婚礼の宴 3
お昼近くなって、ホテルの宴会場は、1475年になっていた。
皇帝フリードリヒ三世役の九条征一郎は、金糸の入った上着で、卓の最上位に座る。
向かいには新郎ゲオルク役、選帝侯アルブレヒト・アヒレス役が座った。
別室と見立てられた宴会場の反対側では、花嫁と高位貴族女性たちの宴も進んでいた。
久良羅は岩崎を手伝いながら、思わず見入っていた。
完全に同じというわけではない。
器の形も、衣装の細部も、前世とは違う。そもそもクララが生きていたのは、この地球の十五世紀ではない。
なのに、胸が弾んだ。
食卓の順序を気にしたり、細かなことを気にしても、ここでは笑われない。
「すみません、料理を出す順番が、少し変わります」
榊原が、召使い役たちがいる控え室に入ってくるなり言った。
「ローストポークの中心温度がなかなか上がらなくって」
そう説明して、彼は調理場へ戻っていった。
問題は、その後に起きた。
先に来た下位の卓に出す料理を、給仕役の青年が盆に載せ始めたのだ。
「こっち、先に出しますね」
久良羅は思わず、それを止めた。
「そのお料理は、まだお出しにならないでください」
青年が足を止めた。
「上のお席には、まだ次のお料理が参っておりませんでしょう」
「そうだけど、せっかくの中世料理が冷めてしまうし……」
「皇帝陛下のお席へ出す料理が、まだ来ておりません。それを差し置いて下位の卓へお料理を出すわけには参りませんわ」
言ってから、久良羅は周囲の視線に気づいた。
非貴族役の会員たちの目が、久良羅に集まっている。
またやってしまった。けど、もう遅い。腹をくくれ。
「まずいかな」
給仕青年は、迷っているようだった。
「少なくともこの宴では、式典長やランツフートのお家が皇帝陛下を侮辱したと取られかねません」
青年は、ぎょっとした顔つきになって盆を卓に戻した。
榊原が、また控室に来た。焦りが、顔に出ている。
「すいません。あと15分ぐらいはかかります。ホテルの調理人から許可がもらえなくて」
「衛生問題があれば、ホテルの責任だからね。仕方ないよ」
樋口が、そう言って榊原をなだめた。
「ちょっと、九条さんにお知らせしてきます」
榊原は、控室を出て、皇帝のいる主卓に歩み寄ろうとしていた。
久良羅には、あまりにも不作法に思えた。
気づけば、彼女は榊原の腕をつかんでいた。
「?」
少し、いらっとした様子で、榊原は久良羅を見た。
それを気にせず、久良羅は会場を見渡した。
料理が遅れているせいで、宴席の客たちの手元の皿が空き始めていた。
皇帝への給仕役を務める若手公子たちは、次の料理を待ったまま、所在なげに控えている。
「お酒をもう一度お願いできますか」
久良羅は、樋口に声をかけた。
「よし、心得た」
彼は、そう言って酒差しを手にとった。
「楽師の方々。もう一曲いけますこと? お料理がそろったところで、曲を締めていただければ」
中世の木製アコーディオンを抱えた楽師が、久良羅を見てうなずいた。
「……久世さん。いったい、君は……?」
驚いた顔で、榊原が久良羅を見た。
「皆様には、音楽とお酒を楽しんでいただきましょう」
久良羅はにっこりと微笑んで言った。
榊原は息をのみ、久良羅の顔を見つめた。
それから、ゆっくり深呼吸をした。
「すみません。ありがとうございます」
彼はそう言って、ちゅう房に戻っていった。
その後、遅れてローストポークが出てきたが、初めからそう決められていたかのように、粛々と皇帝の席へ運ばれていった。
その後、宴は順調に続くかのように見えたが、ある卓から一人の男性が立ち上がった。
「すみません。ちょっと暑くて、外します」
分厚い衣装で、気分が悪くなったらしい。
彼はバイエルン=ミュンヘン公アルブレヒト四世役だった。
控え室に入ると、椅子に座り込んだ。顔が赤い。
岩崎が手際よく、彼の衣装を緩めて、冷たい水を渡していた。
しばらくすると顔色も戻り、彼はしきりに席へ戻ろうとしていたが、岩崎がそれを止めていた。
「今日はそのまま衣装を脱ぎなさい。イベントはまたあるんだから、無理することはないわ」
樋口は他の会員とともに、アルブレヒト四世が抜けた卓をどうするか話し合っていた。
彼の卓は、序列で言えば第三位で、かなり高位だ。
そこの席が空いたままだと、イベントの動画や写真の映え的にどうなのか、という話をしている。
「弟のバイエルン=ミュンヘン公に、上の卓に移ってもらいますか」
ある会員がそんな提案をしていた。
「そのままに」
久良羅は思わず口を挟んだ。
「お席も、器もそのままでお願いします」
「でも、空いたままだとねぇ……」
「お酒を飲みすぎたりして席を外すことは、よくありますわ。それに、弟君の序列を上げるということが、周りからどのように見られるか、お考えになってくださいまし」
それを聞いて、古参の樋口がにやりとした。
「言われてみりゃ、そうだな」
ちゅう房でデザートの準備を終えてから、榊原は宴会場の様子をうかがった。
客役の会員たちは、とてもリラックスして、まるで本当にもてなされているようだった。
それから控え室に戻った榊原は、非貴族の会員たちが事あるごとに久良羅の意見を聞いていることに気づいた。
古参の樋口など、冗談めかして、
「お嬢、これはどうする?」
などと尋ねている。
自分は正直、料理にかかりきりで、宴の進行まで手が回らなかった。
この人が、この宴を取り仕切ってくれたんだ。
榊原はそう思った。




