仕立てられた距離 3
水城は胸元の布をどこで留め、どこを動かすつもりなのかを説明した。久良羅が思っていたより、ずっと多くの工夫が隠れていた。
「でしたら、胸元を緩めるのは違いますね」
「そう。そこを緩めると、立っていても浮くんだ」
久良羅はもう一度腕を前へ出した。
「肩の後ろが、ここで張ります。もう少しゆとりがあれば、物を受け取りやすいのですが」
水城が背後へ回った。
「肩に触れてもいい?」
「どうぞ」
布の上から指先が添えられた。久良羅は言われるまま片腕を動かした。
「なるほど。それだけの問題じゃないのか」
水城はノートにメモした。短い言葉で岩崎と相談し、久良羅がいったん衣装を脱いでから調整することになった。
久良羅が普段着に戻ると、衣装はすでに裏返されて机に置かれていた。
水城が縫い目の一部をほどき、残してあった縫い代を調べている。
「直せそうですか」
「ちょっと試してみます。教えてくれて助かった」
彼はそう言って針を取った。
春菜が隣で画集をもう一度開く。
「もう完成かと思っていました」
「着るものだからね。写真が欲しいだけなら、AIで加工すればいいんだし」
針を動かし始めると、水城は静かになった。
久良羅は岩崎と春菜と一緒に布や道具を整理した。
しばらくして、戸が軽くたたかれた。
「休憩しませんか。試食に協力してほしくて」
榊原が盆を持って立っていた。小さく切ったパンに豆の煮込みを添えた皿が並んでいる。
「はい、どうぞ」
榊原がみんなに配って回り、久良羅にも一皿渡した。
「ぜひ、率直な感想をいただきたいな」
皿を受け取るときに、指先が軽く触れた。
彼と目が合っていた時間が少しだけ長かったように、久良羅には思えた。
煮汁を少し含ませて食べたパンは温かかった。
そのことを感想として伝えた。
水城にも皿を渡した榊原は、縫いかけの衣装に目を留めた。
「次の宴は、ますます立派になりそうだな」
榊原はみんなの感想を聞くと、戻っていった。
二度目の試着では、腕を前へ出しても、先ほどのような強い張りはなかった。
水城は久良羅の感想を聞きながら、胸元の留め位置も確かめた。
「また、杯を受け取ってみてくれる?」
春菜が杯に見立てた紙コップを差し出す。
久良羅はそちらへ向き直り、半歩近づいた。肩を上げず、肘を軽く曲げて受け取る。
礼を言って下げた手が、自然に胴の前で落ち着いた。胸元は大きく崩れなかった。
続いて裾を足元からよけて腰を下ろす。青緑の布が椅子の周囲へ広がった。
「同じ服なのに」
春菜が画集から顔を上げた。
「絵の中の人が動いてるみたいです」
久良羅は照れて笑った。
見慣れない服を着たときの緊張は、もう消えていた。
岩崎が白と金の頭飾りも持ってきた。
「夫人の肖像に合わせた方も試してみましょうか」
岩崎が髪をまとめる間、久良羅は静かに待った。
水城は額の上の位置を確かめ、最後の布を整える前に手を止めた。
「ここも触れていい?」
うなずくと、指がこめかみの近くへ来た。布に隠れるはずの髪が一本、そっと収められる。
近くで見る琥珀色の瞳は、思ったより優しかった。
久良羅は鏡へ視線を戻した。
額の周りが整い、顔の印象まで変わっている。
ドレスももちろん素晴らしかったが、こうして見るとやはり頭飾りがあった方がしっくりくる。
水城は黙っている。
「水城さん?」
「……よく似合ってる」
姿見越しに目が合った。
彼は少しして、手元のノートへ視線を戻した。
「今日は仮縫いだから、仕上げたらまた来てほしい」
「喜んで」
答えると、彼の口元がわずかに緩んだ。
着替えを終え、みんなで掃除をし、机を元へ戻した。
保管箱をレンタルボックスへ返すころには、空の色が変わり始めていた。
岩崎と春菜を見送り、駅へ向かおうとすると、水城に呼び止められた。
「この後、時間はありますか」
「何でしょう?」
「お礼もしたいけど、もう少し話をしたくて。夕食、一緒にどうですか?」
久良羅は、まだ衣装の相談があるのかと思った。
それでも、誘われたことはうれしかった。




