)
風が吹く。
もう何もない空を見上げながら。
テンマは、初めて思った。
この世界。
何かが、決定的におかしい。
そして――
もしかしたら。
「……俺たちの方が」
誰にも聞こえない声で。
呟く。
「間違ってるんじゃないのか?」
その疑問だけが、
消えずに残った。
第四話までありがとうございます。
質問です。
あの“竜”は、
本当に「敵」だと思いますか?
それとも――
まだ何か、見えていないものがありますか?
答えは、もう少し先で。




