婚礼の宴 2
久良羅が着替えを終わって会場へ戻ると、榊原が忙しそうに会場とちゅう房、料理を一時仮置きする控え室を往復していた。
彼はこの日のために、こん身の中世料理をこしらえているようで、その気合いの入りようは、はた目にも明らかだった。
今は控室に置かれた料理の皿に向かって作業をしている。
額にじわりとにじむ汗。繊細な盛り付けをする骨ばった長い指。
「お待たせいたしました。何をお手伝いいたしましょう?」
久良羅は、できるだけ落ち着いたトーンで、ゆっくりと話しかけた。
振り向いた榊原は料理に集中していて、久良羅に何を頼むか、一瞬忘れてしまったような気配があった。
「ああ、そうだ。席次を決めなければいけないんだ」
榊原は左右に視線を振って、机の上に投げ出した席札を見つけると、久良羅にそれを見せた。
「何しろ、だいぶ省略しちゃったからね。主賓になる第一卓は史実通りにやるんだけど、それ以外は、まあ順当に位が高い順番でいいかな、と思っている」
久良羅が事前に読み込んだ資料によれば、1475年の婚礼は、ランツフートの市を挙げて数日をかけて行われたという。その総参加者は一万人以上とも言われているらしい。
宴も男性と女性、それぞれ別の館で行われた。正確な人数ははっきりしないものの、貴族階級だけでも数百人が参加していたと考えられている。
聖ゲオルグ歴史研究会には、それほどの会員はいない。貴族役は、男女合わせて30名ほどに絞った。
今回の再現では、大広間を前後にわけ、前側を男性の宴、後ろ側を女性の宴と見立てて同時進行するらしい。そのため、式次第もかなりアレンジされている。
榊原は男性側の会場の一番端、ひと際高いところにあるテーブルを主卓と見立てて、そこに数枚の席札を置いた。
「まず神聖ローマ皇帝フリードリヒ三世。次に選帝侯にして式典長のアルブレヒト・アキレス。そして、新郎のゲオルク・フォン・バイエルン=ランツフート。あとは資料を見ながら、並べよう」
榊原は久良羅にそう言った。
聖ゲオルグ歴史研究会は、今回のイベントにあたり資料を作成した。それには、この宴に参加する貴族のプロフィールも詳細に記載されている。
久良羅と共に、いくつかの卓に席札を並べ終えた榊原が、次の札を見て少し迷った。
「この三兄弟は全員、バイエルン=ミュンヘン公って書いてあるな。ん? どういうことだろう。まあ、いいか。兄弟だし、同じテーブルにまとめよう」
そう言って並べ始めた榊原を、久良羅は呼び止めた。
「式典長や、バイエルン=ランツフート公は、長兄のアルブレヒト四世様と対立されているのですか?」
榊原はパンフレットを、あらためて確認した。
「いや、そんなことは書いてないみたいだけど。どうして?」
「パンフレットには、御長男のアルブレヒト四世様が、実際にミュンヘンを長年統治されたと書かれていました。弟様方は御自分たちにも統治権があると主張されましたが、その主張は裁定で退けられたとか。であれば、このお三方を同格として扱うことは、弟様方に肩入れをする意思表明と取られかねません」
久良羅は、パンフレットを事前に暗記するほど読み込んでいた。
それを聞いて、榊原が虚を突かれたような顔をした。
「な、なるほど……。分かった。弟二人は、もう一つ下位のテーブルにしよう」
「あと、気になったのですが……」
「な、何か?」
榊原は慌てたように尋ねた。
「皇帝陛下に、お食事を給仕する方はどちらでしょう?」
「皇帝陛下の給仕は、侍従役で一番年配の人に頼もうと思ってる」
榊原の答えに、久良羅は目を見開いて、口元を手で押さえた。
「あら。皇帝陛下に給仕するなんて名誉を、召使いの方に与えるんですか? いえ、それが当時の作法であるならば問題はないと思うのですが……」
「?????」
榊原が予想外の質問に目を白黒させていると、召使いの格好をした会員が口を挟んできた。
かなり年配の男性で、樋口というらしい。
「その件、ちょっと確認しようじゃないか」
そう言って、彼はスマホに語りかけた。
「1475年、ランツフートの婚礼で皇帝への給仕役は誰だった?」
スマホは直ちに、女性の声で回答をし始めた。
「選帝侯アルブレヒト・アキレスの息子フリードリヒ、新郎の姉の夫フィリップ。いずれも若い公子で、将来領国を継ぐとみなされている方です」
その回答に、樋口は満足そうにうなずいた。
「貴人への給仕は、当時は大変に名誉あることだと考えられていたんだ。決して、召使いにやらせればいいというものじゃない」
榊原はぽかんと口を開けた。
「そうなんですか……」
それから彼は久良羅を見た。
「久世さん。君は……」
だが、榊原が話し終える前に、ちゅう房から白衣を着た料理人が一人、走ってきた。
「榊原さん、次の料理見てください!」
「ああ、まったくもう……」
榊原は頭をかいて、ぼやいた。
「ごめん、ちょっとちゅう房に行かなければ。若手公子の席は、控え室から主卓に向かう動線に配置してもらっていいですか?」
榊原は、樋口と久良羅にそう言うと、小走りに去っていった。
久良羅は樋口と共に席札を並べていったが、そのかたわら、彼の所作に感心していた。
若い会員たちは、豪華な貴族の衣装にどこか着られている感が否めない。それに対して、召使い姿の樋口は、その身なりと振る舞いが不思議なほど調和していた。
立ち居振る舞いに無理がないのだ。
――前世にいても、おかしくない人ですわ。
久良羅は、懐かしい気分になった。
「お嬢さんは、今回、初参加かい? 悪くないなりだけど、頭布は欲しいねぇ」
彼の方から、声をかけてきた。
だいぶ気を遣った言い方をしてくれたのだと思う。何しろ、こちらはただのコスプレ衣装なのだから。
「岩崎さん! このコに、ちょいと頭布を見繕っちゃぁくれないかい?」
樋口が、これまた年配の召使装束の女性を呼んだ。
岩崎というそのベテランは、きっちりと頭布を巻いて髪を隠していた。額の生え際もそり整えているため、産毛の一本もはみ出していない。
岩崎に渡された頭布を、久良羅はさっと頭に巻いた。きちんと処理していないなりに、髪がはみ出さないように整える。
「ごめんあそばせ。次は、ちゃんとそって参りますわ」
久良羅が謝ると、岩崎は慌てて手を振った。
「いやいや! 若い子はそこまでしなくていいよ! 現代生活も大事にしてちょうだい!」




