第8話「死」
土谷がコテージの向こう側の森へ入った時と同時刻。
コテージの中では広瀬が岡本に付きっきりの看病をしていた。
けれども、何もできることがなく、見守っているだけではあったが。
樺島はと言うと、まだ朝食を食べている。
まるで岡本を気にしていないのかと、広瀬はイライラが溜まっていった。
ただの風邪、ただの体調不良であってくれと心から願っていた。
岡本の呼吸を聞く度に、広瀬は心臓が締め付けられるような感覚を覚える。
普通ならそんなことは思わないだろう。
だが、場所が場所、この島は何かがおかしい気がしてならなかったのだ。
その状況の中、体調不良になったと言われれば、心配する他ない。
目の前の岡本をもうすぐ死ぬのではないかという風に心配をしていた。
学校で風邪が発覚して、家に看病に行ったとしても、ここまでの精神状態になることはないはず。
「お大事に」「早く元気になってね」ぐらいの言葉をかけるだけでいいもの。
その夜、寝る時も相手が死ぬかもしれないなんてこれっぽっちも思うことはない。
なのに、なぜなのか?
今は目の前の岡本が死んでしまうのではないかという予感がする。
それに土谷のことも広瀬は心配していた。
「気になることがあるから」と言って出て行ったが、その気になることとは一体何なのか?
もしその気になることが危険なものに近ずくことだったら?
石田たちの思惑があり、逆鱗に触れてしまったとしたら?
土谷は無事に戻ってきてくれるのだろうか?
不安が頭の中を埋めつくし、さっき食べた朝食が胃袋から喉に上がってきそうに思えた。
船酔いした時と同じような感覚だ。
そんな広瀬を気にする様子もなく、後ろで「ゲフッ」と大きなゲップをして、食後の休憩をしている椛島を見るとイラつきが更に加速した。
「なぁ、ちょっとは心配したらどうなんだよ?」
ついに声に出して言ってしまった。
だが、それに対して、樺島はいつもように余裕の表情を持って答える。
「何焦ってんだよ。ただの風邪だろ?
なんでそんな死にそうな感じ出してんだよ。
病は気からっていうんだよ。
お前が心配するのはいいけど、それで岡本はただの風邪なのに、重い病気に発展したらどうすんだよ。」
広瀬は何も言い返すことはできなかった。
どこにも向かうことのできない怒りを自分の拳に込めてギュッと握る。
発散することのできないフラストレーションが、岡本を見ていると落ち着いた。
心配していた。
誰がなんと言おうと確実に心配はしていたんだ。
けれども、頭の片隅の0.1%ぐらいに不謹慎な思いが浮かんでしまっていた。
目を瞑り、苦しそうな岡本の顔を可愛い、と。
そう思ってしまった自分を強く殴りたい気持ちになる。
「ずっとそうやって見てんのか?
ほっといてやるのも優しさだぞ。」
もう我慢ができなくなり、立ち上がって、樺島の前に歩いていった。
見たことの無い表情を見せる広瀬に対して「おうおう、どうした?」と樺島はまだ余裕そうだ。
「なんで友達のことを心配できないんだよ!
苦しそうにしてたり、体調不良の時は心配してやるのが友達ってもんじゃないのか?」
「さっきも言ったが、ほっといてやるのも優しだ。
ゆっくり休んでもらうには、それが一番だろ?
なんだ?お前にアイツの体調不良を治せるとでも言うのか?
ならぜひやってもらいたいもんだね!」
言葉を必死に喉から出そうとするが出てこない。
いつもそうだ。
広瀬が必死に意見を出しても、それをのらりくらりと樺島に丸め込まれてしまう。
それはなぜか?
樺島は正しいことを言うからだ。
脳筋のくせに、地頭がいいのか正論を嫌という程、ぶつけてくる。
肉体でも頭でも勝てない広瀬は黙り込むしかない。
いつもならそれで終わり。
けれども、今回は樺島が余計な攻撃をしてしまった。
「分かるか?好きな気持ちだけじゃ救えない。
お前みたいなチキンに岡本が惹かれるわけないだろ?」
「はぁ?何言って…」
「気づいてないとでも思ったか?
人の女のことをいやらしい目で見やがって。
挙句の果てにはなんだ?下半身を反応させてやがんだ。
昨日の風呂の件でからかった時は面白かったけどよ。
いいか?本当に落とせるなんて思ってんじゃねぇぞ?」
広瀬は夢を打ち砕かれたような気分だった。
好きな人の相手が1番近くにいた友達だったなんて。
なんで教えてくれなかったんだよ。
なんで黙ってたんだよ。
と言いかけたタイミングで全てを理解した。
こいつは自分をからかっていたんだ、と。
フラストレーションが溜まっていたこともあり、感情が爆発し、広瀬は樺島に飛びかかった。
しかし、樺島に勝てる訳もなく、押さえつけられてしまう。
「いいか?俺は友達には優しくしてやる。
でもな、自分の彼女を狙うやつがいたら、優しくはできない。
からかったのは本気でお前がアイツのことが好きなのかを見極めるためだ。
分かったか?
かなうわけがないんだ、諦めろ。」
押さえられた広瀬は悔しさで涙を流した。
ずっと自分の好意をからかわれ続け、叶わぬ恋の状況を作らされ、その舞台で踊らされていたなんて。
俺よりもイケてて、力も強くて、おつむは少しアレなやつが岡本と。
そうだよな、岡本みたいな女性が、俺みたいな男を選ぶわけがないよな、と広瀬はネガティブな心の闇に包まれる。
自分が恋人になれた時、岡本としてみたいと思っていたあんなことやこんなことの想像の自分の立ち位置に樺島が乗り移り蝕んだ。
頭の中で繰り返される純粋な恋愛から少し過激な恋愛まで、岡本のそばに立っている樺島が浮かんでしまう。
その度に涙の量もました。
何も考えたくなくなり、力を入れるのをやめる。
樺島もの方もそれを理解して押さえつけるのをやめた。
「分かったか?」
「うん…」
「俺も悪かったよ、からかって。」
心からの謝罪には聞こえなかったが、そんなことはもう重要じゃなくなっていた。
チラッと岡本の方を見る。
まだ苦しそうにしていた。
いや、さっきよりも苦しそうな感じがしないか?
下心はゼロで岡本の方に近ずいた。
「おいおい、まだ未練あんのかよ?」
樺島が呆れたように言ったが、フル無視で岡本の首元を見る。
なんだか、色が変じゃないか?
どこかで見たような色に変色してきているのが分かった。
そして、勢いよく掛け布団を剥がした。
「おい!何やって…」
広瀬の行動を見かねて近ずいて来る樺島だったが、掛け布団の下に広がっていた光景に開いた口が塞がらなくなってしまう。
岡本の見えている部分のほとんどが、変色していたのだ。
首から下のほとんど全て。
呼吸の荒さも、朝とは比べ物にならないぐらいのものになっている。
「ハァハァ」という速度も上がり、過呼吸気味だ。
「おい…嘘だろ。待ってろ!ここの人呼んでくる!」
そう言って、樺島は玄関に向かう。
「俺も行く!」と広瀬は言ったが「お前はここにいろ!」と言われ、樺島が扉の向こう側へ行き、扉を閉めるまで見送った。
けれど、やはり人を呼びに行くのは自分の方がいいと後悔してしまう。
何者かに背中を触られ、振り向く。
そこには変わり果てた岡本の姿があったのだ。
変色は既に体全体にまわってしまっているらしく、人間と呼べる色がどこにもない。
立つのもままならない様子で、必死に広瀬にしがみつく。
あまりの醜さと恐怖で広瀬は腰を抜かして床に尻もちをついてしまった。
体重をかけていたこともあり、岡本も広瀬の下半身に這い蹲るように倒れてしまう。
恐怖で広瀬は失禁してしまっていた。
そんなことは気にせず、岡本は体を登ってくる。
だが、次第に力がなくなり、体の至る所から出血し始めた。
広瀬の体は真っ赤に染められる。
異臭を放ち、変わり果てた岡本が広瀬に最後に何かを言った。
「たす…けて。」
岡本は広瀬の上でこと切れてしまった。
血まみれになり、その場で動けずにいたところに、樺島が戻ってくる。
「ここの人誰もいなかっ…」
樺島は目の前の状況に言葉を失う。
ベットの方を見るが、岡本の姿はない。
つまり、今、広瀬の上にあり、人の形をしているが人の色ではないソレが自分の恋人であることを悟る。
「おい…何したんだよ。」
「え…」
「何したって聞いてんだよ!
お前がやったのか?お前が!!」
理性を失っていた。
恋人を失った悲しみが樺島を狂わせる。
「違う!僕はやってない!
きっと騙されたんだ!僕たちは、ここの人たちに何かされたんだよ!」
何とか理性を取り戻した樺島は血まみれの岡本の死体を抱きしめて泣いた。
樺島が泣くところを広瀬は初めて見た。
心ないやつと思ったさっきの自分を殺したい。
こんなやつでも恋人のために泣けるんだと思ったのだ。
「これからどうするんだよ。」
「ここの奴らから全部吐かせてやる。」
「でもどうやって…」
「聞いたんだ、船の方に行ったって。
俺は行くぞ、お前はどうするんだよ。」
「僕も、行くよ。」
2人は岡本の死体をベットに寝かせ、コテージをあとにした。
目指すは船がある場所。
そこに行って、自分たちに何をしたのかを聞くのだ。




