第3話「海岸」
4人は来た道を戻る形で歩いていた。
先客もいるらしく、少し先に他のグループが歩いているのが見えた。
皆やはり海に行くのだ。
この島でのバカンスで1番メインと言っても過言ではないと思われる。
土谷たちも森の中を歩いていくが、行きと帰りでは景色が全く違って見えた。
まるで、通ったことのない道のようで。
森の中は以前静かで、土谷は生き物を探したが、虫ぐらいしか見つけることができない。
「なぁ、岩場の方に行ったら、蟹とか取れないかな?」
樺島が聞いてきた。
「取れるかもな。でも、取ってどうすんだよ?」
「もちろん、夕飯にするに決まってるだろ。」
広瀬の質問に樺島が答える。
食べられるサイズの小さい蟹なら油で揚げて食べられそうだ。
サワガニなどが代表的だが、そんなものがいるのだろうか。
いたらいたで、取って食べてみたいと土谷は思った。
この島でそんなサバイバルみたいなことをする必要は全くない。
全ての設備が整えられている状況の中、無理にそんなことをする必要はどこにもないだろう。
岩場に行くと言ったが、危険であることを全く考えていなかった。4人とも。
男はそういうスリルを味わうのが大好きなのだ。
怪我をする可能性があると分かっている上でやる。
そして笑いと満足感を得て、時々怪我をして泣き叫ぶのだ。
岡本だけは、岩場に行く気がなく、砂浜で遊ぶと言っていた。女子だもんなと他の3人は思った。
女子はそういう危ないことに飛び込んで行くことは少ない。
男と女で平均寿命に差が出るのはこのためではないかとネットでも言われている。
男組の方は岩場で遊ぶのが楽しみで仕方なかった。
道を歩く速度は早まっていく。
特に樺島がかなりの早歩き、競歩に近い速度で歩き出した時、後についていけない岡本と広瀬が「早い!」と文句を垂れる。
それに対し「早く行かないとめいっぱい遊べないぞ!」と返す樺島。
そのやり取りには慣れていた。
大学の中で嫌という程見た光景。
自然と笑みがこぼれ出してしまうのだ。
だが、時間はかなりあるし、そこまで急ぐ必要もないかなというのが現状。
木々が光を遮断しているスペースを抜け、海辺へと到着する。
靴で砂浜に足をつけても、砂の感触を足裏で味わうことができない。
砂の上を裸足で歩くというのも、海に行く時の醍醐味と言えるだろう。
サラサラとした感触を足の裏で体験するのだ。
4人は靴を脱ぎ、1つの場所に置き、砂浜に足を踏み入れた。
足裏に無数の感触が集まり、1つの感触になる。
砂の1粒1粒が足裏を刺激しているが、人間がそれを正確に感じ取ることはできずに、「砂」という1つのものが足裏に着くのだ。
時々、砂の中に少し大きい石や、貝が紛れ込んでいて踏むと痛む。
それでも、男たち3人は岩場に向かって走り出す。
「いって!」と口では言うものの、顔は笑っていた。
無邪気に走り回る子どものようだった。
弱気な広瀬ですら、痛みを感じても笑っているぐらいには。
岡本はその光景を後ろから歩いて見ていた。
「ほんと、男子って」とありがちなセリフが頭の中に出てくる。
呆れていながらも、笑顔が溢れた。
羨ましい訳ではなかった。
自分が男に生まれていたなら、あの3人のようにはしゃいでいたのかと考える。
恐らくは、そうしていたであろう。
男たちのように無邪気に遊んでみたいと思うこともあるが、心の中の女という精神的なものがそれを拒むのだ。
ああやって遊んでいても、岡本のことを仲間外れにはしないと分かっているから、不安はなかった。
海辺には他にも何人か人が来ていたが、自分たちを気にする様子もなく、こちらも気にしてはいなかった。
海に入っている人がほとんどで、岩場に向かう人はいない。
グループできていて、男女できている人も多く、岡本がナンパをされる確率は低い。
男だけのグループできていれば話は別。
しかし、岡本はそれについて行こうとは思っていなかった。
走っていった3人は岩場に到着すると、早速、岩に登り始めた。
波が岩に打ち付けられる度に、水しぶきが3人を襲う。
だが、気にしている様子もない。
口元を見て、「かかった!」とか「冷てえ!」とか言っているように見えた。
少し心配になる。
飛沫のせいで岩と岩の間に落ちて挟まってしまうのではないかと思う。
まぁでも、3人も入れば何とかなるかと安心感もあった。
岡本は何をしているかと言うと、砂浜を歩いて何かが落ちていないかを見るのが楽しかった。
貝殻を探してみたり、足に軽く突き刺さった石を拾い上げて、何かの形に見立ててみたり。
少し波に足を触れさせてみたりした。
足先に冷たい感触。
足先だけが触れているはずなのに、体全体に冷たさが広がっていくようだった。
水に触れた砂は乾いた砂よりも粘着性が増す。
足にくっつき、岡本の肌の色を覆い隠した。
感触もサラサラした感触とは違い、ぐちゃぐちゃしたもので少しくすぐったくなる。
濡れた足で乾いた砂の上を歩くと嫌という程、足に砂がこびりついてきた。
砂を足で軽くどかしてみたりする。
すると、そこには貝殻があった。
岡本は拾い上げて、耳に当ててみる。
定番中の定番というやつだ。
ザァーと波の音が聞こえた。
それが本物の波の音なのか、貝殻の中で響く音なのかは分からない。
右耳には貝殻、左耳からは本物の波の音が。
それが心地よくて、ずっとそうしていれると思えた。
次は両耳に貝殻を当ててみる。
そうすると両耳から波の音が聞こえるが、さっきまでとは違い、一気に1人だけの特別な空間のように思えるようになった。
目を開け、目に見える波と耳から入ってくる音を照らし合わせて楽しむ。
無意識に笑みがこぼれる。
広瀬は岩場からその光景をチラ見していた。
彼女のその行動が可愛く、頬を少し赤らめる。
貝殻を右手に握りしめたまま、また足元を見た。
そこには奇妙な色のものが落ちている。
貝殻と呼ぶには色が汚すぎる色をしていた。
腐っている何かが砂の中にあるようだった。
興味本位で岡本はそれを拾い上げてみる。
硬いそれは、ドーナツのように真ん中に穴が空いているが、その穴はかなり大きめだった。
それが何なのか分からずに、岩場にいる3人の元へと岡本は歩いた。
いち早く気がついたのは、チラ見をしていた広瀬だ。
誰よりも早く、岩場を降りて岡本の方に駆け寄って行った。
「どうした?」と声をかける。
「こんなものが落ちてたんだけど、何だと思う?」
声をかけたところで他の2人も気がつく。
広瀬はその物の色がどこかで見た色に似ていると思った。
しかし、そんなわけ、とも思った。
「ちょっと貸して。」
広瀬が岡本からそれを受け取り、手に取って見てみる。
それが何なのか検討もつかない。
貝殻なのか、海の生物の何かなのか、形的に骨でもおかしくはないが、あまりにも骨からは離れた色をしていた。
「俺にも貸してみろよ。」
広瀬の手から樺島の手に渡るが、樺島がこれの正体を掴むことなんて3人は期待していなかった。
ただ、見るだけなんだろうなと思っていたのだ。
樺島は見るだけ見たあと、その穴から景色を覗いて見たりしていた。
土谷は嫌な予感がした、その形が、なんとなく樺島の顔にフィットしている気がしたからだ。
頭蓋骨の目の部分に見えてしまった。
「そんなはずない」と一蹴し、考えるのをやめた。
「持ってくのはやめとけよ、変なものついてたら嫌だし。」
「そうね、砂浜に戻しておくね。
あなたたちは何か見つけたの?」
「いや、でも、すっげぇ楽しいぜここ!
水しぶきが来てもうみんなびしょ濡れなんだよ。
岡本もやってみるか?」
「ノーセンキュー。」
樺島の誘いを断る岡本。
やはり、心の中の女が出てしまうようだ。
女としての自覚を持って生きていかなければと無意識に思っている証拠。
元の砂浜にそれを戻し、再び歩いて海の眺めを楽しんだ。
岩場とは反対側に行こうと思い、そのまま歩き出す。
途中、足に幾度となく色んなものが突き刺さる感覚があったが、気にせず歩いた。
しかし、色には敏感になっていた。
さっき拾ったものと同じ色をしているものが他にも落ちているのだ。
形は何とも説明ができないものが多く、拾い上げてはその場に戻すを繰り返した。
何故か目の痙攣が少し多くなってきた気がする。
その硬いものは青と緑の中間ぐらいの色をしており、血管のような細かい線が走っている。
骨と言うにはちょっと無理があるような気がした。
さっき、樺島が目に当てた時、岡本も嫌な感じがしたのだが、色でありえないと土谷のように一蹴していたのだ。
反対側に歩いたが特に何がある訳でもなかった。
気になったことと言えば、中に入ることのできそうな洞穴があったことぐらい。
けれども、そこは海に沈んでいて、潮が引いた時にしか入れないようになっているようだった。
「おーい!」
後ろから3人の呼ぶ声が聞こえ、振り返る。
そろそろ戻ろうぜということだった。
気がつけば、もうすぐ夕日が沈む。
かなりの時間、遊んでいたらしい。
海を眺めたり、貝殻を耳に当てて音を楽しんだり、充実した気分を味わえた。
「そろそろ戻るの?」
「いい時間だから、夕食に遅れたくはないだろ?」
「そうね。」
3人は靴のある位置まで戻り、港の木の板の上で砂を落とし、靴下を履き、靴を装着する。
木の板は相変わらず、自分たちが動く度にキシキシ音を立てた。
それよりも、足の裏についた砂を落とすのがかなり難しく、手間取った。
手で払っても細かい部分が残り、さらには手にも着いてくる。
全身ほぼびしょ濡れの男3人はかなり手間取っている様子だった。
先に靴を履き、岡本は3人のことを「遅い」と煽った。
「うるせぇ!」とふざけ半分で答える樺島。
ようやっとのことで全員が靴を履くことができて、コテージの方向へと戻ることができるようになった。
「そんじゃ、戻りますか。」
土谷が1番前に立ち、道を進んでいく。
元の道を戻るだけだったが、明るくない森というのは少しおっかなく感じるものがあった。




