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神、降臨  作者: 楼陽
第一章 『砂漠色の遊戯』
20/22

第一章 World.20 クライス、虫声共有者

 寝起きで寝る前のことがまだ思い出せていない。確か風呂場で倒れたレンナとまだ鎖で繋がっているから、俺のベッドに連れてきたんだよな。




「どうもしてない。大丈夫だよ」


 いや、これは夢だろう。とうとう、しりとりを忘れて自由に話せる明晰夢を見るまでに、うしろめたく感じるようになってしまったか。

 見てしまうのも無理はない。話すだけで苦労し、意思疎通が取れなくなるかもしれない恐怖を抱えていれば、尚更鳥肌が立つ。

 突然、異世界に飛ばされたんだ。何もいいことなんてない。





「ねえ、クライス。起きてるんでしょう?目がちゃんと開いてるわよ」

 夢の中で赤髪の人が俺の肩を揺らしている。夢の中で体が揺れるなんて、外では一体何が起きているんだ。早く起きねば。


「いい加減、起きなさいよ!」

 レンナが、頬を一発叩いた。

 ちゃんと痛い。

 まさか夢ではないとでも言うのか?!

 本当に現実なのだとしたら、レンナは一体何者なんだ、もしや俺のことを狙っていた魔女はこいつなのではないか。いや、治療をしておいて、それはないな。


 クライスは寝呆けた勢いで、いやに物騒な事を口走りかける。




 唇が驚きと少しの恐怖感によって震えている。あの聡明そうな瞳の奥にあるものには、全く掴みどころがない。

「夢じゃ、‥‥ないのか?」

「夢じゃない、現実よ。やっぱりあなたも虫声が聞こえないのね」


 レンナに、虫声が聞こえないなんてありえない。この世界の住人は、しりとりを無視した言葉を、虫声としてノイズのように聞いてしまうのか、非常に嫌がる。

 最初にハルカと会ったときに、強烈な失礼なやつ扱いをされたのをよく覚えている。そして、レンナの弟であるレドルアは、黒猫と戦う前に俺の虫声を聞いていた。なぜ姉だけが聞こえるのだ。



「ごめんね。突然驚かす真似しちゃって。私は、虫声が聞こえなくて、ちゃんと言葉として聞き取れるの」


「この世界の住人、みんなが虫声しか聞けないはずじゃないのか」


「その通りよ。この世界の住人には、虫声にしか聞こえないわ」


「じゃあなんでレンナは、聞こえるんだ」


 神妙な空気が漂う。レンナという人物は、虫声が聞こえず、俺と同じ言葉を聞くことができる。その事実を受け入れたとしても、理屈が合わない。




 基本、言語というのは、生まれてから五年ほどの間には獲得して、以後それらが母語になる。その三年の間にしりとりの言語体系に住んでいたら、その人の母語は“しりとりコミュニケーション“となって、それ以外の言語は、新たに脳に学習させなければならない。

 母語取得の段階で、しりとりを無視した言葉は、言語ではなくなるため、虫声として聞こえるのだろう。その後、普通の言語に密接に触れ合う機会がなければ、虫声でなく聞くことはできない。


 要約すれば、この世界に生まれ育った人たちは、虫声を普通の言語として聞き取ることができないはずなのだ。

 だが、レンナは聞こえる。これは、つまりレドルアも経験していない幼少期を過ごしているということになる。






「前提が違うのよ」


「何を言っているんだ?」


「だから、私は



ーーーー『この世界では生まれ育っていない』



 おそらくあなたと同じ」


 まさかそんなことがあるというのか。俺よりも前に異世界に飛ばされた人がいるのか。いやでもそんな資料は見たことがない。それもこの人が、俺と八歳差なことを考慮したとしても、何年間も失踪していれば、ニュースに上がってくるはずである。


 とすると、下位世界同士で転移があったとしか考えられない。






「とにかく、私はこの世界を出て、会いたい人がいるの」


「奇遇だな」


「朝日で泣いてたのはきっと同じ理由だ、って言ったでしょう」

 あの時突然泣いた理由はこういうことだったのか。レンナの会いたい人が、どの世界にいるのかは全くわからないが、おそらく俺と同じように、引き離されたのだろう。


「でもこの世界を抜け出すには、精神教と何らかの接点を持たねばならないみたいだ」

 この世界の住人は、上にもっとたくさんの世界があることを知らない。それを主張する精神教は、オカルト宗教として避けられている。何を根拠に殺戮を起こすのかはわからないけれど、この世界で唯一世界列学に関わっているのだろう。


「そうね。この世界で、違う世界があることを肯定しているのは、皮肉にも精神教だけ。ならば、魔法の特訓をしなければ、接点作る前に木っ端微塵ね」


「どうしようか」


「行商が帰ったら、私が教えてあげる。その代わりに、私や弟も一緒にこの世界から脱出したい」


 レンナの顔には、強い決意が伺える。前のめりで話してくるものだから、会いたい人とは誰なのかなんて追求している暇はない。というかその意味もない。俺はノアに会うため、彼女は彼女にとっての愛すべき人に会いに行くため、ただそれだけだ。


「俺だって脱出したい、その協力者になってくれるというなら喜んで」


「これで契約成立ね。ただ色々頭がこんがらがってしまったわ。行商が帰った後に、ゆっくり話を進めよう!」

 随分とあっさり契約をしてしまった。ただの口約束だと言えば、それまでであるが、協力者ができるのはとてもありがたい。一人で知識もないのに精神教に乗り込む気はない。


「今日はとりあえず寝ないとだな」


 そういい二人は大きな共通点を教え合い、眠りにつくのであった。







 クライスは起きた。


 朝起きたら隣にレンナはいなかった。隣にレンナはいなかった、隣にレンナはいなかった?!

 レンナはどこだ、昨日まで鎖で繋がっていたはずだろう。いつの間に、まさか、攫われた?


 いや、そんな、黒猫に襲われてなお、悲劇に襲われるなんて考えられない。落ち着け⋯⋯、どこにいった、俺の鎖はないんだ。鎖がない?

 ふと腕を見ると、そこは大層綺麗であった。はあ、治ったのか。それで鎖が外れて、レンナが外に出たと。全くレンナに寝顔を見られたのは腹立たしい。


 鎖生活楽しめとか、レドルアが言っていたが、まるで生き地獄だった。風呂に入っている時なんて、本当に周りに何が話からなったから少し怖かったなあ。布団でも自由に寝れなかったからか、少し肩がゴリゴリ言っている。ただ、開放感からか、同時に肩が軽い。






 三日目の朝だ、と心に宣言した時、突然部屋のドアは開いた。

 誰だ、俺は咄嗟に【ジェイデンアローラ】の術式を生成する。


「一体何のつもり?あなた傷が治ったんだから、お祝いしにきたのに」


「治ったのはあなたのおかげでしょう?昨日切れた魔力もう復活してるのか」

 レンナは少し恥ずかしそうな顔をする。


「私の魔法は、治療の手助け、治療するのはあなた自身なの。それだけはよく理解しておいてちょうだい」


「わかった、わかった。ところで魔力は?」


 レンナは無駄に顔を伏せる。一体何があったというんだ。何か言えない事情でもあるというのだろうか。


「実は、⋯⋯その、⋯⋯あなたの魔力を使ったの」




 俺の魔力を使った?どういうことだ。魔力を俺から抜き取ったと?そんなことできたっけ。思い出せ、わずか四ヶ月程度の魔術の知識を。


 あ、ひとつあるな。え、でもまさか、はい?




 魔力吸い取る術って、接吻(マウストゥーマウス)だったよな。

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