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異世界から来た侯爵令嬢  作者: ビルボ
第一話 「婚礼の宴」
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2/12

婚礼の宴 2






 久良羅が着替えを終わって会場へ戻ると、榊原が忙しそうに会場とち(・)ゅ(・)う(・)房、料理を一時仮置きする控え室を往復していた。


 彼はこの日のために、こ(・)ん(・)身の中世料理をこしらえているようで、その気合いの入りようは、はた目にも明らかだった。


 今は控室に置かれた料理の皿に向かって作業をしている。


 額にじわりとに(・)じ(・)む汗。繊細な盛り付けをする骨ばった長い指。


「お待たせいたしました。何をお手伝いいたしましょう?」


 久良羅は、できるだけ落ち着いたトーンで、ゆっくりと話しかけた。


 振り向いた榊原は料理に集中していて、久良羅に何を頼むか、一瞬忘れてしまったような気配があった。


「ああ、そうだ。席次を決めなければいけないんだ」


 榊原は左右に視線を振って、机の上に投げ出した席札を見つけると、久良羅にそれを見せた。


「何しろ、だいぶ省略しちゃったからね。主賓になる第一卓は史実通りにやるんだけど、それ以外は、まあ順当に位が高い順番でいいかな、と思っている」


 久良羅が事前に読み込んだ資料によれば、1475年の婚礼は、ランツフートの市を挙げて数日をかけて行われたという。その総参加者は一万人以上とも言われているらしい。


 宴(うたげ)も男性と女性、それぞれ別の館で行われた。正確な人数ははっきりしないものの、貴族階級だけでも数百人が参加していたと考えられている。


 聖ゲオルグ歴史研究会には、それほどの会員はいない。貴族役は、男女合わせて30名ほどに絞った。


 今回の再現では、大広間を前後にわけ、前側を男性の宴(うたげ)、後ろ側を女性の宴(うたげ)と見立てて同時進行するらしい。そのため、式次第もかなりアレンジされている。


 榊原は男性側の会場の一番端、ひと際高いところにあるテーブルを主卓と見立てて、そこに数枚の席札を置いた。


「まず神聖ローマ皇帝フリードリヒ三世。次に選帝侯にして式典長のアルブレヒト・アキレス。そして、新郎のゲオルク・フォン・バイエルン=ランツフート。あとは資料を見ながら、並べよう」


 榊原は久良羅にそう言った。


 聖ゲオルグ歴史研究会は、今回のイベントにあたり資料を作成した。それには、この宴(うたげ)に参加する貴族のプロフィールも詳細に記載されている。


 久良羅と共に、いくつかの卓に席札を並べ終えた榊原が、次の札を見て少し迷った。


「この三兄弟は全員、バイエルン=ミュンヘン公って書いてあるな。ん? どういうことだろう。まあ、いいか。兄弟だし、同じテーブルにまとめよう」


 そう言って並べ始めた榊原を、久良羅は呼び止めた。


「式典長や、バイエルン=ランツフート公は、長兄のアルブレヒト四世様と対立されているのですか?」


 榊原はパンフレットを、あらためて確認した。


「いや、そんなことは書いてないみたいだけど。どうして?」


「パンフレットには、御長男のアルブレヒト四世様が、実際にミュンヘンを長年統治されたと書かれていました。弟様方は御自分たちにも統治権があると主張されましたが、その主張は裁定で退けられたとか。であれば、このお三方を同格として扱うことは、弟様方に肩入れをする意思表明と取られかねません」


 久良羅は、パンフレットを事前に暗記するほど読み込んでいた。


 それを聞いて、榊原が虚を突かれたような顔をした。


「な、なるほど……。分かった。弟二人は、もう一つ下位のテーブルにしよう」


「あと、気になったのですが……」


「な、何か?」


 榊原は慌てたように尋ねた。


「皇帝陛下に、お食事を給仕する方はどちらでしょう?」


「皇帝陛下の給仕は、侍従役で一番年配の人に頼もうと思ってる」


 榊原の答えに、久良羅は目を見開いて、口元を手で押さえた。


「あら。皇帝陛下に給仕するなんて名誉を、召使いの方に与えるんですか? いえ、それが当時の作法であるならば問題はないと思うのですが……」


「?????」


 榊原が予想外の質問に目を白黒させていると、召使いの格好をした会員が口を挟んできた。


 かなり年配の男性で、樋口というらしい。


「その件、ちょっと確認しようじゃないか」


 そう言って、彼はスマホに語りかけた。


「1475年、ランツフートの婚礼で皇帝への給仕役は誰だった?」


 スマホは直ちに、女性の声で回答をし始めた。


「選帝侯アルブレヒト・アキレスの息子フリードリヒ、新郎の姉の夫フィリップ。いずれも若い公子で、将来領国を継ぐとみなされている方です」


 その回答に、樋口は満足そうにうなずいた。


「貴人への給仕は、当時は大変に名誉あることだと考えられていたんだ。決して、召使いにやらせればいいというものじゃない」


 榊原はぽかんと口を開けた。


「そうなんですか……」


 それから彼は久良羅を見た。


「久世さん。君は……」


 だが、榊原が話し終える前に、ち(・)ゅ(・)う(・)房から白衣を着た料理人が一人、走ってきた。


「榊原さん、次の料理見てください!」


「ああ、まったくもう……」


 榊原は頭をかいて、ぼやいた。


「ごめん、ちょっとち(・)ゅ(・)う(・)房に行かなければ。若手公子の席は、控え室から主卓に向かう動線に配置してもらっていいですか?」


 榊原は、樋口と久良羅にそう言うと、小走りに去っていった。


 久良羅は樋口と共に席札を並べていったが、そのかたわら、彼の所作に感心していた。


 若い会員たちは、豪華な貴族の衣装にどこか着られている感が否めない。それに対して、召使い姿の樋口は、その身なりと振る舞いが不思議なほど調和していた。


 立ち居振る舞いに無理がないのだ。


 ――前世にいても、おかしくない人ですわ。


 久良羅は、懐かしい気分になった。


「お嬢さんは、今回、初参加かい? 悪くないな(・)り(・)だけど、頭布(ずきん)は欲しいねぇ」


 彼の方から、声をかけてきた。


 だいぶ気を遣った言い方をしてくれたのだと思う。何しろ、こちらはただのコスプレ衣装なのだから。


「岩崎さん! このコに、ちょいと頭布(ずきん)を見繕っちゃぁくれないかい?」


 樋口が、これまた年配の召使装束の女性を呼んだ。


 岩崎というそのベテランは、きっちりと頭布(ずきん)を巻いて髪を隠していた。額の生え際もそ(・)り整えているため、産毛の一本もはみ出していない。


 岩崎に渡された頭布(ずきん)を、久良羅はさっと頭に巻いた。きちんと処理していないなりに、髪がはみ出さないように整える。


「ごめんあそばせ。次は、ちゃんとそ(・)って参りますわ」


 久良羅が謝ると、岩崎は慌てて手を振った。


「いやいや! 若い子はそこまでしなくていいよ! 現代生活も大事にしてちょうだい!」






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