切っ先の向こう側 3
「持ってみますか」
差し出された両手剣を、久良羅は受け取った。記憶よりも柄が長い。
軽く構え、切っ先を動かす。やはり樹脂の刃なので、本物よりは軽い。肩から先へ力を流すと、切っ先は思ったより走った。もう一度、今度は足を添えた。靴底で床を確かめる。手の内を何度か変えて柄の感触を確かめた。
「少々、ですか」
黒瀬が久良羅の様子を見ながら言った。
「少々にも個人差がありますので」
教わった場所を聞かれたら困る。曖昧に笑って剣を返そうとすると、彼は受け取らなかった。
「軽くスパーリングしてみませんか」
久良羅は彼を見た。先ほどまでの遠慮がちな表情ではなかった。
「よろしければ」
貸し出し用の防具は思った以上に重かった。女子用の胸を守るプラ防具をつけ、ジャケットを着込む。黒瀬はグローブをいくつか貸してくれ、手の大きさが合うものを選んでくれた。それからマスクをつけ、鼻に当たらないか確かめてくれた。
簡単なルールと力加減を確認し、まずはゆっくり剣を合わせた。
打つ、受ける、離れる。
当てるつもりで振ったのに、剣先が届かない。
久良羅は何度か足を置き直した。この体で剣を持つのは初めてなのだ。
それでも、相手が動く前の気配には覚えがあった。肩が上がる。すっと一瞬沈む。なんとなく嫌な感じがする。
少しずつ速さを上げた。
黒瀬の剣が来た。受けた途端、そのまま押し切られて頭を打たれた。次は間に合ったと思ったが、彼の切っ先はもうこちらの胸元に突き刺さっていた。樹脂の刃は大きくたわんで、思ったより痛くない。
「胴体だから三点ですね。一本です」
黒瀬が離れた。久良羅は息を吐いた。
速いし、重い。正面からぶつかると、何もできない。
知っている負け方だった。
ならば、やることも知っている。
次に彼に打ち込まれたとき、久良羅も剣を振った。頭を打たれたのに一拍遅れて、久良羅の剣も黒瀬の腰を捕らえた。
「相打ちですね」
この練習では、そういうルールだった。打たれた後、一歩動くまでの反撃は有効なのだ。
「そうですね」
黒瀬の声に、少し意外そうな響きがあった。
実戦では使えない手だけど、そもそものフィジカル差があるので、多少の盤外戦は許してもらおう。
久良羅は剣をもう一度構えた。
再び相打ち。
三回目になると、黒瀬はこちらの狙いに気づいて、低い防御の構えで迫ってきた。久良羅は下がる。彼の目がこちらの剣を見た。
久良羅は届きそうなところへ半歩入った。
黒瀬が動く。
剣を出す代わりに、足を引いた。刃が目の前を通り過ぎる。振り下ろした彼の腕が戻る前に、その剣を追うように斬り込んだ。
久良羅の剣が、黒瀬の肩を捕らえた。
「……あ、ナハライゼン」
黒瀬がつぶやいた。
そういう名前の技なのか。久良羅はうなずくにとどめた。
「ずるいですね」
黒瀬は笑って言った。悔しそうで、楽しそうだった。
「褒め言葉と受け取りましてよ」
「褒めてますよ」
すぐに返ってきたので、久良羅は返事を忘れた。
マスクの奥の顔はよく見えない。なのに、その声だけで頬が熱くなった。
休憩に入り、水を飲むように勧められた。ペットボトルを持つ指が少し震えているのに気づいた。
「疲れましたか」
「体が少々びっくりしております」
「無理はしないでください。今日はここら辺にしますか」
ここでやめられるなら、前世でも苦労はしなかった。
「もう少しだけ。せっかくお付き合いいただけますので」
黒瀬は彼女の顔を確かめ、それからうなずいた。
黒瀬が片手剣と小さな丸盾を持ってきた。
「こちらはどうですか」
「そちらの方が馴染みがあります」
片手剣を握り、小盾を手に取る。剣をまっすぐ伸ばし、その切っ先を見ながら、右目と左目を交互につむった。
そうしてみて、クララと久良羅は利き目が違うことに気づいた。道理で、内側を割られることが多かったはずだ。
久良羅は片手剣を振る。スイングの途中で手首を返して、斬りを突き込みに変化させた。そのまま剣先を戻して、前腕の外旋で小さく剣を回す。肩から肘、手首、切っ先までが一本の鞭になったようにしなった。
「シュトルツハウに、モーリネット……」
黒瀬が、明らかに警戒の度合いを上げた。
久良羅は口角を上げて、何も言わなかった。そのうちボロが出そうなので、何か言い訳を考えておこう。
黒瀬は自分も片手剣と小盾を手に取り、マスクをつけた。
「もう少し強くしても大丈夫ですか」
「ええ、お気遣いはそろそろ結構です!」




