第7話「コテージの向こう側」
気絶したかのように眠ると、夢も見ずに、瞬きをしただけのように感じる。
つまりは寝ているという感覚が全くなく、一瞬で眠り、一瞬で目覚めたという感覚。
遅めに寝たはずなのに、起き上がって周りを見ると、土谷以外の3人はまだ起きていなかった。
樺島は相変わらず、いびきを響かせているし、他の2人も夜と変わらず寝息をたてている。
2度寝したくてもできそうにないため、目を覚ますために洗面台に行く。
手に水を取り、顔を洗う。
冷たくて、目がパッチリと覚める。
それと同時に、昨日の夜の恐怖が再び思い出されてしまった。
あの窓から土谷のことを見ていたのは、石田やここのスタッフなのだろうか?
けれども、あの2人が話している様子を見ると、こちらを見ていたとは考えにくい。
もし、見ていたとしたら、土谷が先に起きていたということを知っているはず。
じゃあ、あれは一体?
鏡の自分に問いかけてみるが、何も答えてはくれない。
ただ同じ顔、同じ瞳でこちらを見つめてくるだけだった。
顔を洗った際についた水滴が乾くぐらいには、その場で硬直していた。
やっと動きだしたのは後ろから声をかけられた時だ。
「おはよ。起きてたんだ。早いね。」
岡本が起きて声をかけてきたのだ。
我に返って顔をタオルで拭こうとしたが、顔に水滴は一滴も残ってはいなかった。
そんな土谷をよそに、岡本はトイレへと入っていく。
だが、数十秒もしないうちに「ドン」という鈍い音が個室から響いてきた。
「おい!大丈夫か!」
トイレに鍵はかかっておらず、開けることができた。
その時ばかりは、その不用心さに助けられたと言えるだろう。
扉を開けた先には便器と壁の隙間に倒れる岡本の姿があったのだ。
「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」
とりあえず、トイレから引っ張り出し、どうにかベットの方まで運んでいきたかった。
騒ぎを聞きつけて、広瀬もトイレの方へ来てくれた。
「広瀬!手伝え!」
倒れている岡本を見て、眠気が吹っ飛んだように、目が開き、オドオドしながらも、手を貸してくれた。
2人で、壁に体を少しぶつけながらも、ベットに運ぶことができた。
呼吸が荒く、フラフラするらしい。
「今はとにかく休んで、欲しいものあったら言って。」
「うん、ありがとう。」
広瀬がとても心配そうに声をかけていた。
好きな人がこんな状況なら無理もない。
だが、今はゆっくり休んでもらうのが先決だろう。
心配する2人をよそに、ここでようやく樺島が起きてきた。
大きな欠伸をしながら、岡本を心配する2人を見てようやく事の重大さに気がつく。
「お、おい、どうしたんだよ?!」
「分からない。多分、風邪かなんかだと思う。」
「マジかよ…」
樺島も岡本のそばに座り、心配した。
だが、いかんせん「大丈夫だから。」と言って気を使わせないように岡本はしてくれている。
なんなら「みんなで楽しんできて。」とまで言われた。
友達の1人がこんな状況になっているのに、自分たちだけで楽しむなんて罪悪感に襲われるに決まっている。
拒否して、みんなでいることにした。
外は少しザワザワしていて、出てみると、朝食の準備が出来ていたのだ。
人は何人かいたが、昨日のBBQに比べて少ないように見えた。
その場にいたスタッフに声をかけて、「室内に持って行って食べてもいいですか?」と聞き、大丈夫との事だったので、食べれるか分からないが自分の分と岡本の分を持ってコテージの中へと戻った。
岡本に食べられるか聞いてみたが、答えはNoだ。
体調が悪いというのに食べられるわけではない。
「スタッフさんたちに聞いたら、後で看病しに来てくれるって、今ちょっと対応が難しいらしくて。」
気を利かせて広瀬がアポを取ってきてくれたみたいだ。
看病をしてくれるなら安心だなと思った。
しかし、友達が体調が悪い状態で目の前にいるので、いつもより食べ物の喉の通りが悪くなる。
サラダのようなさっぱりしたものは楽だった。
キャベツやきゅうり、トマト、ブロッコリーなどを重点的に土谷は食べていた。
広瀬も食欲が出ないように見える。
それに比べて、樺島はガツガツと飯にかぶりついていた。
「ごちそうさま」と言って土谷が皿などを戻そうとした時「もういいのか?」と樺島が聞いた。
思っていたことを口にしそうになったが、本人が目の前にいるのに険悪なムードを作るわけにもいかず「もう、お腹いっぱいだから」と言って外へ片付けに行ったあと、部屋に戻ってくる。
それにしても、今日はやけに風が強い日だった。
風が建物に当たる音がずっと聞こえる。
ビュービューという音と、建物に当たって擦れるような音を奏でていた。
岡本はこの騒音の中、ゆっくりと眠れるのだろうか?と不安になる。
けれど、それどころじゃないらしく、呼吸が少し荒いまま、眠ろうと必死に努力しているようだった。
ガタガタと窓に風が当たり、土谷はそっちを見る。
何かと目があった。
昨日の夜にこちらを覗いていたあの目だ。
ベットに腰掛けていたが、ガバッと勢いよく立ち上がり、走って玄関に向かった。
「おい、どうした?」
「岡本のこと頼んだ!ちょっと気になることがある。」
そう樺島に言い残し、扉を勢いよく開け、外に出た。
風が強く、髪の毛が目の前を覆い尽くす。
顔を震わせ、髪の毛を振り払い、周りを見た。
スタッフたちがいなくなり、その場にはバイトの参加者しかいない。
「すいません、スタッフさんたちは?」
「風が強すぎて、船の方にみんな行きましたよ。
風で何かあれば大変ですから。」
近くにいた人に聞いた。
外にいる人たちの中に、覗いていた犯人がいるのか?
そんなことを思って人を1人1人見ていた時、横目でやっと分かるぐらいのところで1つの影が動いた。
そっちを振り向くと、何者かが森の中へと走っていくのが見えた。
土谷もその後を追いかける。
だが、森の1歩手前で止まった。
この先は…コテージよりも向こう側の未開拓のゾーン。
足を踏み入れてしまえば、もしかしたら戻ってこれなくなってしまうかもしれないと理性がそう言ったのだ。
しかし、どんどん足音は先へ先へと遠ざかっていく。
振り向き、誰も土谷のことを見ていないことを確かめる。
今なら行ける。
今しかチャンスはない。
あれは誰なのかを突き止める必要がある気がした。
勇気を振り絞って土谷は森の中に足を踏み入れた。
ゆっくりと1歩を踏み出したが、そのあとはすぐに全力疾走に変わる。
木々の葉っぱが顔面を直撃。
そんなことを気にする暇はなく、葉が顔の皮膚を切り裂いていようがお構い無しに走り続けた。
足音は段々と近くなっている気がする。
走れば走るだけ距離が縮まっている感覚。
森の中は視界が悪く、相手の姿を上手く捉えることはできなかった。
ただ、音のする方向に走り続けるだけ。
そして、とある場所で土谷はピタリと歩くのをやめた。
少し深めの穴が地面に空いていたのだ。
なんだ…この穴は?と覗き込んでみる。
その瞬間、足場の土が崩れ落ち、その穴に落ちてしまった。
急斜面を転がり落ち、頭を軽くうち目の前の景色がぼやける。
穴の最終地点まで転げ落ちたはずなのに、体にぶつかる感覚は地面とは程遠いものだった。
地面から何かが隆起しているとしか思えない感覚。
体のありとあらゆるツボを一斉に押されているような。
痛みで意識が朦朧としながらも起き上がる。
手を地面についた時、それは地面ではないことに気がついた。
それは人間の骨が山のように捨てられている穴だったのだ。
その光景に驚き、無様な姿で後ろへ後ろへ後退した。
落ち着いて、人間の骨を見てみると、砂浜で岡本が拾ったものにそっくりな色をしていて、人間のものとは到底思えないものだらけだった。
1つでも「骨」と言える色をしているものがないのだ。
土谷は上を見た。
穴は思っていたよりも深く、簡単に登れるものではない。
「誰かー!助けてくれー!」
必死に叫ぶが、よく考えれば、ここはコテージから遠く離れた場所。
誰もこの声を聞くことはないし、届くこともない。
その状況に絶望しながらどうにか登れないものかと試してみるが、試す回数分、また転げ落ち、骸骨たちに体を打ち付けるのだった。
息を切らして、仰向けに倒れ込んでしまう。
これ以上やっても、この穴から出られる未来が一切見えなかった。
半分諦めていた。
自分が悪いのだ、コテージの向こう側には行くなと言われていたのに。
だが、今、自分の下にいる骸骨たちは何なのか?
この島は危ないんじゃないか?
石田を含めた奴らの陰謀なのではないのか?
色んな憶測が自分の中で高速で蠢いた。
体の痛みが酷くなり、骸骨にぶつかっても何も思わなくなった時、雨が降り出した。
仰向けで穴の外の空を見ていた土谷の目に雨が目の中へと入ってくる。
起き上がり、手で地面を触った時、少し柔らかく感じた。
雨に濡れて硬かった地面が柔らかくなっているのだ。
こうなると脆くなっていることが考えられ、土谷は指先の痛みを我慢しながら、穴の側面を必死に掘った。
爪が剥がれそうになる痛み、指が石で切れそうになる痛み、全てを感じながら歯を食いしばった。
こんな所で死ぬわけにはいかないのだと。
やっとの事で穴の側面が崩れ、登れそうなぐらいの斜面ができる。
最後の力を振り絞り、穴から土谷は脱出した。
地面に這い蹲るようにうずくまる土谷。
地面が目の前にあるように見える視点で、もう1つのものが見えた。
人間の足。
立っている人間の足が見えたのだ。
首を上に向けると、知らない顔をした男がたっていた。
やばいと思い、最後の力を振り絞り、土谷は立ち上がる。
だが、予想外の言葉をかけられ、唖然とした。
その男はただ、
「ついてきな。」
と言い放ったのだ。




