第88話 もう一人の盾
「ゴミだと言ったな! 俺たちの仕事がか!?」
冒険者の一人が顔を真っ赤にして詰め寄ってきた。
ブレイズウルフのディーンだった。
唾が飛ぶほどの距離。拳が震えている。
会議室の空気は、もう刃物みたいに尖っていた。
――怖い。
でも、怖さより重いものがある。
「……そうです」
僕は逃げずに言った。
「今、ルミナ薬工房の床に積まれている樽は――釜に入るまで、五日以上待ちます。その頃には、魔力が抜けて――ほとんどゴミになります」
冒険者たちがざわめく。
「あなたたちが命懸けで運んだ束も。職人たちが寝ずに煮出して作った薬液も。
“待たされた瞬間”に、薬じゃなくなる。……それが、いま起きている現実です」
「ふざけんな! じゃあ俺たちは――!」
「必死にゴミを運んで、工房をゴミで埋め尽くして……最後の砦だったトクレンさんの時間を、ゴミの仕分けに使わせていた」
自分の言葉が、喉の奥を削った。
でも言わないと、また同じことを繰り返す。
冒険者の列の中で、誰かが目を逸らした。
みんな薄々気づいているのだ。
自分たちが運んだ“希望”が、樽のまま放置され、異臭を放っていることに。
気づいていても、認めたくない。善意を否定することになるから。
「……やはり机上の空論だな。これ以上は時間のムダだ」
メルツが吐き捨てるように言い、席を立ちかけた――その時だった。
「――机上の空論なんかじゃないよ」
凛とした声が、会議室を切った。
冒険者の列の中から、一人の女性が前に出る。
赤茶の髪を高く束ねた女戦士。
C級パーティ・グラスホークのリーダー、アイナだった。
「アイナさん……?」
彼女は僕ではなく、冒険者たちに向き直る。
「みんな、思い出してみなよ。
この街のギルドも、うちらのパーティも、ついこないだまで金欠で死にかけてた」
視線が鋭く光る。
「それが、どうして持ち直したと思う?
こいつが――アラタが来て、“数字が見えるようになった”からでしょ」
親指で僕を指す。
「最初は意味わかんなかった。
でも、言う通りにしたら結果が出た。うちらの財布にも、ちゃんと金が残った」
冒険者たちが、顔を見合わせる。
盾役のバルグが腕を組み、深く頷いた。弓のメリスも、魔術師のリオットも。
アイナは息を吸って言った。
「今回も、信じてみようよ。
こいつは、うちらの努力を無駄にしたくて言ってるんじゃない。
無駄に“しないために”、止めろって言ってるんだ」
会議室の温度が、ほんの少しだけ変わった。
ロアンも、そしてセラフィナも、黙って頷いた。
冒険者たちの怒気が消えたわけじゃない。
でも、“聞く耳”が生まれた。
「……ちっ」
ディーンが、ばつが悪そうに頭を掻いた。
「一日だ。一日だけ様子を見てやる。
それで薬が出なかったら……承知しねえからな」
ロアンが立ち上がり、手を叩く。
「よし、決まりだ! ギルドは本日から採取依頼を制限する!
文句がある奴は、あとで俺がまとめて聞いてやる。……だが今は、このやり方で行く。腹くくれ!」
メルツは顔を背け、「どうなっても知らんぞ」と吐き捨てて黙り込んだ。
僕はアイナを見る。
彼女はニッと片方の口角を上げて、肩をすくめた。
「今回は貸しだからね」
「……ええ。倍にして返します」
冗談みたいなやり取りなのに、胸の奥が少しだけ軽くなった。
「行きましょう」
僕は前を向いた。
「一番弱いところに、全員で歩調を合わせないと――救える命も、救えません」




