189.中の海の騒乱
北の大陸と南の大陸の間には中の海と呼ばれる海が広がっており、その中にはいくつもの島々が存在している。これらの島々は、北の大陸のランド王国と南大陸のサウス王国の間で絶えず勢力争いの中にある。これまではランド王国が優勢であった。それは南の都市同盟とポルイスト王国それに東の帝国の艦隊が連合して、サウス王国の艦隊に対処してきたからである。
しかし、何年か前にポルイスト王国の艦隊はハルトが派遣した艦隊によって壊滅していた。また、今回帝国で行われた公聴会で南の都市同盟がハルトの作った北の交易路を破壊したことが明らかになったことによって、南の都市同盟と東の帝国の間に微妙な亀裂が生じていた。東の帝国としてはハルトが販売する液体肥料は農業生産を回復させる重要なファクターだったのである。それが入荷できないとなると帝国の食糧事情が一気に悪化する。また、滅んだリチ王国は東の帝国と宗教が同じであった。これも反感を買った一因であった。
その間隙を縫って、サウス王国が南の都市同盟に戦争を仕掛けた。東の帝国の艦隊は派遣が遅れ、南の都市同盟単独での対応となった。このため南の都市同盟が動員できたガレー船は50隻、これに対してサウス王国は100隻のガレー船を用意した。結果はサウス王国が勝利し、南の都市同盟の艦隊は壊滅した。余勢を駆ってサウス王国は南の都市同盟の2つの都市を占領した。
これには、南の都市同盟は驚いて、周辺国に支援を求めたが、帝国の公聴会での印象が悪く、「リチ王国を亡ぼしておいて自分たちが攻められた時だけ支援を求めるのはおかしい」と相手にされなかった。仕方なく南の都市同盟は「占領した2つの都市のサウス王国の領有を認める代わりに、これ以上の都市を攻撃しない」という条件で講和した。
これにより中の海の西半分の制海権はサウス王国にわたり、この付近の交易はサウス王国の商人が行うこととなった。
これを聞いて、ハルトは「欲しい商品が南の都市同盟の商人から購入しようが、サウス王国の商人から購入しようがどちらでもいいのじゃない」とつぶやいた。
ところがサウス王国の南の都市同盟の都市の領有を気に食わない男がいた。ランド王国に征服された南の都市同盟の都市の教会の司祭であった。彼はサウス王国の軍が来るとこの都市から逃げ出して帝国へ行った。そして、高らかにこの都市の奪還を訴えた。
しかし、誰も彼の言うことを聞かなかった。帝国内の教会の司祭でさえ、煙たがるしまつであった。とにかく、この男の言うことは過激なのである。この男は「現地では大虐殺が行われている」と言うが、現地から来た商人は「都市は落ち着いている」という。さらに、この男は「残った住民には重税が課されている」と言うが、同様にこの商人の言葉では「人頭税さえ払えば異教徒であっても自由に暮らしていける。税率は以前と同じ」とのことである。
皇帝も最初はこの男を煙たがっていたが、そのうちこの男が「教会の司祭を任命する権利を渡してもいい」と言い出したことから話が変わった。この権利をもらえば、例えば皇帝が帝国中の司祭を自分の言うことを聞く人間にしてしまえば教会の力をもって帝国の他の貴族を支配できる。
そこで、皇帝はこの男に会うことにした。
「この度は私の様な物に時間を割いてくれて感謝します」
「ところで教会の司祭の任命権を余に譲渡するというのは誠なのか」
「はい。私の持っている帝国のすべての教会の司祭の任命権を譲渡します」
「しかし、貴殿は帝国の司祭の任命権は持っていないであろう」
「そこはご安心ください。私が出世すればその権利を手に入れられます」
「つまりお前の将来の権利を譲渡するというのか」
「少し違います。私は任命権は持っていませんが、任命権を譲渡する権限を持っています」
「よくわからんが、問題ないということなのだな」
「はい、問題ございません」
皇帝は、
「この男はとんだペテン師だ」
と思ったが、あえて、その詭弁に乗ることにした。
「なら、先に譲渡書を渡せ」
「そんな簡単には渡せませんよ」
「何が望みだ」
「私も懐が寂しいですから、少し浄財を頂ければ」
「いくらだ」
「金貨10万枚ほど」
「しかし、その譲渡書が本物かどうかわからんしな」
「なら、ここに他の国の譲渡書がありますので、これで本物かどうか判定してください」
帝国の司祭の任命権の譲渡書を受け取って、部下に鑑定させると、内容は眉唾物だが押されている印影は本物とのことであった。そこで皇帝は帝国の譲渡書を買い取ることにした。
「部下に鑑定させたところ、どうも譲渡書は本物だろうとのことであった。でもどうしてこのような譲渡書を販売する気になったのだ。一度教会本部に尋ねてみる必要があると思うのだが」
「その必要はございません。今回ランド王国がサウス王国に攻められて、教会も本部を移転する必要に迫れております。その費用を秘密裏に確保する必要があるということで、私が依頼を受けたのであります。
教会本部の移転など信者に知られると、信者を見捨てる行為だと非難されますから、このことを知っているのは教会の上位のほんの一握りの者だけでございます。それでどうかご内密にお願いします」
皇帝は
「さすがペテン師、その言葉だけを聞いていると筋が通っている。この男は人をだます才能があるようだ」
と感心するのであった。
「その様な事情であるなら、余も協力したいのはやまやまだが、生憎今は金がない。すぐに用意できるとなると金貨3万枚ほどしかないがどうだ」
「金貨3万枚ですか」
「足らぬか。ならあと半年ほど待てばもう少し用意できるが」
「わかりましたこれで手を打ちましょう」
こうやって易々と譲渡書を手に入れたのである。
次の日この男を探したが、帝都にはいくら探してもその姿はなかった。




