表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/95

第67話 商会長の長い朝

◆セラフィナ視点


翌朝。エルドレッサ商会の執務室には、重苦しい沈黙が満ちていた。

窓から差し込む秋の陽射しは明るいのに、私の手元だけが、まるで冬の夜のように冷え込んでいる気がした。


机の上には、二冊の帳面が開かれている。

一冊は、倉庫に保管されている在庫を記録した『倉庫在庫一覧』。

もう一冊は、過去の金庫の中身の動きを記録した『出納帳』。


羽ペンを握ったまま、私はその二つを交互に見つめ、小さく息を吐いた。


「……たしかに、この時期はいつも金庫の現金が薄くなるわね」


出納帳の数字は正直だ。

冬支度のための大量仕入れ。前払い金。倉庫の修繕費。

それらの出費が重なり、この季節の商会の現金残高は、一年で最も低くなる。


もちろん、冬を越せば、在庫が売れて現金が戻ってくる。そう信じて疑わなかった。

けれど、昨日のアラタの言葉が、耳の奥で棘のように疼く。


『現金を倉庫に閉じ込めてしまう』

『在庫は罪』


ふと、在庫一覧の数字に目を落とす。奥の備蓄区画の金額が、ひどく大きい。


……本当にあの金額通りの価値が、今もあるのかしら。

――いいえ。今はそれどころじゃない。


カッとなって追い返してしまったけれど……彼が言いたかったことの全部が間違いだったわけじゃない。

むしろ、図星だったからこそ、私はあんなに過剰に反応してしまったのだ。


(……見せたいだけだったのに)


私はペンを置き、眉間を押さえた。

アラタに、私の誇りを見てほしかった。


父から受け継いだ、この街を守るための“盾”。それを彼に認めてもらって、「これなら安心ですね」と笑ってほしかっただけなのに。


それなのに、結果はどうだ。

彼の言葉を遮り、感情的に怒鳴りつけ、挙句の果てに「帰って」と突き放した。


(……ひどいことを言ってしまった)


彼が、親身になって商会のことを考えてくれた言葉を、“数字でしか知らない”のだと断じて切り捨てた。


もし、彼がこのまま戻ってこなかったら?

「話の通じない頑固な女だ」と呆れ果てて、ギルドの奥へ引っ込んでしまったら?


胸の奥が、冷たい手で掴まれたようにきしむ。

商会の損得じゃない。もっと個人的な、喪失の予感に震える。


その時だった。

コンコン、と控えめなノックの音が響いた。


「姉さん。……いや、商会長」


弟のレオニスの声だ。

私は慌てて表情を作り直し、「入りなさい」と声をかけた。


扉が開き、レオニスが顔を覗かせる。

その表情は、どこか安堵したような、それでいて気遣わしげなものだった。


「お客様です。……アラタ・トマツ殿が、お見えです」


その名前を聞いた瞬間、鼓動が跳ね上がった。

私は弾かれたように椅子から立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ