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第83話 責任の矢面

情報は隠せなかった。


昼前には“特効薬が止まった”という噂が街を駆け抜け、商会本店の前に人が押し寄せた。

咳。泣き声。怒鳴り声。

家族が、子どもが、今まさに死にかけている者たちだ。


「材料はあるんだろう!? 山ほど集めたって聞いたぞ!」

「なんで薬が出ない! 出し惜しみしてるんじゃないのか!」

「金なら払う! 倍でも払うから一本くれ!」


怒号の隙間に、掠れた声が混じった。

若い母親が、ぐったりした女の子を抱きしめて座り込んでいる。


「薬を……お願い、この子がまだ息をしてるうちに……!」


その声は、誰にも届かなかった。


群衆の矢面に、セラフィナが立っていた。

いつもの優雅なドレスではなく、動きやすい執務服。

それでも、彼女の立ち姿は商会長だった。折れそうな背骨を、意志だけで支えている。


「どうか……どうか落ち着いてください!」


声を張り上げる。

その声は震えていない。震えさせないよう、歯を食いしばっている。


「出し惜しみなどしていません! トクレン――ルミナ薬工房の親方は、不眠不休で作り続け、今朝、倒れました。

 命を削って、限界まで戦ったのです!」


一瞬、群衆が静まり返る。

だが、静寂はすぐに別の怒りに塗りつぶされた。


「じゃあ、俺の娘は見殺しか!」

「商会なら代わりの職人くらい用意しとけよ!」


理不尽だ。けれど切実だ。

セラフィナは、その怒号を真正面から受け止め、叫び返した。


「通常薬の備蓄はまだ残っています!

 すでに診療所へ回していますので、まずは落ち着いて、医師団の指示に従ってください!」


そこへ、メルツが前に出た。


「見通しが甘かったんじゃないのか、商会は!」


保身の匂いがした。

彼は群衆の空気を嗅ぎ、矛先を“安全な場所”へ向け直す。


「私は言ったはずだ、“手際が悪い”と! 大量に集めろと言ったのは――そこの男だろう!」


太い指が、僕を指差した。


視線が、針みたいに刺さる。

憎悪。恐怖。期待。絶望。

全てが混じった視線が、僕の喉を締め付けた。


「アラタは――」


セラフィナが言い返そうとする。

僕は、彼女の前に一歩出た。


「……その通りです」


声が、思ったよりも乾いていた。


「全量投入を指示したのは僕です。

 現場の負担を考えずに、“量を押し込めば持つ”と考えた。

 その結果、最後の工程を詰まらせて……トクレンさんを追い詰めました」


群衆がざわめく。

罵声が飛ぶ。石が飛んでもおかしくない。


僕は頭を下げた。

謝って済むわけがない。だからこそ、頭を下げるしかない。


* * *


逃げるようにギルドへ戻ると、そこも地獄だった。

受付前では、薬草を持ち込んだ冒険者たちが揉み合っている。


「薬草を採れば薬ができるって言ったじゃねえか!」

「買い取り停止ってどういうことだ!?」

「うちの婆さんが死ぬんだぞ! 順番だなんて言うな!」


職員たちが必死で止めに入る。

カウンターの中に、ミーナがいた。


「も、申し訳ありません……現在、倉庫が満杯で……!」


声が枯れている。頬が赤い。

書類を掴む手が、震えていた。


「ふざけんな!」


男がカウンター越しにミーナへ手を伸ばす――その瞬間。

誰かが男の腕を掴んで引き倒した。

群衆の中に紛れた影が、音もなく消える。


(……前にも、こんなことが――)


背筋を撫でる寒気。――だが、今はそれどころじゃない。


ミーナが、ゆらりと揺れた。

次の瞬間、糸が切れたみたいに崩れ落ちる。


「ミーナさん!」


見習いの治療師が駆け寄り、額に手を当てる。

そして顔色を変えて僕を見る。


「……熱です。ひどい高熱。首筋に、灰色の発疹が……」


灰熱病。

思考が真っ白になった。


ミーナは苦しそうに息をしながら、うわごとのように言った。


「……だい、じょうぶ……まだ……しごと……」


「馬鹿野郎、喋るな!」


ロアンが飛び込んできて、ミーナを抱き上げた。

いつも元気に走り回っていた体が、ぐったりしていた。


その瞬間、僕の中で何かが折れた。


数字じゃない。効率でもない。

顔のある命が、僕の大事な人が、いま死にかけている。

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