後編
「まぁ、愚かな選択をした教会の連中はどうでもいい。いつものことだ。それより、”あの時”ってなんだ?」
「あの時?」
「聖杯の話をした時に言ってたろ」
「――あぁ」
巡礼の旅については、イザベラが教会に使った奇跡を含めて報告していたはずだが、アレが聖女の監視が目的だったのなら、詳細については知らされていないのかもしれない。
それか、あんな小さな村は、教会にとって、興味がなかったのか。
クリミナとシエルに、先程のグラスへの奇跡が、巡礼の旅の途中で見た、イザベラの奇跡の真似であることを伝えれば、ふたりはそれぞれ納得したような声を漏らした。
「なるほど。それは確かに、黄金の君らしい」
「なるほどな……さっきのは、教本があったわけだ」
「う゛、そうだけどさ……」
だが、はっきり言われるのは、少し傷つく。
イザベラの気持ちを全て理解できるわけではないし、あの時は、イザベラなんかではなく、自分の怒りに任せて、イザベラの真似をしてしまった。
そのために、奇跡まで使ってしまった。
それを思い出しては、また気が重くなってくる。
「まぁまぁ……逆に、あの場で奇跡を使ったからこそ、黄金の君の健在を、周辺諸国へも印象付けることができた。これについて、国王も教会も意見は一致していたから、気に病む必要はないだろう」
フォローしてくれるシエルに礼を言いながら、なにやら地図を開いているクリミナに目をやる。
「その村はどこだ?」
「まさか、グラスを取ってくるとか言わないよな……?」
あの村にあるグラスは、イザベラが起こした奇跡で、ドッペルのものとは違う、正真正銘の聖杯だ。
今も変わらず、あの村を救っているはずだ。
もし、クリミナが実験のためだと、その聖杯を奪おうとするなら、絶対に村の場所は教えない。
アレは、イザベラが救った村だ。
自分のせいで、その奇跡を壊したくない。
「……奪うつもりはない」
全く信用できない。
そもそも信用できる要素がない。
「信用がないな。今まで、私に散々助けてもらったというのに」
大きくため息をつくクリミナに、少しだけ罪悪感もある。
「……いや、そんなに助けてもらったか?」
助けてもらったことには違いない。
実際、この魔女がいなければ、既に何かしらのボロが出ていただろうし、国王や教会との協力の取り付けにも、協力はしてくれた。
素直に感謝しにくいが。
「疑わなくても、ただ聖杯から精製された水に、瘴気を浄化する力があるのかを確認したいだけだ」
瘴気を払うのは、聖職者たちの祈りだけだ。
それ故に、聖職者が多く住まうセント・バルシャナ聖国は、小国ながらも、権力を持つことができている。
そして、その聖職者たちの中の頂点である聖女。
聖女が行う祈りの浄化は、圧倒的な力を持つ。それこそ、病を治す祈祷術の同等の存在であり、奇跡の次に、聖女の証明ともいえる力だ。
「もし、その力があるのなら、お前でも聖女の仕事である浄化の仕事を行えるようになる」
イザベラを偽るにも、ずっと説法だけというわけにはいかない。
時には、瘴気の浄化などの仕事も行わなければ、聖女としての信用問題にもなる。
教会にも、力が弱まっていることは伝えているが、完全に使えないとは言っていないため、不信感を抱かれないためにも、多少は聖職者の仕事をする必要もある。
その時に、必要となる力だ。
「病気の方は…………なんとかするとして、浄化の方が、これで解決するなら、話が早い」
妙な間はあったが、クリミナの言う通り、瘴気の浄化を偽れるようになるのは大きい。
「けど、それって、そこのフラスコの水で実験するんじゃダメなのか?」
村は遠いし、毎回、水を分けてもらいに行ける距離ではない。
使う頻度の事を考えれば、目の前のフラスコの水の力を確認する方がいいはずだ。
「もちろん、こちらでもやるが、向こうは、イザベラの奇跡だ。効果に差があっては、疑われるかもしれないだろう」
あの村の聖水とここにある聖水で、効力に大きな違いがある。
もしそんなことがあれば、教会は、偽物の奇跡を疑うかもしれない。
ただでさえ、数ヶ月程度の交流だった、イザベラを偽るなどという無茶をしているのだ。
些細な違和感すら覚えさせたくない。
「灰被りの君」
静かに諭すようなシエルの声が、クリミナに発される。
「それはよくない」




