第2話「上陸」
島の陸地が船に近ずき、そのうちくっつく。
正確には港のような足場にくっつくのだが。
土谷はその光景をじっと、見つめていた。
無心のまま、到着したことに気がつかないぐらいに見とれていた。
その島は、森に囲まれた島だった。
お世辞にもとてつもなく広い、という訳でもないが、船から見える景色はとても大きく見える。
島の全貌が全く分からないのに、正面から見た図だけで「小さい」と判断してしまった。
実際は彼が思っているよりも広く、大きい島なのだ。
岩でできた崖のようなもの、たくさんの岩が転がり、波がそれを叩くことで水しぶきが上がっているのが分かった。
風が強い日に、その近くで遊んでいたら危険だと思った。
しかし、今は風がそこまで強くなく、遊ぶにはもってこいの天候。
好奇心を最大限にまで高められる。
無邪気な子どものように。
「ずっげぇ、あそこにみんなで行こうぜ。」
樺島が指さしたのはその岩場だった。
いつまでも子どものような心を持っておくことは必要だと土谷は考えている。
物事を楽しむ時に大人の脳みそでは十分に楽しめるとは言えない。
岩から岩へ飛び乗ってみたい。高い場所から人を見下ろしてみたい。岩と岩の間に何かがいるかもしれない。
そんなことを考えられるのは子どもの脳がまだ少し残っている証拠だ。
それを完全に消し去ることはできなくはないが、したくないと4人は思っている。
退屈な人生を送るのはごめんだし、バカンスで楽しめないのは、ただの場違いになってしまうのだ。
「えぇ〜私ああいうとこで怪我したくないんだけど。」
「じゃあ、岡本さんは近くの砂浜で見てなよ。」
広瀬の返しに岡本は呆れる。
樺島以外も、岩場に向かう気満々だったからだ。
「もう、男子って、本当にそういうの好きよね。」
「もちろん。」3人で答える。
途中で戻ってきた広瀬は島に上陸できるという喜びからか、船酔いを忘れているようだった。
陸に上がれば苦しいこの状況から脱出することができるのだ。
早く降りて歩きたい、と声を漏らしそうになるぐらいだった。
4人は船内へ戻り、自分の荷物を運び出す準備をする。
他の乗客たちも同じようにしていた。
皆、自分の荷物の確認、リュックやバックを持って、忘れ物がないようにしている。
そしてアナウンスとともに船の扉が開き、皆が外へと出る。
急いでいる訳では無いが、外の景色を早くみたいという急ぐ気持ちが足取りを早めた。
4人以外の荷物に少し押され、軽い満員電車のようになる。
砂浜にかけられた木の足場。
そこを歩き、地面へと到達する。
キシキシと音を立てる木の足場は、安定こそしているものの、手作り感があり、少し不安になる。
音を立てる度に、壊れてしまうのではないかと土谷は思った。
みんなを先導するのはアルバイトの説明をしてくれたあの男。
後ろを適時確認しながら、全員がいるかを見ていた。
土谷は歩きながら、島の情景を頭の中へと入れた。
自然が豊かで、目に優しい。
砂浜の周りには崖、岩場などが広がっており、その先に木々が生い茂っている。
ある程度の都会で暮らしていると、自然に触れる機会というのが限られるもの。
だからといって、自然が嫌いになるわけではない。
土谷は自然と触れ合うのが好きだが、まだぎこちない心境に立たされていた。
歩いている地面を見つめて、何かがいないか探したり、何が落ちているのかを観察する。
遠くの砂浜に何かがあるように見えた。
後で確認してみたいと思った。
自由時間ぐらいは儲けてくれるだろうと、その時に確認できれば良いのだ。
少し歩く。
草木の間に獣道のような道ができていて、そこを歩いていくのだ。
何人もここを歩いたのか、それとも人工的に作られた獣道なのだろうか?
それは分からないが、歩きやすくはあった。
急な上り坂という訳でもなければ、傾斜がある訳でもない。
自然の中を歩いていくというのは中々いいものだと土谷は思った。
草木の匂いは潮風よりはほろ苦く、強まれば鼻が匂いを拒否してしまいそうだと感じた。
顔や体に何かが触れることは避けながら歩く。
草木の中に変な虫でもいて、噛まれたりしたくはないからだ。
特に気にするのはマダニ。
あれに血を吸われれば、自身では処置することは難しい。
病院で取ってもらわなければ、口が残り、そこからバイ菌が入り込む可能性すらある。
自然は美しく、安らぎを与えてくれる反面、凶暴な面を持ち合わせているというのを忘れてはいけないのだ。
土谷はメンバーの顔を見る。
広瀬はまだ船酔いの後遺症、陸酔いが出ているらしく、まだ少し顔色が悪い。
歩いている途中で吐くわけにもいかない。
そうなれば後続の人や後にここを通る人の迷惑になってしまう。
袋を持たせ「吐くならこれに」と釘を刺しておいた。
樺島と岡本はワクワクが止められないらしく、雑談をしていた。
土谷は広瀬の心配をしながらも、他の人の話に耳をすませていたりする。
だが、大抵はどこの会話も似たようなものが多かった。
「どんなところに泊まるんだろう。」「虫とか多そう、虫除け持ってこなかったなぁ。」「先導してくれてる人、なんだか胡散臭くない?」など。
いくら聞いたところでなんの参考になる訳でもなかった。
この中で、サバイバル経験者でもいれば、参考になる話はあるかもしれない。
けれども、ここに集まる人間にそんなやつはいないだろう。
知識はあれど、実践をしている風貌を醸し出す人間はいないように見えたのだ。
別の気になる話は多かったが…
船の上で自分たちが話したことに似ている話しが聞こえてきたのだ。
「なんか、足が吊りそうになるんだよね、ずっと。」
「ずっと手が痒いんだよね。」
「腰がなんだか違和感がある。」
どれも気にするべきことではない。
自分たちに何かしらの要因があるはずなのだ。
唯一、土谷だけにはそういう症状が出ていないというのは少し不可解な点ではある。
ただ、どれだけ自分に問いただしてみても、違和感がある感じが一切しないのだ。
頭がクラクラしたり、体に痛みが生じたりするなんてことは1ミリもない。
健康体すぎて、周りに異常が現れていることが怖くなる。
その時、
ガサガサッ…
何かが近くで動いた。
それはかなりの大きさで、自分たち人間と同じ大きさに見えたのだ。
何がいたのかはさっぱり分からないが、人間のような生物が草木の中で蠢いた気がした。
黒い影が木々の間を俊敏に動き回っている感じだった。
テレビで特集される、UMAを撮影したかのような映像が自分の目を通して見えた感覚。
「なぁ、なんか今いなかったか?」
「え?どこに?」
興味津々で樺島が答えた。
彼にとってはクマにでも遭遇したら面白いとか、そのぐらいにしか思っていないはず。
出くわしてしまえば、殺されるのに。
「いや、そっちの方で何かが動いた音がして。」
「私、何も聞こえなかったわよ?
それに、これだけの人数が歩いてるんだもの、音ぐらいするわよ。」
土谷はもう一度同じ方向を向いてみるが、何もいない。気のせいだったのだろうか?
こんなやり取りを船の上でもした記憶がある。
広瀬の方を見ても、目で「そんな音しなかった」と訴えかけられた。
特集番組がヤラセだと疑われた時の気持ちを深く理解できる気がした。
けれども、自分の勘違いの可能性も捨てきれない。
土谷は首を横に振り、その出来事を忘れることに専念。「見間違い、聞き間違い」だったと。
だが、完全に忘れることはできずに、脳の片隅に記憶された。
船の上で見たイルカのように。
島の真ん中ぐらいまで来ただろうか?
コテージがいくつもある場所に出る。
そこには他のスタッフもいて、色んなものの準備をしているようだった。
先導していたあの男が指示を出す。
「皆さんにはこのコテージに泊まって貰います。
それぞれに鍵を渡しますので、グループになってください。」
土谷たち含め、4人から5人グループでそれぞれが固まる。
そのグループ1つ1つに鍵を渡していく。
「今歩いてきた場所はどこへ行っても大丈夫です。
しかし、このコテージのエリアより先には行かないように。
まだ未開拓の土地で何があるか分かりませんから。
私や、スタッフもここのコテージにいますので、何かあればそちらにお声がけ下さい。
また、夕日が沈む前ぐらいにはこちらに集まってくださいね。夕食の時間がありますから。」
行くなと言われると行ってみたくなるのが人間。
しかし、今回はバイトなので、ここから追放されてしまう可能性もあるため、考えを改めた。
開拓中ということは、さらに広くなる予定ということだろう。
何ができるのか、後で聞いてみたいなと土谷は思った。
コテージの周りには色んな設備が配置されていた。
BBQをするエリア、ハンモックや、キャンプファイヤーをするところなど様々だ。
夜は広いBBQエリアでみんなで夕食をするらしい。
土谷以外の3人はその光景に釘付けになり、興奮を抑えきれなくなっていた。
「俺らここに泊まるんだ!」「オシャレでインスタ映えしそう!」「BBQとかいつぶりだろう」
と元気いっぱいだ。
テンションが上がるのも分かる。
まるで学生の修学旅行だ。
土谷はあの時作れなかった青春を今作ろうとある意味悲しいことを考えていた。
今から夕飯までは自由時間。
4人は1度、コテージに自分たちの荷物を置き、それから探検に出かけることにした。
コテージの中は木造だが、どこかふっくらとした印象を受ける。
柱や天井に使われている丸太が円柱だからだろう。
室内のほとんどがそういう丸い建築がされていた。
コテージ内はベット、トイレ、風呂、冷蔵庫やレンジ、キッチンまでもが完備されていた。
泊まるのに不便なことはないだろう。
準備の際に、インスタントや料理できるものを持ってきても良いと書いてあったのはこの為かと気がつく。
ほとんどは文句がなかった。
WiFiがないこと以外は…
「いいわね。この雰囲気、私好き。」
「WiFiがないことに目をつぶれば、何とかなりそうだね。」
「広瀬はWiFiにこだわりすぎ、それにスマホを見る暇もないぐらい楽しめばいいんだよ。」
広瀬は土谷に少し微笑む。
「そうだな」と言われた気がした。
「それじゃ、そろそろ出かけるか!」
やはり先陣を切るのは樺島だ。
扉を開けて、外へと出ようとする。
「あ!ちょっとまって!鍵とかちゃんと確認するからね。電気も消してく!」
「僕もカメラとか持ってくから待ってて。」
岡本と広瀬をコテージの中に残し、土谷と樺島は外で待機する。
あいつららしいスピードだと、2人は思った。
岡本は几帳面で、所々貧乏性が目立つ。
電気の使いすぎや文房具なども使えるところまで使うタイプ。
広瀬は一眼で写真を撮るのが趣味で、準備にいつも時間がかかっていた。
2人を待つ間に、土谷は気になることを樺島に聞いてみた。
「樺島、どう思う?」
「何が?」
「広瀬も言ってたけど、この旅行、ちょっとできすぎてやしないかって。」
樺島は呆れた表情を顔に出して、土谷の方を見た。
「お前もそんなこと言うのかよ。
大丈夫だって。たまたま待遇がいいバイトを俺が見つけてきたってだけだよ。」
「そうだよな。変なこと聞いたわ。」
話しているうちに、コテージの中からカメラを持った広瀬と、扉の鍵をしっかりと閉めて確認する岡本が出てきた。
「それじゃ、行こうか。」
ここから来た道を戻って海に行く。
夜になるにはまだ早い時間帯。
めいっぱい遊ぶ気満々で4人は歩き出した。




