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異世界から来た侯爵令嬢  作者: ビルボ
第二話 「仕立てられた距離」
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仕立てられた距離 4






 作業を終えた後、水城はレストランに電話をかけて予約を取り、久良羅と目白通りを歩き始めた。


 目白駅にほど近い、小さな店だった。


 深い赤色の扉が街灯に照らされ、看板には「ビストロ・リュバン」とある。


 水城が扉を開け、久良羅が先に入るのを待った。


 砂色の壁に、飴色の木のテーブル。窓際の席には、小さな酒瓶に花が一輪挿してあった。


 上着を脱いで席に着くと、久良羅は布のナプキンを膝に広げた。細い縁の縫い目に、つい指が触れる。


「そこ、気になる?」


 向かいで水城が笑っていた。


「すみません。縁がきれいに縫われていたので」


「僕も最初に見た」


 店員がメニューを持ってきた。


 水城は久良羅に苦手なものがないかを聞き、前菜を一皿取って二人で分け、主菜はそれぞれ選ぼうと提案した。


「お酒は飲める方?」


 水城が尋ねた。


 久良羅は酒には強かったので、うなずいた。


 二人は白ワインを一杯ずつ頼んだ。


「じゃあ、乾杯しようか」


「何にいたしましょう」


「今日、試作が一歩進んだことに」


 グラスを持ち上げる彼の指には、細かな傷があった。


 久良羅もグラスを上げた。


「では、完成する日に、もう一度」


「うん」


 水城は、その約束を確かめるようにうなずいた。


 焼いた野菜とヤギのチーズの温かな前菜が運ばれてきた。


 取り皿に分けると、葉の下から湯気が立った。


 久良羅は一口食べて、目を細めた。野菜の甘みに、チーズの酸味が重なる。


「おいしいです」


「よかった」


 水城も食べ始めた。


 さっきまで衣装ばかり見ていた水城が、今は久良羅が話すたびに目を向けてくる。


「こういった衣装作りは、いつからなさっているんですか」


「祖母が仕立ての仕事をしていて、小さい頃からずっと布が身近にあったんだ」


 初めは端切れをもらって遊んでいたという。やがて服そのものへ興味を持ち、大学で服飾を学んだ。


「卒業して舞台衣装の会社に入ったんだけど、昔の服も作りたくなって。それで研究会に入ったんです」


「お仕事でも、お休みの日にも服を作ってるんですか」


「そう言われると、他に何もしてないな」


「好きなことを続けられるのは、素敵です」


 彼は答えず、パンを小さくちぎった。


 前世の家にも職人が出入りした。けれど、どうしてその仕事を選んだのか、尋ねたことはなかった。


 目の前の人のことは、もっと聞いてみたかった。


 久良羅には白身魚、水城には鴨の料理が届いた。


 魚は香ばしく焼かれ、その下には白ワインとバターのソースが敷かれている。


 久良羅は魚を小さく切り分け、ソースを絡めた。


 料理を運ぶ順番を心配しなくていい。


 誰かの杯が空いていないか、部屋中を見回す必要もない。


 自分の皿が温かいうちに食べられる。


 それだけのことが、久良羅にはひどくぜいたくに思えた。


「今日、最初に作り方を聞いてくれたでしょ」


 水城が言った。


「うれしかった」


 久良羅はナイフを止めた。


「形が違うっていうのは、自分でも分かってたんだ。でも、何をしたかったのか聞いてもらえて、一緒に考え直せて、助かった」


 一瞬、前世の光景が脳裏をよぎった。


 あの職人に、同じことを言ってもらえる日はもう来ない。


 謝った後、彼が何を思ったのかも知らないままだ。


 それでも――。





「久世さんは、誰にああいう立ち居振る舞いを教わったの?」


 久良羅は少し考えた。


「厳しい人たちでした。服だけではなくて、人の前に立つときのことを、いろいろ教わりました」


「なるほどね」


 水城はそれ以上、尋ねなかった。


「でも、きついところは言ってください。久世さんはきれいに着てくれるから、あらが隠れてしまうから」


 久良羅は彼を見た。


 我慢して形を保つことなら、慣れていた。それをしなくてよいと言われると、少し困った。


「分かりました。気づいたことは、お伝えしますね」


 水城はうなずき、また食事を始めた。


 皿が下がると、デザートのメニューが運ばれてきた。


「まだ時間、大丈夫?」


 久良羅は時計を確かめた。


「はい。タルトが気になります」


「僕もそれにしようかな」


 もう少し、ここにいたかった。


 温かいりんごのタルトが来る頃には、水城は祖母の裁縫箱の話をしていた。久良羅が笑うと、彼も笑った。


 店を出た後、水城は駅まで送ってくれた。


「今度は、衣装の相談がなくても誘っていいかな」


 改札の手前で、久良羅は彼を見上げた。


「私でよければ」


「久世さんがいいです」


 静かに言われて、返事が遅れた。


 頬が熱かった。


「あの……では、また」


 ようやくそれだけ言うと、水城は微笑んだ。


 改札を通って振り返ると、彼はまだこちらを見ていた。






 帰り道。


 夜の街の明かりが、優しく感じられた。


 世界に祝福されているような気がして、久良羅は小さく鼻歌を歌った。

 

 うっかりすると、ステップを踏んでしまいそうだ。


 クララの感覚だと「淑女のたしなみ」が気になるところだが、構うものか。


 こんな時くらい、浮かれてもいいではないか。






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