表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

69/95

第69話 守りと腐りを分ける灯り

和やかな空気が落ち着いたところで、僕は表情を引き締めた。

ここからが本題だ。


「……セラフィナ。改めて、見てもらいたいものがあります」


僕はレオニスに目配せをした。

レオニスが頷き、持っていた“隔離袋”をテーブルの上に置いた。


「これは?」


「昨日の夜……レオニスとルカに頼んで、倉庫の中を一部、確認させてもらいました」


勝手なことをしたと怒られるかもしれない。

だが、セラフィナは静かに僕の言葉を待ってくれた。


「先日の棚卸しで、“高級品”としてまとめて載せた箱から出したものです」


レオニスが袋の口を開く。

中から取り出されたのは、白く濁り、表面に細かいひび割れの入った魔石だった。


「……っ」


セラフィナが息を呑む。

魔力を扱う商会の主なら、一目で分かるはずだ。それがもう、売り物にならない状態であることを。


「魔力漏れ……」


「はい。A級品の箱に入っていたものです。

 封印が弱って、中身が変質していました。これ一つだけじゃありません。同じ箱の中で、いくつもの石が連鎖的にダメになりかけていました」


僕は、痛ましい姿になった石を指差した。


「あの時の棚卸しは、“複式簿記を始めるための第一歩”でした。

 とにかく倉庫にあるものの“量”と“原価”をそろえて、帳簿という形を作ることが最優先だった。

 でも……“今いくらの価値があるか”という品質のチェックまでは、とても手が回りませんでした」


それは、過去の作業が間違っていたわけではない。

ただ、段階が違っただけだ。


「だからこそ、今、時間をかけて“二段階目”の棚卸しをやる必要があると思うんです」


僕はセラフィナの目を見て、誠実に言葉を重ねた。


「在庫には、二種類あります。

 一つは、冬や病気に備えるために、あえて持っておく在庫。多少コストがかかっても、街と命を守るために必要なもの。

 ……これは、“守りの在庫”です」


セラフィナが、小さく頷く。


「でも、“昔は高級品だったから”“いつか役に立つかもしれないから”と、ただ置いてあるだけの箱の中には……もう誰の役にも立たないものが混ざっている。

 それは、“腐る在庫”です」


僕はテーブルの上の、光を失った魔石へ視線を落とした。


「腐る在庫は、放っておけば周りの良品までダメにして、管理の手間を奪い、商会の体力を静かに食いつぶす“病気”になります。

 ……これを区別して取り除くことは、決して“備え”を捨てることじゃありません。

 むしろ、本当に必要な時に商会が動けるようにするための、治療なんです」


セラフィナは、長い間、黙って魔石を見つめていた。

その横顔には、悔しさと、そして安堵がない交ぜになったような、複雑な色が浮かんでいた。


やがて、彼女はぽつりと呟いた。


「……怖かったのよ」


「え?」


「父が残した箱が減っていくのが。商会の倉庫がスカスカになってしまうのが、怖かった」


彼女の声は震えていた。


「父が守ってきたものを、私の代で減らしてしまったら、何か取り返しのつかないことが起きるんじゃないかって。

 だから……“守り”と“腐り”を区別せず、全部まとめて“必要な在庫”だって言い張って、安心したかったのね」


それは、商会長としての告白であり、父の背中を追い続ける娘としての弱音でもあった。

彼女はずっと、孤独にその恐怖と戦ってきたのだ。


僕は、自然と一歩前に出ていた。


「……一人で判断する必要はありません」


 僕の言葉に、セラフィナが顔を上げる。


「僕がいます。レオニスも、ルカもいる。

 数字は、恐怖を煽るためのものじゃありません。

 何を残して、何を捨てるべきか……それを冷静に決めるための灯りです」


僕は手を差し出した。


「一緒に行きましょう、セラフィナ。

 倉庫へ行って……今度こそ、本当の“中身”を見に行きましょう」


セラフィナの瞳に、涙の膜が張る。

けれど彼女はそれを瞬きで散らし、いつもの凛とした、けれど以前よりずっと柔らかな表情で微笑んだ。


「……ええ。お願い、アラタ」


彼女の手が、僕の手をしっかりと握り返した。

その手は少し冷たかったけれど、力強い意志が脈打っていた。


「レオニス、ルカ。……準備をして。

 今日は、エルドレッサの大掃除よ」


「はい、姉さん!」


「承知しました!」


僕たちは四人で、執務室を出た。

向かう先は、南の大倉庫。


あの箱の山の中から、何を残すべきなのか。

帳簿の数字を一つずつ現実と突き合わせたとき――答えが出る。


真実を知るのは怖い。

それでも、目を逸らしたまま冬を越すことは、もうできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ