表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神、降臨  作者: 楼陽
第一章 『砂漠色の遊戯』
21/22

第一章 World.21 レンナ、皿

「え、まさか、レンナ、俺の唇に自分の唇当てました?」


 直接キスなんて言えるほど俺は大人ではない。今でも思い出す。教育院で魔力の吸い取りをした時は、男女別々に行った。ただ、同性と面を向って唇を当てるというのは、少々心持ち的にハードだった。


 それをこの女は俺が寝ている間に、気付かれぬよう、悟られぬようと致したのなら、



────訴えてやろうかな。




「そんな、わけ、ないじゃない!昨日の夜会いたい人がいるって言ったわよね。もう忘れたの?」

 ものすごい熱量を感じる。どうやらこの女は、嘘をついていない。


「だったら、どうやって、俺の魔力を吸い出したと?」

「唇なんて当てずに、息で吸い込んでやりましたよ。むせそうで怖かった」


 頭にその絵面が浮かんでくる。俺が寝てて、赤髪の女が、俺の口の上から、息を大きく吸い込む。


「なんか死んだ魂を吸う幽霊みたいな感じがして、気持ち悪い」

「うるさいわね。私がああしなかったら、まだ鎖は外れてなかったのよ」

「それができるなら、何で風呂場で魔力切れ起こした時にそうしなかったんだ。そうすれば昨日の夜には治っていたんじゃないか?」


「あの時に私が、頬を赤らめて唇を寄せに行ったらどう思う?」

 理性が外れる、と言いたいところだが、俺には強力な味方がついている。レンナの強烈な誘惑には、ノアの怒る顔が対抗しよう。


「全力で拒否してたな、愛する人にかけて」

「でしょう?私も青少年から、無理やりファーストキッスを奪うほど、もの分かりの悪いわけではないわ」


 はあ、安心した。ここで、キスをされていたとしたら、もうノアとの約束(想像上)が意味をなさなくなっていたかもしれない。


「というわけで、今日の夜は前夜祭!今年のお祭りは、ぜひあなたと巡りたいの。せっかく自由に喋れる人ができたのだからね」


 この女は、会いたい人がいるのにも関わらず、呑気なものである。でもそれほど喜ばしかったのだろう、十七年待った自由の会話の日を。


「いいよ。俺もその方が楽だからな」

 徹底的に、世界を抜け出す作戦を練らなければ。






「よし、あなたの傷を治した記念に何かいただこうかしら」

 それって、レンナ側から言ってくるものなのか、やけに恩着せがましいものを受け取ったらしい。


「何が欲しいんだよ。ああ、あれか」

 大体検討はつく。お皿を洗う魔法【ラッセンブル】を教えて欲しいのだろうな。昔の民間魔法の本を読んで習得したものだが、中身は水を流す魔法の応用だったな。


「皿を洗う魔法のことよ」

「あれは、昨日の夜中に鎖を外したらの景品だったはずだが?」

「あら、昨日の夜中、あなたが寝た後。日付が変わる前に、私が魔力を吸い取って治したと言ったら?」


 悔しい、確かに夜までにと言ってしまっていたな、夜のうちに鎖が外れたのだとしたら、反論ができない。

「そうじゃなくても、治療の手助けはしてあげていたんだから、ね、教えてちょうだいよ」


「負けた。ただ、こちらにも思う節は多々ある。というわけで、俺が今から魔法を見せて、ヒントを出すから、それで使い方を導き出せ」

「素直に教えてよ、服買ってあげないよ?」

 この女いつまで俺のことを脅せば気が済むんだ。服が買ってもらえないは、無一文、服なしの俺には死活問題だ。


「わかったよ」




 そう言って、ノリにノラない俺の顔を差し置いて、レンナは皿洗いの魔法を要求してきたことを承諾した。教えても減るものではあるまい。

 【ラッセンブル】は皿を殺菌して汚れを落とす魔法であるが、厳密に皿ではなくてもコップやヘラなど、料理関係のものは大体洗える。覚えたての頃は、街の料理屋に酔った勢いでわざわざ皿を洗いたいと懇願したっけな。翌日ウォーチェンが腹を抱えながら教えてきたのを少し覚えている。

 これが覚えるのが大変だったから、できた時は大喜びで酒も相当呑んだもので、全く記憶に残っていなかったから、あながち本当に覚えているかどうかはわからない。そんな一世代世界の思い出もある魔法だ。

 教えるのはいいが、早く習得してほしい。俺は独学で3ヶ月かかった。普通適性さえあれば、1週間もすればその魔法をある程度使えるのにな。


「レンナ、まずこの魔法の名前は【ラッセンブル】だ」

「何度も聞いてるわ。使い方を教えなさいと言っているの」


 なんだかレンナの圧力が強い。この魔法に執着しすぎてツンツンしている。この魔法の教え方というのは難しいものである。まず感覚だ。魔術においても、精霊術においても想像がなければならない。想像したものを体に染み込ませることが、魔法を覚える9割のコツである。

 ただそんなことは、レンナの魔法の実力から見て、知っているに違いない。問題なのはその想像なのである。


「汚れた皿があるだろう。まずそれを持ってみてくれ」

「こう?」


 レンナの持った皿は油汚れである。おそらくムスカルのおっちゃんの夜食かなんかだろう。昨日の夜は俺が洗ったはずだからな。


「その皿を流水に突っ込む感じだ。その後は皿の表面にうじゃうじゃしている菌を想像しろ」

「うげぇっ、嫌な想像だよ。わざわざ見えない菌を想像するなんて、どうかしてる」

「それがこの魔法の難しい所なんだ。まず生理的に無理な人が出てくる。菌は見えないから普通に生活できるが、見えてしまえば、おそらく何も触れないだろう」

「表面だけならまあ大丈夫だけど」

「次に菌とかいう非常にミクロな想像は、詳細にできないことが多いから、中途半端な【ラッセンブル】になりがちなんだ。俺はけんきゅ⋯⋯」


 危ない、流石に一世代世界の話をベラベラする訳にはいかないだろう。ましてやレンナはおそらく下位世界だ。一世代世界よりかは多少なりとも文明は劣る。単に物理法則などは引き継がれる、それまでの話だからな。文明は世界ごとに各自で発展させるものなのだ。

「そういうこと研究しているお・と・も・だ・ちがいたから、無数の菌をなんとか想像できたけど」

「大丈夫。最近の夢で無数の弓に打たれることがよくあるの。だから無数系は得意よ」

 寝れないだろう、それは!なんだ無数の弓って。どちらかというと、レンナが【ジェイデンアローラ】を乱発する方が想像がつき易い。


「それはなんというか、よくないことが起きそうだな⋯⋯。それはそれとして、想像できそうか?」

「まあ、こんな感じでいいのかはわからないけれど、できていると思うわ」

「そうしたら、そいつらを流水で洗い流すイメージを構築してくれ、これが殺菌だ」

「流水なのね、これは水系の魔法なのかしら。別に特に属性とかはないけれど、水系は得意よ。なにしろ扱うのは氷だから」


 レンナは目を細めながら笑っている。仮にもお皿洗いをしていることを忘れないでほしい所だ。自慢はいいが、注意散漫になって皿が割れるとかは勘弁してほしい。この人以外と思考が抜けているから何をしでかすかわからない。


「ああ!」

 レンナの声がしてすぐにパリーンという鋭く高い音がした。

「お皿落としちゃったよ、もう嫌だー」

 ああ、これだよ、もう言ったとおりじゃないか。呆れるとか、そういう次元では収まらないほど一瞬で、回収されてしまった。


「これムスカルのおっちゃんが気に入って使っているやつじゃないか?」

「どうしてそんなこと言えるのよ。確かによく使っている気はするけれど」

「いや、裏にさ」

 レンナは首を傾げながら、床に無惨にも飛び散らかった皿の破片を凝視する。皿が割れるなんていうのはよくあることだけども、おそらくこれは原則割ってはいけない皿っぽいのだ。


「『愛しとるで、夜食 〜Lovers of midnight snack〜』とか書いてあるぞ」

「何それ、ふざけてるの?」

「いや本当に皿の裏のところに書いてあるんだよ」

「おっちゃん、ふざけたことをたまにする人だから、本気で信じちゃいそうだったよ」


 ふざけてない、本当のことだ。本当に書いてある。こいつまさか、見えてないのか?

「だから書いてあるんだって」

「本当なの?これで嘘とか言ったら、【ジェイデンアローラ】で細切れにするから」

 槍で細切れって、何本打つ気なんだこいつは。包丁で細切れの方が幾つか楽な気がする。


「嘘じゃない、本当に書いてあるんだって、小さく」

「あ、本当だ、こんなに小さく書いてあるの、よく見つけたね」

「小さいものを見つけるのは慣れているからな」

 研究職だったから、小さいものを見慣れていただけなのだがな。


「皿を元に戻す魔法とかない?」

「ある訳ないだろ。魔法ならレンナの方が圧倒的に得意なはずだ」

「そりゃそうだけど、どうしよう」

 レンナの背後には悪魔をも彷彿とさせる恐ろしい雰囲気が漂っていた。一体あのおっちゃんを怒らせると、どれだけ怖いのだろうか。少なくとも一緒に生活できるくらいには、普通の人なのだろうが。ハルカへのデレ具合のせいで、少しイメージが凝り固まってしまっているようだ。


「あ!そうだ。この街には、料理関係の器具とか、そういう日常的なものを作ってる工房があるわ。そこにはヘラとか鍋とか、いろんな料理器具もあるし、たまに雷の精霊の照明とかも作って売ってたりするから、何かと便利なのよ」

「何を言うかと思えば。その工房にこんな変なこと書いてある皿ないかとでも聞くつもりか」

「行ってみないとわからないじゃない!」


 あったら腰抜かして倒れるだろう。『愛しとるで、夜食 〜Lovers of midnight snack〜』なんて、言うことも聞くことも普通ない。半ば厨二病的な語感が、毎日使おうという気を失せさせる。第一レンナが、「ふざけたこと」とか言っていただろうに。


「今から行くのか?」

「いや今日は、前夜祭だから臨時休業でしょうね」

「じゃあ、どうするんだよ」

「間に合わないわね。レドルアにも聞いてみようか」


 こんなに自由な会話をしてしまうと、“しりとりコミュニケーション“にも精が出ない。だってものすごく面倒臭いし、絶対何か頭に枕詞みたいなのをつけないとしりとりにならないし、「る」とか来た日にはほぼ何も返せないし、三人以上とかで話すと、重ねて何か話すこととかができないから、すぐにしりとりできないと会話すらままならないし。

 大量の愚痴が口から漏れ出そうであるが、堪えた。しかし以前として、“しりとりコミュニケーションなんてしたいわけがない。


「あまり気は乗らないけどな。何か精霊術で解決できるのか?」

「土の精霊術なら治療の力でなんとかなるかも知れない。とりあえず聞いてみるのよ。ムスカル爺に怒られるのだけはごめんだわ。あなたも来ることよ。あなたもまだこの家に来てから、少ししか経ってないんだからね」

「しりとりは嫌だよ」

「慣れなさい。それにクライスは精霊術あまり知らないでしょう。この前、雷の精霊術の話とかしたけれど、あれだって実際には見ていないんだから。魔法使いと精霊術師は大体一緒で行動することが多い」


 レンナが饒舌になったと思うと、急に耳元に口を当てて、隠密に話しかけてきた。

「この世界を抜け出すのなら、戦闘能力は必須事項よ。精霊術師との連携をするのも立派な戦闘能力よ」


「話が突然だな。わかったから。確かに精霊術は雷の精霊の話とか、少し齧ってるだけで、実際のところはあまり知らないからな」


「みんなが起きてきたら、この話をしようね。その後【ラッセンブル】を教えてもらうことにするわ」


 結局皿洗いは教えないといけないそうである。治療してくれたのはありがたいが、その間のトラブルやなんやでチャラにしてほしいぐらいだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ