192.皇帝の暗躍
帝国皇帝は教会より司祭の任命権を得た。しかし、これが無効だと教会に否定されては困る。皇帝はあくまで善意の第三者である。「何となく眉唾物だ」とは思ったが、交渉の時にはあえてそれを聞かなかった。当然教会にも確認しなかった。まず第一の難関はこれが有効だと教会に認めさせなければならない。そのためにはどうしたらいいか。
宰相を呼んで協議したところ、
「まず、この契約書のことは内緒にして、教会の印章の押したものの有効性を教会本部に確認する」
となった。
「次に、無効になる場合があるのか教会本部に確認する」
そのうえで、
「この契約書を見せて確認をとる。なお、契約書を見せるのは教会本部でなく、帝国の教会関係者とする」
そして
「帝国の教会関係者の皇帝への忠誠を誓わせる」
となった。
これがうまくいけは帝国の教会は皇帝の操り人形となる。そして教会を通じて帝国の貴族を従わせる。我ながらいい案だと自画自賛するのであった。
まず部下を教会本部に向かわせた。そして、教会の印章を押した書類の有効性と無効になる場合の条件を確認させた。
その結果
「教会の正規の印章が押された書類は有効である。現在の印章は、3年前に新しく作られてから変わっていない。この印章が無効になるのは、新しく印章が作られたときで、今のところその予定はない。
次に印章の押された書類が、無効になるのは、その書類に署名した人物が教会関係者でない場合である。また、契約した人間の権限を逸脱した契約の場合、その書類は無効となる」
とのことであった。
この結果をもとに、皇帝と宰相は再度協議した。
第一の問題はクリアーと、正規の印章が押されているので、この書類は有効。
次に署名はヨハンは教会の司祭なのでそれは問題なし。
次は、このヨハンの権限である。ヨハンの持っていた辞令は
「『教会の司祭の任命権の譲渡に関する特別対策官』となっていたが、果たしてこんな役職、教会にあるのだろうか。
しかし、教会本部の印章の押された辞令を持っていたし、その辞令は参考までに置いて行かせたので、ここにある」
この辞令が有効ならヨハンは権限を有することになる。するとこの契約書は有効となる。
そこで皇帝は、再度、部下に辞令の有効性の確認に行かせた。その結果
「辞令は辞令の発令者の名前を書いたハンコが押され、教会本部の印章が押されていれば有効である。辞令の発令者は教会のトップであるが、トップがすべての辞令に署名するのは無理なので、名前を書いたハンコが作られ、そのハンコを押している。教会のトップが署名することはない。
ただし、辞令の役職名は、役職名であって、職務の内容や権限の範囲を示すものではない。権限の範囲については教会に確認してください。」
とのことであった。
皇帝はこれを聞いて「辞令は有効。しかし、辞令と権限は別物。ここは難しいところだな。しかし、ヨハンは教会の司祭、そして余は善意の第三者。これで押し通すしかない」と思った。
そして、
「皇帝は善意の第三者だ。あくまで教会本部の窮状に鑑みて、お金を出した」
そういうスタンスで行くことを宰相と確認した。
その後、皇帝は帝国内の教会関係者を呼んで、会議を開いた。その会議で、任命権譲渡の契約書見せて、これからは教会の司祭の任命の書類は皇帝に提出するように迫った。当然会議は荒れた。結局何も決まらずに、とりあえず教会本部の意向を確認してから再度協議となった。
その後、教会関係者は、教会本部に直訴に行った。そしてそこで初めて、教会本部は教会の印章がすり替えられていることに気がついた。
そこで教会本部は、最近皇帝がおかしなことを聞いてきたことに気がついた。しかし、皇帝の質問に対して答えたことを、今更否定することもできず、「皇帝と書類の有効性について協議する」と言わざるをえなかった。
これを聞いて直訴に行った教会関係者はがっくりするのであった。そして「印章がすり替えられたのは教会本部の不手際なのだから、この問題は教会本部で解決してくれ」と言って帰ってきた。
教会本部は、「相手は皇帝、事を荒立てるわけにいかない」と判断して「その契約書を金貨10万枚で買い取る」と言ったが、皇帝はその申し出をかたくなに拒否した。そして「最初に『契約書を買い取る』と言った時点でその契約書は有効と判断しているのだろう。帝国の司祭の任命権は皇帝にある」と言い張るのであった。
教会も最初に「契約書は無効」と言っていれば、違った対応も出来だあろうが、皇帝は黒も白と言うような人間である、「帝国の支配権がかかっている」と思うと必死である。もう最後はごり押しである。この任命権騒動は皇帝有利に傾きそうな情勢となった。
すると、今度は帝国の貴族が慌てた。若し教会が皇帝の操り人形になったら、皇帝に好き勝手される。そこで有力貴族を筆頭にほとんどすべての貴族が帝都に押し寄せた。一部有力貴族は軍の動員まで始める始末である。これには皇帝も折れた。そして、皇帝の得た司祭の任命権を、領主に有償で譲り渡すことになった。領内の司祭の数に応じて金貨1000枚から金貨3万枚までである。こうして一連のペテン師騒動は帝国内では決着を見た。
しかし、他の北大陸の諸国では、いつ司祭の任命権を譲り受けたという者が現れるか戦々恐々とした状態であった。
ヨハンが帝国の後、ユルノギ王国へ行ったことが明らかとなったからである。ユルノギ王国では不審に思った国王が教会関係者を呼びに行かせたのだが、呼びに行っている間にヨハンはいなくなったのである。
その後もヨハンの行方は知れない。どこにいるのか。また、ほかにも譲渡契約をした人間がいるのか分からないのである。もし譲渡契約書が他の宗教の関係者にでも渡ったなら大変なことになる。
そこで各国は教会本部に掛け合って、司祭の任命権を帝国のように各領主に譲り渡すように迫った。こうしてわずかな金で司祭の任命権は領主のものとなった。
この一連の騒動の後、ハルトは「この譲渡契約書は収納空間ボックスに入れて門外不出にしよう」と心に誓うのであった。「さしあたって、人払いしたし、俺が譲渡契約書を交わしたことは誰も知らないからいいか」と思うのであった。




