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異世界から来た侯爵令嬢  作者: ビルボ
第二話 「仕立てられた距離」
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仕立てられた距離 1






 久世(くぜ)久良羅(くらら)は、棚に並べた軍手をもう一度段ボール箱へ戻していた。


「だから、売れ筋を真ん中にドーンと置けばいいんだって」


 正社員の男性がプライスカードを指でたたいた。


 久良羅は作業用手袋の売り場を任されていた。本社が用意した棚割り表には、この店のレイアウトにぴったり当てはまるものがないので、アレンジが必要だった。


 久良羅は運搬用、農作業用、水仕事用などに分けて並べ、ポップも用意した。


 社員はその作業に口を挟んできた。


「整然と並んでる必要なんかないんだって。売りたいものを並べなきゃダメなんだ」


「はい、分かりました」


 久良羅は頭を下げた。


 社員が去った後、並び順をメモした紙を握りつぶして捨てた。


 頼まれたのは、自分で考えることではなかったらしい。


 軍手を段ボール箱に戻してしまえば、もう迷わなかった。


 仕事を終えてスマートフォンを見ると、岩崎から連絡が来ていた。日曜日の衣装部の集まりについてだった。


 前のイベントの片付けの時、新しく織ったリネンを見に来ないかと誘ってくれていた。まずは定例会で見せてくれるという。


 久良羅は参加すると返事をした。


 今度は自分も役に立てるだろうか。






 日曜日、豊島区目白の住宅街。


 待っていた岩崎は、台車の取っ手に両手を置いていた。


「ちょうどよかった。軽い方、お願いしていい?」


 傍らには、もう一台の台車がある。大きなプラスチックの収納箱がベルトで固定されていた。


 背後の敷地には宅配便の営業所と、灰色のブロック壁の倉庫を改装した建物が並んでいた。


 閑静な高級住宅街の中にも、こういう建物が紛れ込んでいるのが面白い。


 そのレンタル倉庫の扉から、背の高い男が最後の箱を運び出してきた。


 艶(つや)やかな長い黒髪、細く高い鼻筋、長いまつげ。目の虹彩はやや色素が薄く、琥珀色に見えた。


 ちょっと見たことがないレベルの美形だ。


 細身だったが、箱を下ろす手つきに危なげがなかった。


「水城さん、こちら、婚礼の宴で活躍した久世さん」


 岩崎が久良羅を青年に紹介した。


「水城(みずき)律(りつ)です。衣装を担当しています」


 彼は軽く会釈した。


 それを見て、前のイベントで新郎の高位貴族を演じていた人だと久良羅は気づいた。


「今日はよろしくお願いいたします」


 久良羅が取っ手を持つと、水城は箱を留めたベルトを確かめた。


「段差があります。そこだけ一緒に持ち上げましょう」


 彼は台車の前へ回り、こちらの準備ができるまで待っていた。


 つい、彼の顔を眺めてしまう。


 ふわふわと足元が頼りなく、喉から出る声が普段より高くなっているのを、久良羅は感じた。


 これまで、あまり芸能人に興味は持たなかったが、なるほど美形というのはこれほど影響力を持つのかと驚いた。






 数分歩くと、豊島区立目白文化会館に着いた。


 少し古びた三階建てで、入り口の掲示板には体操や合唱の案内が重なっている。


 エレベーターで二階へ上がると、会議室の前に「聖ゲオルク歴史研究会 衣装部」と出ていた。


 運営委員会は隣の部屋、料理部は廊下の先の調理実習室を借りているという。


 室内では、若い女性が長机を動かそうとしていた。


「あ、こんにちは。今月入った、岬春奈といいます。よろしくお願いします」


 大学一年生だという。


 久良羅が反対側を持ち、二人で長机を寄せた。


「イベント写真を見て入ったんです。ああいう服を一度着てみたくて」


 春奈は肩から滑った髪を耳にかけた。


「でも、最初から自分で作るとは思わなくて。針なんて家庭科以来です」


「私も初心者なんですよ」


「久世さんもですか?」


「前のイベントが初めての大きな催しでした」


 春奈の表情が少しほぐれた。


 久良羅は長机の脚がしっかり開いているか確かめ、春奈と顔を見合わせた。


「何から始めればいいか、一緒に教えてもらいましょう」






 衣装部の面々が、徐々に集まり始めていた。


 机の上に布が広がり、壁際に姿見と間仕切りが立てられた。ただの会議室が、見る間に別の場所になっていく。


 岩崎が箱のふたを開けた。


 色も厚さも違う布がたくさん詰まっていた。


「これ、全部衣装になるんですか」


 春奈の目が丸くなった。


「なる予定なの。予定ばっかり増えちゃってね」


 岩崎は笑った。


 日暮里の繊維街で、出物を見つけるたびに買い集めてきたのだという。


 別の箱には糸やひも、その隣には革の端切れが入っていた。


「それから、これが私が織ってきたやつ」


 岩崎が短い布を取り出した。


 久良羅は差し出された白いリネンに触れた。指を滑らせると、麻らしい硬さと透け感があり、涼やかだ。


「きれいです。ふきんにするには惜しいくらい」


「でしょ。何にしようか、それも相談したくて」


 久良羅と岩崎の話が終わってしばらくしたころ、水城が長い衣装箱から青緑のドレスを取り出した。


 それを見て、久良羅は息を止めた。


 深い水のような色。その胸元に白と金がのぞいている。


 水城がこちらを見ていて、目が合った。


「久世さん。これを着てもらえませんか」


 その言葉に、クララの感覚が不意に目を覚ました。


 美形の青年が、高位貴族に見える。


 であれば、彼は好ましい異性ではなく、潜在的な脅威だ。


 クララにとって社交は、大きな間違いをすれば一族の不利益につながるような真剣勝負の場だった。


 久良羅は骨盤をまっすぐに立て、頭頂部を引き上げるようにすっと姿勢を整えた。口元に、不敵な笑みが浮かぶ。







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