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接触と空気  作者: アズキ


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第16話「葛藤」

石田が全てを話し終わった時、土谷は唖然としていた。

全てを知って全てを否定したくなってしまったのだ。


話している途中の石田の目には涙さえ見えた。

しかし、それが本当の涙なのか自分を納得させるための涙なのか、分からない。

どっちだ、どっちなんだ…

必死に石田の表情を読み取ろうと、1つ1つの動きにしがみつく。

その度に謎は深まるだけだった。


「1つ、君にお願いしたいことがあるんだ。」


急に真剣な顔がさらに真剣さを増し、土谷に向かってまっすぐに向かってくる。

土谷は咄嗟に身構えてしまった。

彼の口から何が語られるのか、それに恐れを感じたのだ。


「君なら、救える。

君を調べさせて欲しいんだ。

薬だけじゃ分からない。君の体に何が起こったのかを知りたいんだ。」


そう言って少しずつ土谷の方向へ歩み寄ってくる石田。

土谷の頭の中には様々な考えが回っている。

島のことを1からお攫いしているようだった。

自分たちはそれぞれが違う薬を飲まされ、それそれに違う副作用が出ていたこと。

出ていないと思っていた自分には幻覚の症状。

そして、接触したことによって、自分以外の3人に感染していた。

しかし、死ぬことにより、そのウイルスは空気感染へと変化する。

自分が症状を発症していないのは、抵抗するためのウイルスが初めて見つかったから。

トマトがウイルスの進行を抑制する。

彼らが飲んでいたのはトマトジュースか何かだったということ。


それらの事実を土谷は信じられず、疑心暗鬼に陥っていた。

これすらも、自分が生み出した妄想なのだと思ってしまっていたのだ。

それか、田島という人間は存在し、彼らがそれを隠蔽するために「幻覚を見ている」という嘘をつかれているかもしれないという疑惑。

渡された日誌も嘘の記録かもしれないという可能性。

もはや今の土谷にはそれらを正常に判断する力が残っていなかった。


あるのは、石田という人間への恐怖。

彼が話した鳥インフルエンザの話のように、頭にこびりついて離れないのだ。


「来るな。お前は、お前はモンスターだ。」


「そうだ、私はモンスターだ。

モンスターになってしまった。

でも、分かってくれるはずだ。

君が私の立場なら同じことをしたはずなんだ。

私は、もうこれ以上仲間を失いたくないんだよ。」


石田の言葉には重みがあった。

彼の精神もかなり負担をかけられていたらしい。

それはそうだ。

話が本当だとするなら、仲間を何人も失い、誰にも助けを求められずに戦い続けてきたのだから。

こんなものがあるのだと国が知れば、彼らが処分されてしまうのは目に見えている。

同種以外は平気で殺処分する人間。

人間の病気なら、死ぬ気で治そうとする。

それは人間の命が尊いからだと言う。

しかし、その病気の死ぬ確率が高くて、治療法が分からないとすれば、簡単に見捨てるはずだ。

石田だって、苦渋の決断の末にそうするかもしれないと心のどこかで思っていた。

でも、自分がその場に立ち、自信を含んだ仲間全員を見殺しにすることなんて到底できないことだったのだ。


「頼む。お願いだ。私たちを救うために協力してくれ。」


石田の目にはいつの間にか涙が浮かんでいた。

土谷は知りえないことだったことだが、彼は自分の身勝手で大勢の命を奪ったことに対して罪悪感に囚われていたのだ。

仲間を救うために必要な犠牲だと、心の中で何度も叫んだ。

でもどうやっても心がそれを許すことはなかった。

諦めてしまえば、同僚を失ってしまう。

誰も助けてはくれない。

極限の状況で、苦しい決断をしなければいけなかった。

その気持ちの葛藤が綱引きのようになり、永遠に勝負がつかないような気持ちだったのだ。

仲間が救えたところで気持ちが晴れるのかすら今は分からない。

何のために、こんな研究をしているのかすら分からなくなる。

早く全員で集団自殺を図るべきだったと考えてしまう時もあったほどに。


土谷の前に歩いてきた石田は注射器を取り出した。

硬直した土谷は逃げ出すこともできずに、その場に立ち尽くした。

けれど、石田がその注射器を土谷に刺すことはなく、注射器を捨てる。


「やっぱり、できない。」


そして、薬のカプセルが入った袋を土谷の足元に置いた。


「これで、みんなを救ってやってくれ。

君が飲んだのと同じ薬だ。」


そう言って石田は元のデスクに戻ろうとした。


土谷は感情をコントロールすることはできなかった。

渡されたそれが本当に仲間を救えるのか?

本当はそれを飲ませたら仲間は全員死んでしまうのではないのか?

石田は本当のことを言っているのか?

分からない。分からない。分からない。


近くの机にあった大きいハサミを見つけ、土谷はソッとそれを手に取る。

今自分が何をしようとしているのか。

それが終わるまで、理解することができなかった。

気がついた時には、全てが終わったあと。

部屋には石田の血が広がっている。

石田の体には刺し傷が無数にあり、後ろを見ると、袋から出されたカプセルが潰されていたということが分かった。

土谷は分からないという状況に押しつぶされて、石田を殺してしまったのだ。


唯一覚えているのは…

殺してしまう前に見た石田の顔と、彼が最後に残した言葉だった。


その顔は許しを求めていた。

そして、彼の口からこぼれた言葉も…


「すまなかった。」と一言だけだった。

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