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異世界から来た侯爵令嬢  作者: ビルボ
第三話 「切っ先の向こう側」
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切っ先の向こう側 2






 父の宮廷には武術指南役がいた。


 クララが初めて木剣を握ったとき、彼は手の位置を直し、足を置く場所を床に描いた。


 何度も動き、何度も同じ動きをさせられた。舞踏の稽古によく似ていると思ったが、こちらは間違えると腕を打たれた。


 小さい頃は、男の子も女の子も大して変わらなかった。


 クララは覚えが良く、負けるのが嫌いだった。できない動きがあると、できるまで繰り返した。


 それがいつからか、男の子に勝てなくなった。


 昨日まで受けられた打ち込みに、剣が押し込まれる。先に動いたつもりなのに、相手の切っ先が届いている。


 背丈の伸びた少年たちを相手に、床へ尻餅をつくことが増えた。


 もっと早く、もっと強く。


 そう考えるほど肩に力が入り、終わる頃には指が開かなくなった。


 ある日、逗留中の客人がそれを見ていた。


 小柄で、片膝の悪い男だった。戦場で痛めたと聞いていた。


「姫様は、あれと力比べをなさりたいので?」


 彼の視線の先には、汗を拭く少年がいた。クララより頭半分ほど背が高くなっていた。


「勝ちたいのです」


「では、なぜあれの得意なことで?」


 腹が立った。


 できないから悔しいのに、できないと言われた気がした。


 男は木剣を借りると、少年を呼んだ。


 足を引きずるように立ち、打ち込ませた。


 剣が来たときには、もうそこにいなかった。


 少年が剣を戻す前に、肩へ軽く触れる。


 クララは黙って見ていた。


「教えてください」


 終わると、そう言った。



 宮廷には、他にも剣を使う客人がいた。


 指南役と同じ構えの者ばかりではない。大きな盾を好む者も、短い剣を両手に持つ者もいた。


 クララは彼らに教えを請うた。


 教えが食い違えば、両方試した。


 一度負かされた相手に翌日も挑むので、ついには食客の方がため息をついた。


「姫様、昨日も申し上げましたが」


「ええ。ですから今日は違うやり方で参りました」


 負けたまま終わりたくなかった。


 けれど、いつの間にか勝ったときよりも、相手の意図が見えて、誘導できたときの方が嬉しくなっていた。


 宴席では言葉を選ばなければいけなかった。


 相手の家、父との関係、その場で耳を傾けている人々。


 笑って返すべき言葉と、聞こえなかったことにすべき言葉があった。


 けれども、稽古場はシンプルだった。


 相手が誰でも、クララの剣が届けば一本になった。


 指南役は彼女の失敗を遠慮なく指摘し、食客たちは上達を喜んだ。


 父の娘としてではなく、昨日より少し厄介になった稽古相手として。


 そういう雰囲気が好きだったのかもしれない。


 礼装の袖口からのぞく手首にあざを見つけ、母が眉を寄せたことがある。


 クララは袖を下ろした。


「次は、同じところは打たれません」


 母は少し黙ってから、自分も若い頃にそう言ったと笑った。


 女だからという理由で、木剣を取り上げられた記憶はない。


 母も剣を持った。


 得手不得手はあっても、女が剣を学ぶこと自体は不思議ではなかった。


 こちらの世界の歴史ではそうではなかったと知って、久良羅はなぜだろうと疑問に思った。


 他にも前世と今世で異なっていることはそれなりにあり、それらが複雑に絡み合っているのだろう。


 はっきりとこれが原因だと久良羅が言えることは、ほとんどなかった。








「社会人の集まりなので」


 黒瀬の声で、久良羅は顔を上げた。


「学生みたいに、まとまった時間は取れないんです。反復練習は各自でやるしかないし、経験も習熟度もバラバラです。誰に何をどこまで教えたか、きちんと管理できているわけでもありません。その日に集まった顔ぶれを見て、全員に役立ちそうなことを教える。どうしても、そういうやり方になります」


 彼は足元の剣へ目を落とした。


「そもそも資料や他の団体の研究成果を参考にして、再現している途中です。今の解釈が正しいとも限らない。俺の解釈だけを正解にして、全員にやらせるのは違うと思ってます」


「はい」


「それに、西洋剣術といっても、みんなやりたいことが違いますし、体格によって向き不向きもあります。正直、仲間もそう多くありません。怪我なく、互いに気持ちよく練習できる相手がいるだけでも貴重なんです。俺自身、研究を進めるうちに考えが変わることもあるし、戦い方だって少しずつ変わっています。だから、細かい技術まで俺のやり方を押し付けるのは、ちょっと……」


 そこで言葉が切れた。


 久良羅はようやく、自分が何かを批判したことになっていると気づいた。


「あの、私、悪いことだと申し上げたつもりは」


 黒瀬がこちらを見た。


「もちろん、土台は必要でしょうけど、その上で、いろんなことを仕掛けてくださる方々がいるのは、いいな、と」


 彼は黙っていた。


 言い方がまずかっただろうか。


「違う戦い方をする相手が大勢いるのは、良いことだと思います。同じ型とばかり稽古して、その型にだけ勝つ名人になっても困りますし」


 黒瀬の目が見開かれた。


「そうか……うん、なるほど。うん、うん」


 黒瀬は口元を手で覆い、視線をそらして独りごちた。


 声に喜色が混じっているのが分かった。


 それから、久良羅に視線を戻した。


「失礼しました。勝手に言い訳を」


「いえ、こちらこそ説明不足でした。今の会話、最初からやり直したいくらいですわ」


 彼は小さく笑った。


「久世さん、なんかやってましたよね? じゃなきゃ、今の言葉は出てこないですよ」


 久良羅は一瞬、答えに詰まった。


「昔、少々」


 黒瀬の視線が、ちらりと彼女の手のひらを見た。






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