第46話 数字の光、世界のゆらぎ
その夜、ギルドの前を通ると、受付の灯りがまだ点いていた。
ミーナが帳面を抱えて走り回り、ロアンが相変わらず不機嫌そうに椅子に座っている。
でも、以前のような“死んだ目”ではない。
「お、アラタ」
ロアンが顎を上げた。
「最近、薬の納品が安定したな。無茶する奴が減って……こっちも助かる」
「それは良かったです」
「良くねぇのは、お前が妙に嬉しそうなニヤけた顔をしてることだ。気味悪い」
ひどい言われようだ。
ミーナが笑いながら、僕に小さく手を振った。
「ルミナ薬工房の人たち、最近は早く帰れる日が増えたみたいです。
……なんだか、街が少し落ち着いた感じがしますね」
僕は頷いた。
(数字が、街を助けてる)
そう思った瞬間、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚を覚えた。
(同じ数字が、街を壊すことだってできる)
セラフィナの言葉が、遅れて効いてくる。
僕は夜風の中で、ふと空を見上げた。
* * *
ローレンツァの夜空は、いつもより澄んで見えた。
――その光を、“街の外”から見上げている者がいた。
満天の星が瞬き、遠くの森は黒い影となって静まり返っている。
――そのとき。
空の端、王都の方角に、淡い光の筋が走った。
オーロラのように揺れて、しかしすぐに薄くなり、闇に溶ける。見間違いかと思うくらい、頼りなく弱い光。
「……また、光が薄くなっている」
ローレンツァから離れた岩山の高台。
ひとりの無名の魔導士が、夜空を見上げていた。
黒い外套の裾が風にはためき、手の中の小さな灯り――魔力灯が、ほんの一瞬だけ心細く瞬く。
「商会も、ギルドも……気づいていないのか」
魔導士は、空に走った光の名を、低く呟いた。
「世界光……」
その光は、数字には写らない。
帳面にも、約束の板にも、縦線のこちら側にもあちら側にも載らない。
けれど確かに、この世界を根底で支えているエネルギー。
――数字がもたらす小さな繁栄の影で。
世界を満たすはずの光は、人々が積み上げる数字とは逆向きに、静かに、そして確実に減衰を続けていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
第4章「忙しいのに儲からない工房」はここまでです。
工房は持ち直し、薬の流れも少しずつ整い始めています。
いよいよ第1部も折り返しを迎えました。
数字が照らせる範囲は、少しずつ広がっています。
――でも、数字が届かない場所にも、物語は続いています。
次話から、第5章「今を削ってでも買うべきもの」が始まります。
王都からセラフィナの旧友が訪れます。彼女が見抜くのは、帳簿の中身だけではないようで――?
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