はじめての誕生会
木花家の朝のダイニング。
小気味よい包丁の音が響く。
と言っても、木花家の朝食は和食より洋食の方が多く、今はヨーグルトに入れるキウイとバナナを切っているだけだ。
テレビには、碧がいつも観ている朝のワイドショーが映っている。
碧は朝のルーティンとして、時計代わりのテレビがついていないと調子が出ないらしい。
テレビ自体ほとんど見ないし、マイペースで他人や時間に追われるのが嫌いな友梨奈には理解できない。
だが、今やっている星座占いだけは気になって、つい見てしまう。
「7位の牡羊座の人は……」
(微妙……)
良いのか悪いのか、はっきりしてくれた方が心構えができて役に立つ気がする。
何よりまず、誕生月ぐらいはご祝儀で運勢を高めにしてほしいと思う。
そう、今月十九日で友梨奈は十五回目の誕生日を迎える。
碧はクリスマスは派手に祝いたがるくせに、自分の誕生日には興味がないらしく、友梨奈の誕生日も毎年地味にさらっと済ませようとする。
そのため、世の中でいう誕生会みたいな形で誕生日を祝ってもらった経験が、
友梨奈には一度もなかった。
友梨奈は全部碧のせいにしているが、本当は今まで友達という存在ができなかったことが、一番の原因だった。
しかし今年は違う。
麻由という、陽キャで周りへの気配りが完璧な友達がいる。
人生初の誕生会開催へ、友梨奈の期待は俄然高まっていた。
それと同時に、知らない世界への不安も押し寄せてきた。
その日の学校。
「じゃあ、この問題を……木花さん」
友梨奈の表情を見て、少し吹き出しそうになる担任の井上先生。
「そこまで嫌そうな顔しなくても……。でも、わからないのに当たっちゃった感はすごくよく伝わったわ」
「すいません……」
小声で謝る友梨奈。
「じゃあ、代わりに中瀬さん、答えてくれる?」
「え?」
「え?」
麻由の意外な返答に、思わず問い返す井上先生。
「まさか、中瀬さんも?」
「すみません、今ちょっとぼーっとしてました……」
「普段勉強できる二人が珍しいわね。来年は高校入試なんだから、しっかりね」
「はい、すみません」
「えーと、じゃあ今目を逸らした吉田さんに答えてもらおうかなぁ」
「先生いじわるー」
クラス中が笑いに包まれる。
その中で、麻由だけは一人浮かない顔をしていた。
学校からの帰り道。
道端で携帯を片手に麻由が話している。
「ねぇ、あかねちゃん。梨奈が好きなことって何か知らない? もう日にちが近いのに、誕生会の企画もプレゼントも何にも浮かばなくて困ってるの」
「うーーん、わかんない。梨奈ねーちゃんとは普通の会話ほとんどしたことないし。千里眼で部屋の中、覗いてみようか?」
「いや、それは……」
カンニングして答えを見つけるのは、なんだか違う気がする。
「梨奈ねーちゃんなら、特にこだわらなくても普通のでいいんじゃないかな」
最初は投げやりで無責任な答えに聞こえた。
だが、冷静に考えると、それが答えのような気もしてきた。
ずっと色々考えすぎていたけれど、普通の定番な形が、逆に一番良いのかもしれない。
『普通』という概念は、友梨奈が一番こだわっていることだし。
プレゼントも、麻由自身があげたいものを渡すのが、一番気持ちがこもっている気がする。
四月十九日当日、木花家。
テーブルの上には、チョコでメッセージが描かれた大きなデコレーションケーキと、碧が作った料理の数々。
その周りを、碧、麻由、あかね、友梨奈が囲んで座っている。
「ハッピーバースデイ トゥユー、ハッピーバースデイ トゥユー、ハッピーバースデイ、ディア友梨奈、ハッピーバースデイ トゥーユー」
「梨奈ねーちゃん、ろうそく一気に吹き消して!」
立ち上がった友梨奈は、少し照れくさそうにケーキへ顔を向ける。
ふーーーーーー。
十五本のロウソクの炎が大きく揺れて消えた。
「誕生日おめでとう!」
三人が拍手しながら声を揃える。
「あ、ありがと……」
顔を赤らめ、恥ずかしそうに小さな声で礼を言う友梨奈。
「そういえば、今歌っていて改めて思ったんですけど、なんで碧さんはいつも『梨奈』って呼んでるんですか?」
「麻由ねーちゃん、そこツッコんじゃうかぁ……」
「え、まさか……聞いちゃいけないこと、だった?」
「そんな深刻なことじゃないわよ」
碧はくすっと笑い、少し意味ありげな表情を浮かべた。
「ただ、ちょっとね……」
「だいたい、なんであかねがその話知ってる風なのよ。年齢合わないでしょ」
友梨奈が目を細めて、あかねを睨む。
「リコおねーちゃんに聞いたんだもん」
「……ってことは、梨奈が小さい頃の話ってことですよね?」
麻由の問いに、碧は静かに頷いた。
「学校で“霊が視える子”って噂が広がって、クラスでは周りから避けられるようになったでしょ。それ以来、集団登校でも誰も家に呼びに来なくなっちゃってね」
碧は当時を思い出すように、少し遠くを見る。
「ある日、学校から帰ってきた友梨奈が、突然わたしの前でキレちゃって」
碧は声色を変え、幼い友梨奈の真似をする。
「『わたし、名前に“友”って漢字があるのに、友達なんて全然できないじゃん!』って」
「梨奈ねーちゃん最強なのに、よわ」
あかねが茶々を入れた瞬間、友梨奈の両の拳があかねのこめかみに伸びた。
「痛い痛い! 麻由ねーちゃん、梨奈ねーちゃんがいじめる!」
「いじめてないでしょ。そこ押すと目に良いのよ」
そういうツボがあるとは聞いたことがある。
だが、今の友梨奈にそんな善意だけで押しているとは、とても思えない。
それより、碧の話の続きを早く聞きたい。
麻由は先を促すように、じっと碧を見つめた。
「木花家の能力のせいでそうなっちゃったし、わたしも前もって能力の発現に気をつけるよう言っておかなかったから、少し責任を感じちゃってね……」
碧はそう言って、小さく肩をすくめる。
「とは言っても、友達ができるようにはしてあげられない。だからせめて、本人が気にしてる漢字を読まないようにって、それ以来『梨奈』って呼ぶようになったの」
碧の説明の間、友梨奈は聞こえていないふりをするように、黙々とケーキや料理を口に運んでいた。
(もう、わたしがいるから。“友”の字があっても問題ないよね)
麻由は口には出さず、友梨奈の横顔をじっと見つめる。
(あなたの名前のその字は、ずっとずっと、わたしのことだから)
胸の奥が少し熱くなる。
(これも二人の絆の象徴みたいになったら、嬉しいけど)
麻由の足元のカバンの中には、綺麗にラッピングされたプレゼントがそっと覗いていた。
今回はGW特別編として、友梨奈の誕生日回でした。




