第一章「接触」2
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助手席に座って、窓の外を見ながら、不機嫌な表情をしている。
何故不機嫌かと言うと、少し前の出来事に原因があった。そのことに、瑞樹は怒っていた。
座席の後ろから聞こえる笑い声。その中に、瑞樹を小馬鹿にする発言が聞こえてくる。どうせ、マイケルが悪口を言っているに違いない。暇があれば、瑞樹をからかってるのだ。それにマークも、余所見をして運転をするとか有り得ない。
元々目付きが悪いのに、眉間に皺を寄せて、何かを睨んでるかのような目付きをする。
「瑞樹ちゃん、そんな顔してないでよ。せっかくの可愛い顔が台無しだよ」
おずおずとしながら、マークは出来るだけ落ち着かせるように、言ってくる。
顔については、瑞樹自身も整ってると思ってるし、清楚な雰囲気を出している。特に自慢なのは、絹のように滑らかな黒髪だ。埃っぽいところに住みながら、ここまで維持するのは、とても大変なことだ。それにモデルのような身長に、スラリと伸びた手足。
そんな自分に自信を持っている瑞樹だが、一つだけ悩みがあった。
その悩みと言うのは――。
「可愛い顔ねぇ。たしかに、お嬢ちゃんは顔『だけ』は、可愛いよな。胸は残念だけど」
さっきからずっと、笑い転げていた男が、瑞樹に話しかけていた。
その口調は、完全に瑞樹を馬鹿にした感じだった。
「顔だけって、なによ! 失礼なこと言わないでよ。それに……残念って、どういうこと?」
「残念は残念だろ? 幾ら身長だけが、でかくなってもよ。胸がなぁ。それじゃまるで、小学生だぜ? と言うか、小学生以下だな」
マイケルの言葉に、瑞樹は茹でた蛸のように、真っ赤になっていく。瑞樹がコンプレックスに思っているのは、マイケルが言ったとおり、ぺったんこな胸のことだった。胸さえ気にしなければ、モデル並みのプロポーションなんだが、瑞樹にとって最重要課題は胸なのだ。
「まあまあ、瑞樹ちゃんは十六になったばかりだし、これから大きくなる『はず』だよ」
フォローのつもりだったんだろうが、それは瑞樹の逆鱗に触れるだけだった。
「どうせ、私は胸無しですよ! まな板で悪かったですね!」
瑞樹はへそを曲げて見せたが、それを爆笑しながら、マイケルは見ていた。
……どいつもこいつも、私の胸を馬鹿にしまくりやがって!
「盛り上がっているところ悪いんですが、ちょっといいですか?」
マイケルの横から、二十代の男性が顔を見せていた。マイケルと同じ白人男性だ。
たしか、この男性は……ライアンって言ったっけ。最近、傭兵隊に入ってきた新人よ。
「別に良いけど、どうしたんだい?」
「あの、今回の任務を内容を聞いてなかったもので、いきなりトラックに押し込められて」
「ああ、そうだったね。言うのを忘れてたよ。すまないね」
真新しい迷彩服を着込んで、それが初々しい。そんなことを思う瑞樹も、同じような格好をしている。年頃の女の子がする格好じゃないのは知っているが、意外と瑞樹は気に入っていた。
荷台にはもう一人いた。黙々と本を読んでいる。こっちはジョージ。ライアンと同じく新人だ。瑞樹はこの二人と仕事をするのは、初めてだった。
「今回の任務は施設の護衛だ。話によると、何者かに襲われると情報を得たので、俺たちに守ってくれと言うことだ。情報の真意が取れれば、大勢の仲間が来てくれるそうだ」
「情報が偽物なら、誰にも襲われないって事ですね?」
「そうなるな。できれば、情報が偽りであって欲しいものだよ」
マークが任務内容をかい摘まんで説明してくれた。さすが、副隊長だけある。 ライアンも説明に納得したのか、すぐに指定の座席に戻った。
「でも、先発でお父さんたちが行ってるんでしょ? そんなに戦力が必要なの?」
「そう言えば、そうだよな。先発隊を含めて、全員が出動なんて不自然だぜ」
瑞樹の質問に、マイケルも乗っかってくる。たしかに、引っ掛かるものがあった。
その質問に考える仕草も見せないで、マークは即答で答える。
「新人の訓練を兼ねてのことだよ。瑞樹ちゃんも、再訓練させるって言ってたしね」
なんか耳の痛いことを言われた気がしたが、瑞樹は軽く無視を決め込んだ。
今更だが、瑞樹たちのやってる仕事は、傭兵と言うものだ。依頼主から代金を貰い、戦争を行う。日頃から死と隣り合わせの仕事だった。瑞樹は幼い頃から、父親代わりの隊長クラウスと一緒に、戦場を駆け回ったりしていた。
「なんか……今回はいろんな意味で、きつい任務だな」
荷台の二人を見ながら、マイケルは呟く。新人教育をするのは、マイケルの役目なのだ。
……たしかに、キツいかな。
再訓練――瑞樹の訓練を見るのはクラウス。隊長自ら、手ほどきしてくれる。娘だからもあるが、瑞樹にとって良い迷惑だった。クラウスは殆ど化け物みたいな感じで、訓練の内容も他の隊員は誰一人ついて来れない。マークやマイケルでさえもだ。
それをほぼ毎日やらされて、一つクリアするとさらにキツい課題が用意される。
知らない間に、瑞樹の強さは女の子とは思えないほどになっていた。元々、身体能力が高いのもあったのもあるが、それでも鬼の訓練についていけるのは、自分でも凄いと思っていた。
最近は、それから解放されていたのに、またやると思うと、凄く憂鬱だった。
落ち込んだ気分を何とかしようと、瑞樹はマークに話題を振ることにした。
「そういえば、マークのところの息子さんは、元気にしているの?」
唐突に息子の話を振られて、戸惑う表情をするマーク。
すぐにいつもの笑顔を瑞樹に見せて、話を始めてくれる。
「凄い元気だよ。瑞樹ちゃんには負けるけど、やんちゃで困ってるよ」
「なんか引っ掛かるけど、たしか、今年で十歳になるんだよね?」
「よく覚えていたね。来月で十歳になるんだよ。あ! そうそう」
何かを思い出したかのように声を上げると、胸のポケットから何かを取り出して、瑞樹の顔の前に突き出してきた。見てみると、写真だと気づいた。
「これって、マークの家族? 前に見たときは小さかったのに、大きくなったね」
写真にはマークと、マークの奥さん、それとマークの息子が写っていた。マークの息子は褐色の肌にチリチリの髪の毛、顔もなんだかマークに似てきている。特に優しそうな目元がそっくりだった。とても幸せそうな、家族の写真を見せてもらった。
「すぐに瑞樹ちゃんの身長なんか、抜いちゃうよ。将来はサッカーの選手になるとか言って、毎日外でサッカーボールを蹴って遊んでるんだよ」
いつも優しい顔をしているが、子供の話をしている時が一番優しい顔をしている。マークは大事そうに、写真を胸のポケットに戻す。マークにとって、大事な宝物なんだろう。
「今回の任務が終わったら、息子とサッカーを見に行く約束をしてるんだ」
「おいおい、また、マークの息子自慢かよ。そう言えば、俺にも息子があるけど、お嬢ちゃんも見てみるか? 今はちょっと小さいがな」
「え? マイケルにも息子がいるの! 初耳だけど……」
「ここにいるぜ。生まれてからずっと一緒の、息子がな」
「生まれてから、ずっと? え? え? ……あ!」
マイケルの下品なジョークに気づくと、瑞樹は頬を朱色に染めていく。
そして、わなわなと右拳を握りしめると、瑞樹は振り向いた。マイケルの方へ。
「げ、げ、下品にゃ事を、言うにゃーーー!」
ぱちん。
見事な右ストレートが、マイケルの顔面を捉える。プロの傭兵でもよけられない速度だったのか、的確に顔の中心を拳がめり込んでいた。
「いてえぇなぁ! うあぁーー! 鼻が……鼻が……曲がった!」
あらぬ方向に曲がった鼻を押さえて、マイケルは喚きまくっている。うるさくて仕方なかったが、それを瑞樹は満足そうに見ていた。いつもの、お返しと言わんばかりの顔で。
両方の鼻の穴から、おびただしい量の血を噴き出しながら、マイケルは何とか立ち上がる。
「なかなかのパンチだったが……俺には……効かないぜ……ぐふっ」
そう言って、荷台に大の字になって倒れる。マイケルだし大丈夫だから、瑞樹は無視をした。
「そうだ、言ってない事があったんだ。この先にあるガソリンスタンドで休憩するよ」
「やった! レストランとかあったら、食事がしたい! お腹が減ったし!」
瑞樹は両手を上げて、喜ぶ。アイドルも顔負けな、可愛い笑顔を作っていた。
「また飯を食うのかよ。寝る前にも、大量に食ってたろ?」
「そんなの、とっくに消化しちゃったよ! 私はお腹が空いているのよ!」
そんな事を言っている瑞樹の足元には、大量のお菓子の箱や袋が捨ててあるゴミ箱があった。
「あま、たしかに休憩は俺も賛成だが、他にも用事があるんだろ?」
「そうだ、出発の時に隊長に言われてな。そこで、人を拾うことになっている」
「人を? なんだ、待ち合わせでもしてるのか?」
「ああ、誰かは聞いてないが、任務には必要な人らしいぞ。施設に大事なものがあって、それを手に入れるために行くらしいという話だ」
なんか胡散臭い話を始める。施設に大事なものがあって、それを手に入れる。泥棒の片棒を手伝わされてるとか考えてたことを思わず、瑞樹は口に出していた。
「泥棒ねぇ。たしかに俺らは金さえ貰えば大抵なんでもするが、さすがに泥棒はなぁ」
マイケルは否定的なことを言う。確かにそうだ。瑞樹たちの傭兵隊は、ちゃんとした企業からの仕事しか引き受けない。と言うが、隊長のポリシーだそうだし。
「まあ、ガソリンスタンドに着けば、分かるよ。それまでガソリンが持てば良いが」
さらりと、マークが怖いことを言う。こんな砂漠の真ん中で、ガス欠になったら……。
「予備のガソリンとか無いの? 砂漠の真ん中で、干物になるのは嫌だよ」
「すでに胸が干物じゃねえかよ」
思わず殴りそうになるのをグッと我慢する。大人な自分を誉めてあげたい。
マイケルがうるさいので、話題を戻すことにした。
「施設にある大事な物って、なんだろうね?」
突然の瑞樹の言葉に、二人は黙ってしまう。
何かを考えているようで、少しの間、静寂が車内を包む。その静寂を破るように、凄く真面目な顔をしたマイケルが、口を開き始めた。
「無修正ポルノとかじゃねえの?」
「にゃーーーーーーーーーん!」
トラックの中から、顔を引っ掻く音と、男の凄惨な悲鳴が聞こえてくるのであった。




