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接触と空気  作者: アズキ


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第12話「日誌」

石田は笑わなかった。

ただその場に座っていて下を向き、何かを書き込んでいる。

土谷は恐る恐るそこへと近ずく。

足が地面から離れずに、すり足で歩いていた。

本当にビビっている証拠。

唾を飲み込む回数が増え、呼吸が安定してくれない。

近ずいた時、石田の目だけが土谷の方向を向く。


その瞬間、その場に凍りついた。

蛇に睨まれた蛙のように体の全てが言うことを聞いてはくれないのだ。

口は半開きになり、唇が震えて声を発することすら忘れている。

土谷の目には石田が危険な薬を作り人々を殺すシリアルキラーに見えていた。


「怖がってるのか?」


頷いたり、YESとも言えずに土谷は、まだその場に凍りついていた。

その様子を見て「そうなんだな」と石田は理解する。

石田は椅子から立ち上がり、机の前に歩いてきた。

ここでようやく土谷は後退りという行動を取ることができた。

石田が何か攻撃を仕掛けてくるのを予測し、木の棒というちっぽけな武器を構える。

だが、土谷の予想とは大きく違った行動を石田は取った。


その場で土下座をして見せたのだ。


「本当にすまなかった。

君たちを実験台にした、騙してこの島に連れてきたのは私だ。」


土谷は石田に近ずこうとはしなかった。

油断させて襲ってくる可能性を考えていたのだ。

しかし、何故だろう。

その土下座には誠意が籠っているように感じた。

単なる感覚でそう捉えてしまっただけなのだが、なぜこんなにも心が動かされそうになるのか。

石田は深く頭を下げたまま動かない。

土谷は何かを言いたいが口から言葉が出てこなかった。

喉の奥に言いたいことは山のようにあるというのに、何かが引っかかり出てこようとしない。

くしゃみや咳ができれば出てきてくれるだろうか?

そんなの余裕すらも今の土谷には残っていなかった。

やっとの思いで言葉を発することができたのは数分が経過してからのことだった。


「あ、あなたが殺人のために薬を作ってたんですか。」


石田は顔をあげる。

また意外なことに、その顔には驚きの表情が張り付いていた。

「何を言ってるんだい?」とでも言いたそうな顔だ。

そこには土下座と同じで嘘偽りがないように思えた。根拠はない。

けれども、怯えているという土谷の表情に嘘がないのと同じ気がしたのだ。


「私が殺人のためにウイルスを?

それは一体どういうことだい?」


この状況でとぼけているのだろうか?


「この島で生き残っている人に会いました。

あなたが前に連れてきた人のうちの1人です。」


「何を言っているか分かりませんが。

この島に連れてきたのは、あなたたちが初めてです。」


何を言っているのか分からなかった。

自分は洞窟で田島という生き残りの1人と話し、この島の秘密を知ったはずだった。

それなのに、自分たちがこの島に来たのが最初?

では、あの田島という男は一体誰だったのだろうか?

石田は立ち上がり、不意に書類などを調べ始めた。

紙を1枚1枚丁寧に確認していき、とある書類を見て「なるほど」という顔をする。


「土谷くん、だね。

その生き残りの1人の名前を教えてくれるかい?」


田島心也たじましんや。」


石田は名前を聞いて、また書類を確認し出す。

そして、何かを発見したらしい。

ホワイトボードを前に出して、何かを書き始める。


『たじましんや』

『樺島悠太』

『岡本心結』

『広瀬俊也』

『石田優真』


「これから何が分かるかな?」


じっくり考えたが何も思いつかなかった。

なぜ、田島の名前だけをひらがなで書いた?

それに、自分だけの名前がなく、他3人の名前があるのはいいとして、なぜ石田の名前も入っているのか?

分からない。全く分からない。

ひらがな?漢字?漢字…

土谷はハッとする。

その顔を理解したかのように石田が続ける。


「気がついたんだね。

この田島という人物は4人の漢字の1つが合体してできているんだよ。」


そう、土谷は「たじましんや」という名前を聞かされた時に、無意識に頭の中で「田島心也」という漢字に変換していたのだ。

そこには何も疑うこという考えはなく、あたかもそれが正解のように捉えていた。

土谷が出会ったという田島は一体何者なのか?


「じゃ、じゃあ、俺が会った田島って人は…」


「君が作り出した妄想だよ。」


妄想?なぜそんなものを自分が見るのか。

今までそんなものを見たことは1度だってなかったし、持病を持っている訳でもない。

なのになぜ?


「君が新薬のバイトで飲んだカプセル。

あれの中には幻覚作用を引き起こすものが入っていたんだよ。」


先程からわけが分からないことの連続で頭の中がパンクしてしまいそうだった。

殺人のために飲んだという薬は実は違う作用を引き起こすものだった?

それで自分は幻覚を?

ならなぜ、自分以外にはそんな症状が出ていなかったのか。


「嘘だ。それなら俺以外にも同じ症状が出ているはず。」


それとも知らない間にみんな幻覚を見ていたのか?

いや、そんな様子はなかった…はず。


「違うんだよ。飲んだ薬が。全員ね。

それぞれが飲んだ薬はそれぞれ出てくる副作用が違うんだ。

例えば乗り物に酔いやすくなったり、肩に少し痛みがあったり、目の痙攣などを引き起こす。

君の友達に飲ませた薬の副作用だ。

心当たりがあるんじゃないのかい?」


心当たりしかなかった。

船の上で話していた時、気にするに値しない症状がみんなに出ていたのは確かだ。


「でも、俺は幻覚なんて…」


土谷はどうしても田島の存在が気になって仕方がなかったのだ。

本物のようだったし、何より石田がここで嘘をついていたとしたら、全てが終わってしまう。

どうにかして、ボロを出させなくてはと思い、質問を続けているが、今のところ、こちらが納得させられてしまいそうなものばかりだ。


「この島に来る途中、来た後でもいい、何かを見なかったかい?

自分だけに見えて、他の人には見えていないものが。」


土谷は見ていたのだ、船に乗っている時から幻覚を。

まず初めは船の上で見たイルカ。

次に、島についてからコテージに向かう際に見た人影。

そして、コテージの窓にいた何者かの顔。

田島という生き残りの男。

その全てが存在を証明することのできないもの。

誰も見ていないし、誰も触れていないのだから。

自分でさえも。


呼吸をするのが苦しくなる。

全てを知ってしまった上でそれを否定したかった。


「幻覚というのは見たものなどが都合のいいようにできてしまうものだ。

土谷くん。君の体には痣はあるかい?」


体を確認するが、見当たらない。

なぜ、自分だけがみんなとは違い、痣を発症することがなかったのか。


「ない…です。」


石田の表情が一変する。

なんだか…嬉しそう?

その感情を必死に抑えているように見えた。

さっきまでの表情と変わりすぎていたため、土谷は忘れていた恐怖を思い出す。


「聞きたいことは沢山あると思う。

全て話すよ。」


とあるものを土谷の方へ投げてきた。

地面を滑って足に当たったそれを土谷は拾い上げる。

それは日誌だった。


「私の口から説明はするが、それを開いて見てくれ。

触れられるし、それは幻覚ではない。」


石田は過去について語り始めた。

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