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接触と空気  作者: アズキ


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第10話「消えている」

雨が降り注ぎ、落ちる速度は変わらず、落ちる方向だけが強い風によって左右される。

土を濡らし、足場を悪くする。

広瀬と樺島が歩く度にぐしゃぐしゃという音を立てた。

この風の中では傘を差すことは無意味に等しい。

差そうものなら、傘はひっくり返り、意味をなさないだろう。

髪の毛も濡れて固くなり、風に吹かれて顔にペチンと強く当たり、痛い。


風は向かい風で2人が海辺へ行くのを妨げているかのようだった。

そこに雨が加わることによって、前を見ることすら難しく思える。

身体中に当たる雨の音は優しい音は程遠い。

強く当たっているというのが明確に分かる音だ。

「ハァハァ」と息を切らす音が自分でも聞き取れないぐらいの音だった。


森の中を歩いていたが、木々は激しく揺れ、今にも自分たちに倒れてきそうだった。

葉っぱが飛んでくるぐらいのことは気にする必要はなかったが、時々、小さな枝が飛んでくる。

最初に飛んできた時はその勢いと痛みで広瀬はその場で転んだ。


「いって!」


顔が地面に触れそうになる。

青臭い匂いが雨によって強化されているため、鼻を強く刺激した。

手をついた時、土や小石が手に食い込む。

呼吸をして、青い匂いが鼻に入る度、立ち上がりたくなくなる。まだ1回しか転んでいないのに。


「おい!大丈夫か?しっかりしろ。」


樺島が手を差し伸べてきた。

広瀬の土のついた手を気にする様子もなく、立ち上がらせる。


「やっぱり危険だよ。戻ろう!」


「戻ってどうなる?

アイツらから真実を聞かない限り、俺たちに明日はないんだよ。

大丈夫だ、俺がついてる。」


言葉だけでなく、風貌までもが頼もしいのが樺島のいいところだ。

けれども、それを見せつけられると行かざるを得なくなるというのが嫌なところ。

広瀬は今すぐにでも、コテージに戻りたかった。

雨の日の登校のような気分だ。

歩いていて雨に濡れたり、風に煽られたり、嫌という程、家に帰りたい気持ちに襲われる。

それと同じだ。


「それとも、お前だけコテージに戻るか?」


広瀬は少し悩んだ。

けれども、樺島1人で行かせて、帰ってこなかった時のことを考えるとついて行く方が良いと考えた。

自分だけが取り残された時が怖かったのだ。

決して勇気が出たとか、勇敢さを見せつけたいなどの思いは微塵もなかった。


「僕も行くよ。」


顔で「よし」というのを表現して樺島はまた歩き始める。

先程よりも1歩1歩を強く踏みしめて広瀬も歩く。

だが、広瀬は自分の手を見た時に違和感を覚える。

これは土ではない、手の色が変色し始めているのだ。

急いで上着をめくってみる。

腹の辺りまで変色が始まっていた。

「かばし…」と樺島を呼ぶ寸前でやめる。

樺島が広瀬の方を振り向き「どうした?」と言ったが「なんでもない、勘違いだった。」と返した。

ここでこの状況を伝えてしまえば、戻れと言われるかもしれない。

それに、海辺に行って奴らと接触した方が助かる可能性があるかもしれないと思った。


森をぬけ、2人は海岸に着く。

しかし、そこには船はなかった。

2人は目を疑い、雨と風の存在を忘れたかのようにその場に立ち尽くす。

あの大きい船がなくなっていたのだ。

誰かが動かさなければ、消えるなんてことはありえないぐらいのものが消えていたとなると、脳が処理できなくなる。


「おいおい、船はどこいっちまったんだよ。」


「分かんない。もしかしたら、僕らを置いて逃げたのかも…」


「クソッ!思いっきし、あいつらの手の内じゃねぇか!」


「まだ分かんない、どこかにいるかも。」


2人は手分けして、探してみることにした。

樺島は岩場の方を、広瀬は逆の洞窟のようなものがあるところを。

樺島が歩いていく背中を見守り、少ししてから歩き始めた。

腹の辺りが少し変な感じがするが、それどころではない。


岡本が言っていたように洞窟は雨と海で中に入ることはできない。

潮が引いて、雨が降っていなければ入れたかもしれないが。

今、入れば溺れてしまうのは確実だろう。

端の方まで来たが、やはり、何もなさそうだった。

樺島の方に戻ろうとした時、目の前がクラっとボヤけて、呼吸がしずらくなる。

目の前が見えにくくなったのは雨のせいではなかった。

手と腕を見る。

もう既に、体全体に何か分からないものが侵食しているようだった。

苦しくて、立つことがままならなくなってしまう。


その場に膝をつくが、そこは運悪く海に近かった。

膝に海水が触れる。

正座のような格好をしているのも辛くなり、ついには上半身も前へと倒れてしまう。

塩分を含んだ水が顔を覆ったり、引いたりする。

その度に、咳き込む。

目に入る塩水が目を開けていられなくさせる。

どうにか手を動かして、体の向きを変えようと試みるが、上手くいかない。

もはやこれは、海水によって呼吸を制限されて苦しいのか、原因不明の病で苦しいのが分からなかった。


足と手をどうにか使い、顔の向きを変え、やっとの思いで顔を海水から引き剥がす。

海水から逃れたはずなのに、まだ呼吸が苦しい。

喉の奥に何かがあり、それが呼吸を邪魔しているような感覚。

鼻で呼吸をしようとしても、喉と同じような感覚で、どっちを使っても同じだった。

過呼吸のようになり、1呼吸をするのも辛く、吸えたとしても雨の水が、口と鼻から空気と一緒に入ってくる。

どうにか広瀬の息の根を止めようとしているかのようだ。


強く咳をした時、喉の奥から何かが出た。

目の前がボヤけてよく見えなかったが、島にあるものよりどす黒い色をしていることは分かる。

そして、口の中に広がる鉄の味。

ああ…自分は今、血を吐いてしまったのだ、と理解する。

手を伸ばしてみると、自分の手の色とは思えない色をしている。

その手、腕からは先程吐き出した物の色と同じ色の物が溢れ出ていた。

岡本の体の穴という穴から血が吹き出していたように、自分の体からも血が吹き出しているのだと思った。


瞼が重く、意識を保っているのも限界に近い。

自身の顔は見えなくとも、岡本のようになってしまっていると広瀬は思った。

見た目は化け物のように、醜く変わり果てているのだ。

体に感覚がなくなり、瞼の重さに耐えられなくなった時、広瀬の意識はこの世から永遠に消え去ってしまった。

誰もいないため、広瀬は最後の言葉を残そうとも思わない。

皮肉なことに、広瀬が最後に思い出した言葉は岡本が放った「助けて」という言葉だった。


樺島が広瀬の死体を見つけたのは少し時間が経ってからだ。

岩場に何も無いことを知り、元の場所に戻ってきたが、広瀬の姿が見当たらず、広瀬が歩いていった方向へ向かった。

そこで目にした光景は、今日2回目の友人の死。

自分の恋人と同じ死に方をしている広瀬が海辺に寝そべっていた。


雨のせいで涙は流されてしまった。

広瀬を海から離し、近くの木の下に座らせる。

悔しい思いでいっぱいだった。

だが、ここにいる訳にもいかない。

コテージの方へ戻り、奴らを探すしかないと思った。

コテージへの道を戻ろうとすると、向こうから走ってくる人が数人いることに気がつく。


「どうしたんですか?」


「うちのグループのやつが死んだんだ。

だから、ここのスタッフたちに話を聞こうと思って。」


「こっちには何もありませんでした。

船もスタッフたちも。

戻って別の場所を探すしかありません。」


「そんな…」という顔をしていた。

その人の顔は恐怖で埋め尽くされている。

樺島はハッとしてそこにいる全員に聞いた。


「皆さん、体に痣はありませんか?」


「あるけど…なんか急に出てきたんだ。」


「まずい…急いでコテージの方へ戻って!」


樺島は先陣を切って走り出す。

他の人々もそれに続いた。

樺島は土谷がどこに行ったのか知らなかったが、海の方にいなかったとしたら、恐らくはコテージの向こうへ行ったと考えた。

そっちへ行けば誰かがいるかもしれない。

それにかけるしか自分たちが助かる方法はないと思い、必死に走った。

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