第9話「生き残り」
土谷は雨の中を歩いていた。
先導するのは、さっきまで追いかけていたはずの男。
「ついてきな」とだけ言われ、言われるがままに歩いていた。
雨のせいで足場が悪く、何度も転びそうになる。
目の前の男は待ってはくれない。
足場が悪いのにズンズン先へ先へと歩いていってしまう。
「よくこんな足場、歩いてられるな。
なぁ、あんたか?窓から覗いてたの。」
「そうだ。」
「なんでそんなことを?」
「ついでだ。」
男は話すよりも、歩く方を優先しているようだった。
頑張って男の近くまで来た時、また転びそうになり、咄嗟に男に捕まろうとした。
その時だった…
「触るな!!」
と怒鳴られ、触れる寸前で止めそのまま転んだ。
あまりにも唐突に怒鳴られたもので、心臓が止まるかと思った。
その様子を見ていた男は「悪いな、でも触れるな」と言ってくる。
全身に痛みを感じながらも、立ち上がって歩き出す。
雨だけではなく、風も強く、前を見るのがしんどかった。
やっとの思いで、とある場所に到着する。
洞窟だ。
かなりの広さがあり、中に男が入り、それに続き土谷も中へと入る。
洞窟の中に更に家があった。
まるでマトリョシカだ。
どデカい洞窟の中に、小さな家がポツンと建っている。
かなり奇妙な光景だった。
ドアがなく、男はそのまま中へと入っていく。
「入りな」と言われて中に入る。
中は洞窟の岩を必要に使った構造になっていた。
男が腰掛けたのは岩だったし、自分も座るよう勧められたが、その座る場所も岩そのものだ。
ここで、少し違和感を覚える。
彼の体の雨がもう乾いているように見えたのだ。
軽く違和感を覚えながらも、彼が話し始めるまで待つ。
「俺は田島心也だ。」
「土谷琢磨…です。」
オドオドしながら自己紹介をした。
田島は自分よりは遥かに大人だった。
年齢的にもそうだし、見た目もかなりの大人だと思える風貌だ。
口元は髭が覆い隠していて、身長自体はあるが、痩せ細っている。
この島で過ごしていて長いのだろうか?
「あの…あなたは一体…」
「生き残りさ。」
「生き残り?」
フゥーと息を吐き、事の事情を話し始める。
その時の視線は決して土谷から離すことはしなかった。
「俺は数年前にここに来た。
大学生のときだ。
友達とも一緒に来ていた。
新薬のバイトで、その報酬としてバカンスを提供してくれるってな。
結果…俺以外が全滅したってわけさ。」
全滅?一体どういうことだと耳を疑った。
このバイトは今回だけじゃなく、数年前にも行われていることだっのか。
というか、年単位ではなく、恐らくはもっと短いスパンで行われると直感が言った。
しかし、どうやって全滅したのか。
「全滅ってどういうことですか?」
「この島に来た俺以外の人間はとある病のようなものに犯されて次々に死んでいったんだ。
体に青アザができて、そのうち体の内部から破裂するのさ、花火みたいに。」
「え…すいません、何が何だか…」
「これが本当に報酬だと思うかい?
これはバイトなんだ。新薬のな。
バカンスじゃない、これは人体実験さ。
バカンスだと言われているが、それは偽りで新薬というのも毒に等しいものなんだ。
彼らは人を殺すために研究しているのさ。」
話を聞く事に呼吸が早くなる。
落ち着こうと何回も深呼吸をしたが、上手くいかない。
「大丈夫か?」と田島は聞いてきたが、大丈夫なわけがない。
吐きそうになるのを必死に堪えながら次の話を聞いた。
「この島に何かある訳じゃない。
新薬を開発する奴らが仕組んだことだ。
俺はこのバイトに参加する時、あまりにも怪しい内容を疑い、薬を飲んだふりをしてこの島に来た。
案の定、薬を飲んだやつらはみんな、悲惨な死を遂げた。
今でも覚えてるよ。」
ここを聞いた時、堪えていたのに喉の奥から酸っぱいものが込み上げてきて、口から吐き出してしまった。
口の中を酸味が覆い、鼻からも出てきそうだと思えるほどの匂いだ。
やっとの事で吐き終わった。
田島は心配してくれたが、触れられないらしく、そのままとなる。
「まさか、飲んだのか?」
田島の表情は真剣かつ、かなり重大な顔をしていた。
そして、顔をグッと近ずけてくる。
「ハァ…はい、飲みました。
あの薬は何なんですか?」
土谷のことを真っ直ぐ見ていた目線が下へと落ちた。
映画などで見たことある、相手がもう助からない時にやる仕草に見える。
そして、土谷に近ずけていた顔を下げて、小さなため息をついた。
「殺人のための薬さ。
奴らは人を殺す方法を研究してるも同じ。
薬の証拠が出ないように殺せるものを開発しようとしてるんだ。
いわゆる完全犯罪を成し遂げられるようなものを。
だが、今のところ、死んだ後の骨が証拠となってしまう。
だから、その部分を無くすために研究を続けているんだ。」
「骨って…」
「見ただろ?色が変色した骨を。
あれは奴らの薬を飲んで死んだヤツらに出るものだ。
その部分を改良するのは難しいみたいだな。
そして、死んだやつは君が落ちたあの穴に落とされるんだ。」
自分が落ちたのは言わばゴミ箱。
あそこで諦めていたら、あの骸骨たちの仲間入りだったというわけだ。
「俺、薬を飲んだんですけど、痣がまだ無いんです。」
「あの薬はまだ未完成だ。
まだ効き目に個人差が出てしまうんだろう。
そのうち痣が出てきて食い殺される。」
痣のあの色はどこかで見覚えがある。
海辺で岡本が拾ってきた、アレ。
アレは骨だったんだ。
そして、それと似た色の痣が体にでき始めていた。
まさか…もう既に…
考えたくは無くなった。
もう助からないと考えると、また吐き気が襲ってくるのだ。
「その薬を飲んだら…助からないんですか?」
「分からない。
少なくとも、俺の他に生き残ったやつはいなかった。
もしかしたら、奴らが解毒剤を持っている可能性はあるな。」
解毒剤…それらしいものを見た記憶がある。
「新薬の奴らが何かを飲んでるのを見ました。
試験管か何かで…」
「それが解毒剤かもしれないな。」
「でも…なんで彼らがそれを飲むんでしょうか。」
「考えられるのは、触れるからだ。」
触れる…
そういえば、さっき田島は怒鳴った際に「触るな」と言ってきたことを思い出す。
「恐らくは接触で人に感染する薬だ。」
「そんなものが…」
そんな凶悪な物が作られているなんて考えたくはない。
しかし、実際にそんな薬が作られていないとも思えなかった。
あれだけ怪しい組織ならば、その可能性がゼロとは言えないのだ。
接触感染を起こすもの…
それなら解毒剤を飲むのにも説明がつく。
石田の指…
広瀬が気にしていたことを思い出した。
広瀬が石田の指の色がおかしいと言っていた。
石田はあの薬に携わっているはず、それなら、自分が薬の効果を受けていても不思議ではない。
解毒剤を摂取しなければ死んでしまう。
この島は恐ろしい研究のために使われている悪魔のような島なのだ。
悪魔の根源は新薬のバイトと偽って自分たちに飲ませたあの薬
「俺は…あいつらから解毒剤を奪い取ります。
田島さんはどうするんですか?」
「俺はずっとここに隠れて生きてきた。
未開拓の土地だから、奴らがここに来ることは中々ない。
悪いが力にはなれない。本当にすまない。
君たちのところに行ったのは食料を確保するためだ。」
生き残った田島をわざわざ巻き込むことはしなくてもいいと思い、コテージの方へ戻ることにした。
外は大雨で風も強いが、グズグズはしていられない。
「田島さん、もし、生き残って奴らを倒せたら、ここに迎えに来ますから。」
「…」
田島は何も言わなかった。
だが、そして土谷が雨の中に消えていくのをジッと見ていた。
土谷が振り返ると、手を振ってくれる。
土谷はそのまま雨の中に突っ込み、自分たちのコテージを目指した。




