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第68話 謝罪と和解

案内された執務室の前で、僕は一度深く深呼吸をした。

隣に立つレオニスが、「大丈夫だ」と言うように肩を叩いてくれる。

後ろには、心配そうな顔をしたルカも控えていた。


昨夜の倉庫での発見――“腐りゆく在庫”の証拠。

これを持ってきたことが、吉と出るか凶と出るか。

いや、駆け引きをしている場合じゃない。誠心誠意、ぶつかるだけだ。


「……失礼します」


レオニスに続き執務室に入った瞬間、僕は足を止めた。

正面のデスクの奥で、セラフィナもまた、何かを言おうとして勢いよく立ち上がったところだったからだ。


目が合う。

紫水晶の瞳が揺れている。怒っているようには見えない。むしろ、ひどく憔悴しているように見えた。


「あの……!」

「アラタ……!」


声が重なった。

僕たちは同時に口をつぐみ、そしてまた同時に頭を下げた。


「昨日は、すみませんでした!」

「昨日は、言い過ぎたわ!」


再び声が重なる。

顔を上げると、セラフィナも驚いたように瞬きをして、それからふっと力が抜けたように肩を落とした。


「……私から、謝らせて」


セラフィナが、デスクを回ってこちらへ歩み寄ってくる。


「あなたを突き放すようなことを言って、ごめんなさい。

 “在庫がない方が罪”……あれは、この街では現実よ。

 ……でも昨日の私は、それを感情のままぶつけてしまった。あなたの言葉が痛いところを突いていたから、冷静に返せなかったの」


「いいえ。僕の方こそ、配慮が足りませんでした」


僕も一歩進み出て、彼女の目を見て言った。


「この街の事情も、セラフィナの背負っている責任の重さも肌で知らないくせに、“在庫は罪”だなんて……あまりに極端で、無神経な言葉でした。本当に、申し訳ありません」


(“罪庫”――在庫の“在”を“罪”に引っかけた、元の世界では半ば冗談のような言い回しだ。

 上手いことを言うものだと頭に残っていて――それを、冗談でもなんでもなく突きつけてしまった)


互いにもう一度頭を下げる。

頭を上げると、部屋の中に張り詰めていた氷のような空気が、春の日差しを浴びたように柔らかく溶けていくのが分かった。


「……まったく。二人とも、世話を焼かせやがって」


入り口の方で、レオニスが呆れたようにため息をついた。


「ああ、良かったです……! これで仲直りですね!」


ルカが涙ぐみながら手を叩いた。そして、空気を読まない純粋さで爆弾を投下した。


「商会長、昨日からずっとソワソワしてて。『アラタさんが私に失望して、もう戻って来なかったらどうしよう』って、今にも泣きそうな顔ですごく心配してたんですよ!」


「ちょっ……ルカ!?」


セラフィナの顔が、一瞬で熟れたトマトのように真っ赤になった。


「な、ななな、何を言ってるの!!」


「えー? でも『言い過ぎちゃった、嫌われたかもしれない』って……」


「だ、黙りなさいルカ!」


セラフィナが慌ててルカの口を塞ごうとする。

その普段と変わらない、いや普段以上に人間味のある姿を見て、僕は思わず吹き出してしまった。


「ふ、ははは」


「……アラタ? 笑い事じゃないわよ」


セラフィナが赤い顔のまま睨んでくるが、その瞳にもう昨日のような冷たさはない。


「すみません。でも……僕も同じでしたから」


「え?」


「僕も、昨日は一睡もできませんでした。このまま出禁になったらどうしようって、ずっと胃が痛くて」


僕が正直に言うと、セラフィナはきょとんとして、それから「……ふふ」と小さく笑った。


「……お互い様、ね」


そう言って微笑み合う。


雨降って地固まる、とはこのことだろうか。

昨日の衝突があったからこそ、以前よりも飾らない素顔で向き合えている気がした。


けれど、本当にやるべきことは、まだ残っている。

僕の鞄の中には、昨夜の倉庫で見つけた“証拠”が入っていた。

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