86.エウゲン将軍の迷走
「俺は、エウゲン・ツェンベルク、侯爵家の当主である。歴代の貴族である。俺は若い時から戦場を駆け巡ってきた歴戦の猛者である。
それが最近はあのハルトとかいう農民上がりの若造にいい顔をされて、頭に来ていたところである。
このランドル王国への救援軍の派遣は、俺の存在を誇示するのにいい機会である。特に窮地に陥った国を助けるという大義名分は響きがいい。まるで物語の姫を助ける騎士である。
そのため、国王の命令とは少し違うが、今回は騎馬隊を連れてきた。魔道馬車だけでうまくいくわけがない。結果がすべてである。うまくいけば国王も俺の正しさを認めるだろう」
エウゲン将軍率いる騎馬隊が、レー港に着くと、ランドル王国の軍の世話を任された貴族は慌てた。歩兵1万と聞いていたのに実際は騎兵が現れたのである。
馬用の飼い葉なんて用意していない。馬に人用の穀物を与えたとして、人と馬では1日に消費する穀物の量が違うのである。
将軍に聞くと
「歩兵は俺たちを下ろした船が、今から迎えに行くから、到着は2週間ぐらい後だろう」
とのこと。
仕方がないので、今ある兵糧は馬に与え、追加の兵糧を集めることにしたのだった。
「俺は今、レー港にいる。歩兵が来るのは2週間後である。その間どうするか。ランドル王国の俺の担当の話ではランドル王国に侵攻したフラ王国の軍は3万人とのこと。そのうち騎馬は8000人とのこと。
今いる俺の部隊は2000人、とても8000人の部隊には勝てない。やはり魔道馬車の部隊が到着するのを待つしかないか。
しかし、忌々しいものだ。俺を待たせるとは、これだから平民はいけない。上司に対する礼儀がない」
そのようにして、エウゲン将軍がレー港で過ごしていると、ランドル王国の国境のローヌ砦が落ちたとの知らせが届いた。
そのため、エウゲン将軍は魔道馬車の到着を待たずに王都に出立した。そして、王都郊外でランドル王国の軍と合流した。
エウゲン将軍の部隊を見たランドル王国国王は慌てた。
エウゲン将軍に
「魔道馬車はどうしたのじゃ。たしか500台の魔道馬車が来ると聞いていたのだが」
「魔道馬車は到着が遅れておりまして、いずれ到着すると思います。ローヌ砦が落ちたと聞いて、取りあえず、馳せ参じた次第です」
これを聞いた国王はさみしそうな顔で
「救援、ご苦労。後で軍議に参加してもらうので、それまではゆっくりされよ」
そう言って、エウゲン将軍が退席するのを待って側近に
「それで、実際のところはどうなのだ。どうして魔道馬車の到着が遅れている」
「はい、レー港に騎馬隊しか来なかったので、それとなく探らせたところ、エウゲン将軍が『平民と同じ船に乗るのは嫌だ』と言って、騎馬隊だけで先に港を出たようです。
船は騎馬隊をレー港に下ろして、またアムスム王国まで迎えに行ったそうです」
これを聞いた国王は
「貴族至上主義とは困ったものだ。エウゲン将軍は適当におだてて、使い捨ての駒とするしかないな。
魔道馬車の到着までは大きな戦闘は避けるように」
その後、1週間ほどしてフラ王国の軍隊が王都の近郊に現れた。ランドル王国は篭城戦を決定した。これに対して、エウゲン将軍は激しく反発した。しかし、
「軍もそろわぬのにどうするのだ。そもそも、将軍が魔道馬車を置いてきたから悪いのだろう」
国王にこう言われて黙るしかなかった。
フラ王国軍に包囲されて1週間ほどたった。王都は城壁に囲まれた要塞都市。おまけにほぼ無傷のランドル王国軍が立てこもっているとあっては、フラ王国軍としても迂闊に攻めるわけにもいかない。
しかし、救援に来たエウゲン将軍としてはこのまま時間を潰せば置いてきた魔道馬車の平民部隊が来てしまう。できれば魔道馬車抜きで手柄を立てたいと思っていたエウゲン将軍としては面白くない。何度も城から出て相手に攻撃を仕掛けたいと申し出たが、その申し出はすべて却下されている。
迂闊に城門を開けば、敵が城内になだれ込んでくる。市民兵が主体で騎兵が少ないランドル王国軍としては、城から出ても囲まれるだけで有効な攻撃を仕掛けられないのである。
それはわかっているのだが、なんとももどかしい限りである。
ある時、エウゲン将軍は城壁を取り囲むフラ王国軍に手薄な場所があるのに気が付いた。密かに騎士団を集め
「夜こっそり城を出て敵軍に攻め入る」
と通達した。通達を聞いた騎士は、
「ランドル王国からは絶対に城から出るなと明言されているのに、いいのか」
と聞いたが、
「上司の命令に逆らうのか」
と脅され黙らざるを得なかった。
夜、ランドル王国の兵士を殴って気絶させて、城門を開いて、騎士団が城門を出ていった。
音に気づいたランドル王国の兵士が止めようとしたが、向かってくる馬の勢いに怯んで止められなかった。仕方なく、また城門を閉めたのだった。
「うまく城を出られましたな」
「あのまま城にいても、何も出来ぬからな。我らは騎兵、馬に乗ってこそ、手柄も立てられるというものだ」
「さすが将軍」
部下が褒め称える。
「よし、このまま敵に突っ込むぞ」
しかし、昼間見た敵の手薄なところに行くと柵がしてある。柵の前で馬が止まると、上から矢の雨が降ってきた。ここで初めて罠に気づいたが、もう遅かった。
周りを囲まれて退路も断たれている。奮戦はしたが、部下の多くが死に、手傷を負って捕らえられて捕虜になった。
城門まで逃げ帰った者もいたがその数はわずかであった。




