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異世界から来た侯爵令嬢  作者: ビルボ
第二話 「仕立てられた距離」
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仕立てられた距離 3






 水城は胸元の布をどこで留め、どこを動かすつもりなのかを説明した。久良羅が思っていたより、ずっと多くの工夫が隠れていた。


「でしたら、胸元を緩めるのは違いますね」


「そう。そこを緩めると、立っていても浮くんだ」


 久良羅はもう一度腕を前へ出した。


「肩の後ろが、ここで張ります。もう少しゆとりがあれば、物を受け取りやすいのですが」


 水城が背後へ回った。


「肩に触れてもいい?」


「どうぞ」


 布の上から指先が添えられた。久良羅は言われるまま片腕を動かした。


「なるほど。それだけの問題じゃないのか」


 水城はノートにメモした。短い言葉で岩崎と相談し、久良羅がいったん衣装を脱いでから調整することになった。


 久良羅が普段着に戻ると、衣装はすでに裏返されて机に置かれていた。


 水城が縫い目の一部をほどき、残してあった縫い代を調べている。


「直せそうですか」


「ちょっと試してみます。教えてくれて助かった」


 彼はそう言って針を取った。


 春菜が隣で画集をもう一度開く。


「もう完成かと思っていました」


「着るものだからね。写真が欲しいだけなら、AIで加工すればいいんだし」


 針を動かし始めると、水城は静かになった。


 久良羅は岩崎と春菜と一緒に布や道具を整理した。


 しばらくして、戸が軽くたたかれた。


「休憩しませんか。試食に協力してほしくて」


 榊原が盆を持って立っていた。小さく切ったパンに豆の煮込みを添えた皿が並んでいる。


「はい、どうぞ」


 榊原がみんなに配って回り、久良羅にも一皿渡した。


「ぜひ、率直な感想をいただきたいな」


 皿を受け取るときに、指先が軽く触れた。


 彼と目が合っていた時間が少しだけ長かったように、久良羅には思えた。


 煮汁を少し含ませて食べたパンは温かかった。


 そのことを感想として伝えた。


 水城にも皿を渡した榊原は、縫いかけの衣装に目を留めた。


「次の宴は、ますます立派になりそうだな」


 榊原はみんなの感想を聞くと、戻っていった。






 二度目の試着では、腕を前へ出しても、先ほどのような強い張りはなかった。


 水城は久良羅の感想を聞きながら、胸元の留め位置も確かめた。


「また、杯を受け取ってみてくれる?」


 春菜が杯に見立てた紙コップを差し出す。


 久良羅はそちらへ向き直り、半歩近づいた。肩を上げず、肘を軽く曲げて受け取る。


 礼を言って下げた手が、自然に胴の前で落ち着いた。胸元は大きく崩れなかった。


 続いて裾を足元からよけて腰を下ろす。青緑の布が椅子の周囲へ広がった。


「同じ服なのに」


 春菜が画集から顔を上げた。


「絵の中の人が動いてるみたいです」


 久良羅は照れて笑った。


 見慣れない服を着たときの緊張は、もう消えていた。


 岩崎が白と金の頭飾りも持ってきた。


「夫人の肖像に合わせた方も試してみましょうか」


 岩崎が髪をまとめる間、久良羅は静かに待った。


 水城は額の上の位置を確かめ、最後の布を整える前に手を止めた。


「ここも触れていい?」


 うなずくと、指がこめかみの近くへ来た。布に隠れるはずの髪が一本、そっと収められる。


 近くで見る琥珀色の瞳は、思ったより優しかった。


 久良羅は鏡へ視線を戻した。


 額の周りが整い、顔の印象まで変わっている。


 ドレスももちろん素晴らしかったが、こうして見るとやはり頭飾りがあった方がしっくりくる。


 水城は黙っている。


「水城さん?」


「……よく似合ってる」


 姿見越しに目が合った。


 彼は少しして、手元のノートへ視線を戻した。


「今日は仮縫いだから、仕上げたらまた来てほしい」


「喜んで」


 答えると、彼の口元がわずかに緩んだ。


 着替えを終え、みんなで掃除をし、机を元へ戻した。


 保管箱をレンタルボックスへ返すころには、空の色が変わり始めていた。


 岩崎と春菜を見送り、駅へ向かおうとすると、水城に呼び止められた。


「この後、時間はありますか」


「何でしょう?」


「お礼もしたいけど、もう少し話をしたくて。夕食、一緒にどうですか?」


 久良羅は、まだ衣装の相談があるのかと思った。


 それでも、誘われたことはうれしかった。







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