109.飲み屋で憂さ晴らし
その後、何日たっても、イングブリオ王国軍の指揮官は、フラ王国の艦隊に対する攻撃を仕掛ける様子がない。相変わらず、俺達だけで港の周囲を哨戒している。
イライラしてきたので、
「あの、フラ王国の艦隊はどうするのだ、また夜襲をかけられたら終わりではないか」
すると、
「この前のように、お前たちが哨戒に出て、フラ王国の艦隊の動きを知らせてくれればいい。今は冬だ。風向きも逆だし帆船は動きづらい。嵐にでも遭えば敵に会う前に全滅だ」
全く取り合ってくれない。
仕方がないので、また3隻で哨戒をしている。
こんな時は、ぱあーと、飲み屋へでも行って憂さを晴らすか。マンネリズム子爵と一緒に、港の飲み屋に行った。適当に入った飲み屋だったが、結構流行っている。
見ると、飲み屋の娘さんが給仕をしている。けっこうな美人である。さすが異世界。見ているだけで福眼である。
しかし、レンの怒った顔が浮かんできて、何もできない。
『旅の恥は掻き捨て』と言っても俺たちは貴族、すぐに誰だかばれる。
結局マンネリズム子爵とぐちぐち愚痴を言っていたら、
「お兄さんたち、港に来ている軍艦の水兵さん」
向こうから話しかけてきた。
「相手から声をかけてくるということは俺たちに気があるのでは」
何となくスケベ心が持ち上げてくる。
でもここは慎重に、相手にいい印象を与えて、〇〇はやっぱり無理かな。レンの怒った顔が再度浮かんでくる。
何気ない風をよそおい、
「そうだけど」
さらりと答える。
「ひょっとしてお貴族さん」
相手が嬉しそうな顔をして聞いてくる。
うーん、いい感じ、
「まあ、一応」
さらりと答える。
「やっぱりそうなのだ、何となくうちに来る客とは雰囲気が違っているから」
そこからは酒の勢いもあり、割と饒舌になる。
「一応、服は平民の服を着てきたけど、違うのかな」
「服は平民だけど、顔が違うから、そちらのお兄さんすごくいい男だし」
と言って、俺に迫ってくる。おおいい感じ。
でも
「俺は妻を愛しているので浮気をする気はない」
柄にもないことを言ってしまった。
レンの顔が浮かんだが、すぐにレンの顔はかき消してアンナやリズそしてエバの顔を思い浮かべて落ち着いた。
「やだー、お兄さん。本気にしたの、かわいい」
と言って、腕を絡めてくる。
これはひょっとして〇〇もありかな。しかし、やっぱり一歩踏み切れない自分が悲しい。
マンネリズム子爵も同じようである。こんな美人を前にして静観している。ひょっとするとマンネリズム子爵の妻はすごい美人だったりして。何となく悲しくなる。
取りあえず無難な回答をしておく
「お姉さん美人だし、こんなしがない下級貴族相手にしなくても、もっといい男がいるだろう」
すると娘さんは
「そうでもないよ、うちに来る客は、こんな上品な客は来ないから。私の体を上から下まで舐め回すように見て、いくらだと聞く」
やっぱりこんな美人だと〇〇したくなるよな。
でもそれを言うと俺たちの紳士のイメージが崩れる。
俺たちが何も言わないと、
「でも、誤解しないでよ、私そんなことしたことないから」
娘さんは慌てて答えた。
「そう、それはよかった」
そう、これは俺の心からの本音である。よかった〇〇のようである。
そんな会話をひとしきりした後、
「あのね、話変わるのだけど、この戦争が終わったら、私を屋敷で働かせてくれない。貴族のメイド、あこがれているの」
それを聞いて、
「こんな美人メイドが屋敷にいたらいいよな」
と思ってしまう。でも同時に
「レンが怒るだろうな」
とも思ってしまう。
「貴族のメイド、考えておく」
取りあえず無難な回答に終始する。
「絶対だよ、わたしはマリア、覚えていてね」
向こうも必死のようである。
「覚えていたらね」
そう言って飲み屋を後にした。
今日は楽しかった。若い娘さんと会話するのもいいもんだ。しかし最後は向こうもかなり必死だったような気がする。
他国でも平民の生活は大変なようだ。必死に生きる。何となくそんな暮らしの一端を垣間見たような気がした。
王国歴331年12月、フラ王国に置いてきぼりを食らって飲み屋で憂さを晴らすハルト、22歳、シフエルブルグ港は嵐の前の静けさである。




