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第48話 税を握る大商会

「決まりごとと貨幣と台帳は王宮が握ってる。……でも、実際に徴税し、兵を動かし、街道を押さえてるのは、だいたい三つの大商会よ」


レティシアは、あまりにも当然のことみたいに言った。


「商会が、ですか」


「ええ。王宮から徴税を請け負ってるの。名目は“王の税”でも、集める手も、運ぶ足も、現場を見る目も、ほとんど商会のもの」


大商会が徴税を代行し、王宮に納める。

いわゆる“徴税請負(タックスファーミング)”だ。


一見効率的だが、そこには致命的な歪みがある。


「あの連中は、“台帳の数字”と“自分たちの取り分”だけはよく覚えてる。

 でも、畑が荒れてようが鉱山が枯れてようが、台帳を書き替える気なんてさらさらない」


レティシアは吐き捨てるように言った。


「数字を動かしたら、自分たちの既得権益まで動いてしまうから」


「……正しい数字を知られると、困る人がいるんですね」


「ええ。だから誰も実地を見に行かないし、見ようともしない。

 “台帳”は現実を映す鏡じゃない。都合のいい嘘を守るための壁になってる」


その言葉の重さに、背筋が冷えた。


レティシアはそこで言葉を切り、もう一度、僕をまっすぐ見た。


「そういう意味では……セラフィナのところみたいに、まず“店の中の数字”からまともにしようとしてる商会の方が、よっぽど付き合いやすいわ。

 少なくとも、嘘の数字で飾り立てた“幽霊屋敷”よりはね」


背中に、じわりと汗が滲んだ。


この国の商人は、年単位の“利益”を計算しない。

税が取引ごとの“点”でしか見られていないからだ。


けれど、もし複式簿記が広まれば――商会の“本当の利益”が見えるようになる。

それは経営の武器であると同時に、王宮が正しい税を取るための武器にもなり得る。


つまり、これはただの経営技術じゃない。

この国の支配構造に火を点ける、危険な火種だ。


彼女は“今のやり方はいつか破綻する”と本能で感じ取っている。けれど、それを証明する“数字の言葉”を持っていない―そんな苛立ちが、瞳の奥に見えた。


* * *


重くなった空気を払うように、セラフィナが微笑んだ。


「……耳の痛い話ね。うちだって、完璧とは言えないわ」


彼女はカップを置き、まっすぐにレティシアを見た。


「でも、幽霊屋敷にするつもりはない。数字をごまかして延命するくらいなら、現実を見て、血を流してでも前に進む方を選ぶ。

 だからこそ、彼に来てもらったの」


セラフィナの手が、すっと僕を示す。


「遅ればせながら紹介するわ。最近、うちの“数字”の使い方を変えてくれた人よ」


レティシアの視線が、再び僕に戻る。

今度は、もっと露骨な興味を含んだ目で。


「アラタ・トマツ。私の……私の商会の、数字の顧問よ」


一瞬、その言葉に妙な熱がこもった気がした。

思わずセラフィナを見ると、彼女は澄ました顔をしているのに、耳の先だけ少し赤い。


レティシアが、面白そうに眉を上げた。


「あなたが、あのロアン・バルガスを言い負かして、ギルドの帳面をひっくり返したっていう……アラタくんね?」


彼女はソファからすっと立ち上がり、僕の目の前まで歩み寄ってきた。

近くで見ると、背が高い。そして、眼鏡の奥の瞳が、隠しきれない好奇心で鋭く光っていた。


「セラフィナから話は聞いてるわよ。魔法も使えないのに、木の板と紙切れだけでギルドを立て直したんですって?」


「……ただ、数字を整理しただけです」


「謙遜はいらないわ。整理された数字は、時にどんな剣よりも鋭く喉元を掻き切るもの」


レティシアは顔を近づけ、小声で囁いた。

微かに香る香水の匂いは、甘さよりも柑橘系の鋭さを含んでいた。


「それに……セラフィナが“男の話”をするなんて、珍しいのよ?」


「っ……!」


変な声が出そうになるのを、必死で堪える。

ちらりと横を見ると、セラフィナが「レティ!」と鋭く名前を呼んで、わざとらしい咳払いをしていた。


* * *


「……ところで、アラタくん?」


レティシアは、セラフィナにたしなめられたことなど意に介さない様子で、僕の手元にある革表紙の帳面を指さした。

その氷河色の瞳が、眼鏡の奥で鋭く細められる。


「それが、噂の“新しい帳簿”? ギルドの財政を立て直したっていう」


「ええ、まあ。これはエルドレッサ商会で試験的に運用しているものですが」


「へえ。少し、中身を見せてもらってもいいかしら」


彼女は優雅な動作で手を差し出した。

王都財務局の次席補佐官。この国の“数字”を司る最高機関のエリート官僚だ。

もし彼女がその気になれば、職権で強制的に開示させることも不可能ではないのかもしれない。


だが、今の彼女はあくまで“休暇中の私人”だ。

僕は、帳面をそっと胸に抱え込み、一歩だけ引いた。


「……恐縮です。ですが、これは商会の内部情報ですので、許可なくお見せすることはできないんです」


レティシアの手が空を切る。

彼女は意外そうに眉を上げ、それから口元だけで冷ややかに笑った。


「あら。ガードが堅いのね。王都の商人は、役人が来れば頼みもしないのに適当な帳面を開いて媚びへつらうものだけど……

 ふふっ、まぁいいわ。そういうの、嫌いじゃない」


レティシアは満足そうに頷き、手を引っ込めた。

どうやら、僕が“権力になびく人間かどうか”を試したらしい。


「ふふ。レティ、彼をあまりいじめないで。企業秘密よ」


セラフィナが、助け舟を出すように口を挟んだ。


「でも、あなたなら話は別。――必要な範囲で見せるわ。

 ただし、ここで見た数字はあなたの胸にしまって頂戴」


そして、ふと思い出したように僕とレティシアを交互に見る。


「そうだわ。レティ、このあと時間はある?」


「あるも何も、ヒマを潰しに来たのよ。何か予定?」


「ええ。これから街外れの魔石加工工房へ行くの。新しい機械を入れるかどうかの、大事な会議があってね」


セラフィナは悪戯っぽく微笑んだ。


「もしよかったら、一緒にどう? 王都の役人としてじゃなく、私の友人として。

 エルドレッサが最近始めた“数字の整理”を、その目で見てみるのも面白いと思うけれど」


レティシアは一瞬きょとんとして、それから眼鏡のブリッジを指で押し上げた。


「……なるほど。私をただ遊ばせておく気はない、というわけね」


「あら、人聞きが悪い。せっかくの休暇だもの、退屈させたくないだけよ」


「いいわ、乗ってあげる」


レティシアはソファから立ち上がり、旅装束の裾を払った。

その瞳が、好奇心で輝いている。


「休暇中だけど、面白そうだから是非ご一緒するわ。

 ……それに、この堅物のアラタくんが、現場でどんな顔をするのかも見物だしね」


「……お手柔らかにお願いします」


僕は苦笑しながら帳面を鞄にしまった。


これから向かうのは、エルドレッサ商会が抱える数ある工房の中でも、重要な拠点の一つ。


新しい機械を入れるかどうか。

その判断ひとつで、工房の先行きが大きく変わる――セラフィナの横顔が、そう言っていた。

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