婚礼の宴 4
イベントが終わると、15世紀は少しずつ消えていった。
紋章旗が外され、白い卓布が畳まれる。銀食器(実際にはステンレスだったが)が箱へ戻され、皇帝は上着を脱ぎ、選帝侯は眼鏡をかけた。
久良羅も頭布を外した。
鏡に映ったのは、いつもの二十三歳の自分だった。
高校を出て就職し、すぐに辞めた。今はホームセンターでパートをしている。
それが久世久良羅だった。
けれど今日、自分はクララに戻っていた。
「久世さん」
振り向くと、岩崎が畳んだ布を抱えていた。
「今度、うちに遊びに来ない? 新しいリネンを織ったの」
「私が? ですか」
「織り方とか、縫い方は結構調べられるんだけど、実際の着こなしって、なかなかピンとこなくて」
向こうから樋口も声をかけてきた。
「次も裏方、頼むよ。席に座る役は誰でもできるけどさ、宴を回せる人は少ないから」
どうしてそんなことを知ってるのかと、誰も言わなかった。
ただ、次も久良羅がいる前提で話している。
それが、たまらなくうれしかった。
幼い頃、前世のことを口にして両親を困らせた。
学校へ行くようになると、言わない方が良いのだと覚えた。
「久世さん」
片付けがほぼ終わった頃、榊原が調理場から出てきた。
手には皿が一枚。
「これ、食べてよ。ほとんど今日、食べてないでしょう」
細かくばらしたローストポークを挟んだサンドイッチが載っている。
「いただいてよろしいのですか?」
「見てたら、お昼取ってるように見えなかったから」
「お客様をお招きすると、どうしてもそうなってしまうんですよね」
「はぁ。まるで本当のお姫様みたいだな」
「……いえ。ありふれた、侯爵家の娘です」
ぷっと榊原が吹き出した。
失敗したかなと思いつつ、久良羅はサンドイッチを一口食べた。
香辛料の香りが広がる。肉の味を消さず、その後ろに甘さと酸味が残った。
「美味しいです」
「本当に?」
「はい、とても」
「……そっか」
料理を褒められた男が、すごくうれしそうな顔をした。
「次も来る?」
「よろしいのですか?」
「もちろん」
「でしたら、喜んで」
久良羅が笑う。
榊原は視線をそらして、後頭部をかいた。
「あの、次もまた何か作って来るよ。それじゃ」
榊原はそう言って、そそくさと立ち去った。
妙に慌ただしい様子に、久良羅は首をかしげた。
もう一口、サンドイッチを食べる。
幼い頃から、自分の中には二人の人間がいるような気がしていた。
現代を生きる久世久良羅。
そして、遠い世界で十九年を生きたクララ・フォン・アイヒベルク。
そんな事を信じてもらえるはずがない。
けれど今日。
クララの知っていることを話せば、人が喜んだ。
クララのように振る舞えば、仲間に入れてもらえた。
ここなら、もう少しだけクララでいてもいいのかもしれない。




